誰が一番強いって?
「うああ〜もう無理っす!ごめんなさ〜〜い!」
「無理無理無理〜〜!」
「勘弁してくださ〜い!」
俺とランドルさんとバッカスさんの情けない悲鳴がトレーニングルームに響き、直後に全員揃って大爆笑になった。
「何だよ情けない。ちょっとくらいは相手をしてくれても良いだろうに」
「だ〜か〜ら〜! そう言うのは、自分と同レベルのやつを相手にやってくれって。そこで俺に相手を求めるな〜!」
なんとかハスフェルの超太い腕から逃れた俺は、必死になって転がって距離を取りながらそう叫んだ。
「そうですそうです! そこはお二人でどうぞ!」
「そんな事言ったら、俺の相手はどうなる」
態とらしく泣き真似をしながらオンハルトの爺さんがそう言い、俺とランドルさんとバッカスさんは顔を見合わせた。
「じゃあこうしよう。ハスフェルとギイは一対一でやってくれ。俺達は一対三なら受けるよ!」
冷静に考えると男としてあまりにも情けない提案だったが、実力差を考えると割と本気での提案だ。
「ええ、それは俺がずいぶんと不利な気がするがなあ」
文句を言いつつも、オンハルトの爺さんは笑っている。
「じゃあ三対一で良い。ただし、素手じゃなくて得物はこれを使おうか」
そう言って、壁際にかけられていた2メートル近い長い棒を指差した。
パッと来た感じ、槍の穂先が付いてない感じだ。
「ロッドですか。まあそれなら何とか……」
ランドルさんがそう言うのを聞いて、俺は困ったように首を振る。
「ええ、俺はそれ使った事が無いけど、どんな道具なんだ?」
まあ、何となく予想はつくが、ここは知らない振りで聞くべきだろう。実際知らないんだし。
しかし、俺の言葉にランドルさんとバッカスさんは、驚いたように揃って振り返った。
「ええ、ご冗談を。ロッドは全ての武術の基礎ですよ。一番最初に習ったでしょうに」
まさかそんな答えが返って来るとは思っていなかった俺は、困ったようにロッドと呼ばれた棒を壁のフックから外して持った。
「案外重くない。バランスはまあ……悪く無い。へえ、これなら確かに……」
ぶつぶつと呟きながら、手にしたロッドをバトントワリングのように指の先でクルクルと回してみる。
「へえ、意外に重心は安定してるんだ。って事は……」
軽く振ってみて分かった。確かにこれは全ての武術の基礎だ。
長過ぎるかと思われた2メートルほどの長さだが、真ん中辺りを持てば、上下ともにほぼ剣と同じ長さになる。
意識を真ん中に持っていけば上下に刃がある剣として、棒の先に意識を集中させれば槍と同じ扱いも出来る。
何度か振ってみると、俺の身体はちゃんとこの武器の扱い方を知っているのが分かった。
「ああ、成る程。分かった。これならいけそうだ」
何度か振ったあとに何となくそう呟いた瞬間、いきなり物凄い勢いでオンハルトの爺さんがロッドで打ち掛かってきた。
「どわあ! いきなり始めるなって!」
叫びつつ、棒を横にして打ち込みを正面から受ける。
次の瞬間、ランドルさんとバッカスさんが俺の左右から同時にオンハルトの爺さんに打ち掛かった。
甲高い音がして、爺さんが二人同時の打ち込みを軽々と止める。
「う、嘘だろう……」
どうやら、これで決めるつもりだったらしいバッカスさんの呆れたような呟きが聞こえた。
「どうした、もう終わりか? ならばこちらから行くぞ」
そう叫んで、ものすごい速さで打ち掛かってきた。
「だから〜 ちょっと待てって〜〜!」
そう叫びながら、何度か受けた後に下からすくい上げるようにして力一杯打ち返す。
「打ち合い中に、待てと言われて待つ馬鹿はおらんぞ!」
笑いながら爺さんがそう叫んで、今度は中段から横に払いに来る。
「俺は待つって〜!」
ロッドを立てて払いに来たそれを受ける。
「痛って〜!」
受けた瞬間に肩まで走ったものすごい衝撃に、ロッドを取り落としそうになって慌てて下がる。
ランドルさん達が前に出てくれたので、一旦下がって手首を振るって痺れを逃す。
「オンハルトの爺さん、強過ぎだっちゅうの。ちょっとは加減してくれよ」
そう叫びつつ、二人が撃ち合っている横から遠慮なく思いっきり打ち込みに行く。
何と、爺さん。二人のロッドを受けている真っ最中に、ロッドの反対側の先で俺の渾身の打ち込みを軽々と受けたし……。
「三人がかりでこの程度か!」
ビリビリと響く大声と共に思いっきり押し返されて、呆気なく俺とランドルさんが後ろに吹っ飛ばされて転がる。
バッカスさんは何とか転がるのは堪えたが、もう一撃受けてしまい直後にロッドを落とされてしまう。
「助けるぞ!」
叫んだ俺は、バッカスさんの真後ろから思いきり飛び上がって上段から力一杯打ち込みにいった。
「悪く無い!」
笑ったようなオンハルトの爺さんの声と共に、俺は空中にいた状態のままで、呆気なく打ち返されてまたしても吹っ飛ばされた。
「踏ん張る足場が無いと無理だって……」
思い切り後ろ向きに吹っ飛ばされて本気で身の危険を感じて焦った時、誰かに軽々と受け止められた。
「おいおい、いくら何でもオンハルト相手に正面から行くとは無茶が過ぎるぞ」
笑いながら受け止めたギイにそう言われて、俺は腕の中で乾いた笑いを零すしかなかった。
「選手交代だ」
笑ったギイにそう言って降ろされた直後、ロッドを手にしていた彼は嬉々としてオンハルトの爺さんに打ち込みに行った。その背後からハスフェルも同時に打ち込みに行く。
マッチョ二人がかりの同時攻撃を笑顔で受けたオンハルトの爺さんは、そのまま嬉しそうに二人相手に目にも止まらぬスピードで打ち合い始めたのだ。
「ちょっと待て。あの二人相手に互角に渡り合ってるぞ」
「うわあ、俺達……とんでもない方に受けて頂いてたんだなあ」
完全に息が上がった状態で、ロッドに寄りかかるみたいにして何とか立っているランドルさんとバッカスさんが、感心したような呆れたような何とも言えない顔でそんなことを言っている。
「うわあ、爺さんって鍛治の神様だったけど、もしかして闘神とタメ張るくらいに腕も立つのかよ。そりゃあ、俺たち三人がかりでも相手にならないって」
小さく呟いた俺は、いつの間にか右肩に座っていたシャムエル様を振り返った。
「もしかして、オンハルトの爺さんが一番腕が立つ?」
小さな声でそう尋ねると、笑ったシャムエル様が頷いた。
「実戦なら間違いなくハスフェルが一番強いけどね、訓練だけで言えばオンハルトの方が腕は上かなあ」
簡単に言われたその言葉に、ちょっと気が遠くなったけど……俺は悪くないよな?