手合わせと二人の……
「はあ、ちょっと休もう。さすがに疲れてきた」
見事な打ち合いを延々と楽しそうに続けていた三人だったが、手を止めたオンハルトの爺さんの言葉に、笑って頷いたハスフェルとギイもロッドを下ろした。
「お疲れさん。いやあ、見事だったよ」
完全に観客状態でのんびりと見学していた俺達が、揃って拍手する。
「おう、ほら立て。ちょっと教えてやるから」
「本気の打ち合いは嫌だぞ」
苦笑いして立ち上がりつつ、俺にはあんな打ち合いは絶対に無理なので念の為そう言っておく。
「しないしない。ほら、三人とも立った立った」
面白がっているギイにそう言われて、諦めた俺達三人が進み出る。
俺にはハスフェルが、ランドルさんにはギイが、バッカスさんにはオンハルトの爺さんがそれぞれ向き合って、互いのロッドを交差させる。
「お願いします!」
大きな声でそう叫んだ俺は、ロッドを大きく振りかぶって正面から打ち込みに行った。
予想通り、正面から受けてくれたので、そこから激しい打ち合いになる。
当然、思い切り手加減されているのは分かっているが、ここは先生と打ち合ってる見習い程度の気分でしっかり見ながら丁寧に攻めていく。
上、横、突いて払う。当然全部軽くあしらわれるが、気にせずガンガン攻めていく。
「よし、良いぞ。どんどん来い!」
何故だか妙に嬉しそうにそう答えたハスフェルだが、さっきのギイやオンハルトの爺さんと打ち合っていた時みたいなとんでもない速さのような無茶はせず、俺が打ち込みに行くのを待ってくれている。
「ええい、一撃ぐらい当てたいぞ〜!」
打ち込みながら思わず叫ぶと、当然受け止めたハスフェルが目を輝かせてロッド越しに俺を見た。
「当てて良いのか?」
「だ、駄目です〜〜!」
慌ててそう叫び、一旦下がる。
「何だ、遠慮しなくて良いんだぞ」
手を止めてくれたハスフェルの言葉に、俺は身構えつつ乾いた笑いをこぼした。
「謹んで遠慮させていただきます〜〜!」
叫びながらもう一度打ち合い、突きに行ったところを横から不意打ちを食らって咄嗟にロッドを立てて防ごうとしたが防ぎきれず、勢い余って横っ飛びに吹っ飛ぶ。
受け身を取ったまま三回転してやっと止まった。
「おお、悪い悪い。そんなに見事に決まるとは思わなかったぞ」
「素人相手に、ちょっと大人げ無いぞ!」
腹筋だけで起き上がって笑いながら文句を言うと、こちらも笑いながら手を引いて立たせてくれた。
「誰が素人だよ。寝言は寝てから言え」
「いやいや、人相手ならほぼ素人だって」
俺の言葉に何か言いかけたハスフェルは、苦笑いして小さく頷いた。
「確かにそうだったな。お前は人を相手にした事は無いな」
何とも言えない顔で互いを見た俺とハスフェルは、小さく頷き合って改めて深呼吸をした。
「ああ、喉が渇いた。麦茶の冷えたのあるけど、飲むか?」
「欲しい!」
ハスフェルの返事と同時に、いつの間にか打ち合いが終わっていたギイやランドルさん達全員が叫んだのだ。
「あはは、了解。じゃあ、出すから好きなだけ飲んでくれよな」
サクラに小物入れの中に入っててもらって良かったと内心苦笑いしつつ、取り出した麦茶を配ってやる。
「うああ、美味い」
麦茶を一気に飲み干したハスフェルの言葉に、あちこちから同意の声が上がる。俺もマイカップの麦茶を飲みながら何度も頷いた。
「運動した後の麦茶って何故だか美味しいんだよな。あ、あれか、汗をかいて不足しがちなミネラルを補うとかか? それなら塩分も取っとかないと駄目じゃん」
そんな事を思い出して頭の中で若干慌てたが、見る限り皆平気そうなので夕食は塩分を補えるメニューにしようとかのんびりと考えてた。
その後、軽くストレッチをしてから部屋に戻った。
「久し振りに、思い切り身体を動かせたな」
「確かに気持ち良かったなあ。見た時は狭いかと思ったが、案外天井が高くてなかなか快適だったよ。また開けてもらおうぜ」
先頭を歩くハスフェルとギイが、顔を見合わせて嬉しそうにそんな話をしている。
まあ確かに気持ちはわかる。確かにスッキリした気分だ。
俺はオンハルトの爺さんと並んでその後ろを歩きながら、さっきのシャムエル様の言葉を思い出していた。
「爺さんって、実はめちゃくちゃ強かったんだな。今まではハスフェル達に目が行ってて余り気にしてなかったけど、ハスフェルとギイの二人相手に互角に渡り合ってたのはすっげえ格好良かったよ」
小さな声でそう言うと、爺さんはわかりやすく笑顔になった。
「何だ何だ。嬉しい事を言ってくれるなあ。だがそれも当然だよ。あいつらがそれこそガキの頃に、俺が一から武術の手解きをしてやったんだからな。毎回叩きのめされて、二人ともピーピー泣いてたんだぞ」
満面の笑みで、突然の爆弾発言頂きました〜〜!
あまりの予想外の言葉に俺が堪える間も無く吹き出すのと、聞こえていたらしく慌てたハスフェルとギイが振り返って叫ぶのは同時だった。
「おいちょっと待て!」
「今のは無しだぞ。いつの話だと思ってる」
慌てる二人の悲鳴のような叫びに、後ろにいたランドルさんとバッカスさんまでもが同時に吹き出す音が聞こえた。
「さあて、覚えておらんくらいに以前なのは確かだなあ。だが、小さくて可愛らしかったお前らの事は、まるで昨日の事のように思い出せるぞ」
にんまりと笑ったオンハルトの爺さんの言葉に、俺とランドルさんとバッカスさんはまたしても揃って吹き出し、顔を覆ったハスフェルとギイは、豪華な絨毯が敷かれた廊下に揃って膝から崩れ落ちたのだった。