トレーニングルームにて
「いやあ、お腹一杯。美味しかったです!」
なんと、あの巨大唐揚げを丸ごと一枚完食したシャムエル様は、ご機嫌で残りの激うまジュースを飲んでいる。
「気に入ってくれたんなら良かったよ。まあ、確かに量は多いけど美味いよな」
俺も残りの唐揚げを口に放り込んで、豆乳オーレを飲み干した。
「そういえば、すっかり忘れてたけど、ホテルのトレーニングルームを開けてもらおうかって言ってたよな」
改めて緑茶を入れてまったり寛いでいて、ふと思い出した。
ダラダラ続きなので確かにちょっと体が鈍ってる気がする。トレーニングルームがあるのなら使いたい。
「ああ、良いんじゃないか。じゃあ行くか」
緑茶を飲み干したハスフェルの言葉に全員が嬉々として立ち上がったので、そのままスタッフさんを呼んでトレーニングルームを使わせてもらえる様にお願いした。
「了解しました。では、こちらへどうぞ」
ちょっと考えて、従魔達には部屋で留守番していてもらい、念の為、サクラだけは俺のベルトに付けた小物入れの中に入ってもらう事にした。
「へえ、広くて良い感じじゃん」
案内されたトレーニングルームは貸切仕様になっていて、かなり広い部屋だった。
俺が知っているのとは少し違うが、間違いなくトレーニング用の機械がいくつも置いてあるし、部屋の奥半分は何も置かれていない広いスペースになっているので、あそこは武器の訓練や格闘訓練をする場所なんだろう。
思っていたよりも本格的なトレーニングルームを見て、俺達のテンションはかなり上がったよ。
スタッフさんに一通りの機械の説明をしてもらい、軽く準備運動で体を解してから俺はダンベルを選び、ハスフェルとギイは座って上半身を鍛えるチェストプレスを、オンハルトの爺さんとバッカスさんは下半身を鍛えるレッグプレスを、そしてランドルさんも俺と同じダンベルを選んでそれぞれ始めた。
しばらく全員が無言で黙々と運動をしていたのだが、やっぱり何となく外と違って退屈だ。
「ううん、変化に欠けるなあ」
基本、郊外で自由に伸び伸びとマックスに乗って駆け回り、実戦で鍛えていた身としては、やっぱり室内で機械を動かすだけの運動は面白くない。
「以前は、ジムに通うのって楽しかったんだけどなあ」
小さく呟いてため息を吐き、それでもせっかくなので延々とダンベルの上下運動を続けた。
ハスフェル達も同じ思いだったらしく、何となくやる気の出ない状態で、だらだらと惰性で運動を続けることになった。
「ああ、やめだやめだ。全然面白くないぞ」
突然ハスフェルがそう叫んで立ち上がった。
そのままゆっくりと体を伸ばして屈伸運動を始める。
今は全員が防具を脱いで身軽な動きやすい薄着になっている。
俺も、サクラの入った小物入れ付きのベルトを外して、楽なカーゴパンツとランニング一枚になっている。
「よし、格闘訓練にしよう」
そう言って、ハスフェルとギイが、嬉々として大きなマットが敷かれた場所に移動して、二人で素手の格闘訓練を開始した。
「うわあ、すっげえ。筋肉対筋肉の対決だぞ」
俺の嬉しそうな呟きに、同じく目を見開いて眺めていたランドルさん達が揃って吹き出してる。
額同士を突き合わせる様にして向かい合った二人は、互いの手を取ろうと何度も叩き合っている。
不意にハスフェルが身をかわして横からギイの腕を取りに行く。即座に対応して体を捻って避けるギイ。
しかし、ハスフェルがそのまま覆い被さるようにしてマウントを取って押さえ込みに入る。ブリッジで押さえ込まれるのを防ぎ、そのまま勢いよく上半身を起き上がらせて逆にハスフェルを捕まえにいくギイ。
しかし、これも体を捻って避けるハスフェル。
転がって互いに距離を取った後、双方同時に飛びかかりガッチリと両手を互いに握り合う。
互いの腕を押さえたままそこからは純粋な力比べになったのだが、完全に拮抗していて全く動かない。
聞こえるのは互いの歯軋りの音と唸る様な声。そしてわずかに震える二人の上半身。
「おお、すげえ。ハスフェルとギイの本気の力比べだ」
「ですね。いやあこれは凄い。俺達なんかでは絶対出来ない芸当ですね」
隣でバッカスさんもウンウンと頷いている。
「力だけなら負けぬ自信があるが、あの背の高さで覆い被さられたら俺如きでは逃げようがないわい。いやあ、これは凄い」
「俺なら、力でも格闘術でも勝てる要素がひとつも見当たらないなあ。正面から向き合ったら、怖くてちびっちゃいそうだよ」
バッカスさんの呟きを聞いて思わず俺がそう呟くと、小さく笑ったランドルさんが激しく同意した様で、これまた何度も何度も頷いていたよ。
完全に観客気分の俺達がそんな事を言い合っていると、気づけばトレーニングルームのスタッフさん達までが部屋の隅の方に集まって並んで、目を輝かせて二人の戦いを見学していた。
まあ気持ちはわかる。
これって遊びといえども神様同士の戦いだもんな。そりゃあ見応えあるって。
ちなみにオンハルトの爺さんは、俺達から少し離れたところで一人、腕を組んで楽しそうにハスフェル達の戦いを見ていたよ。
しばし動きがなかった二人だったが、先に仕掛けたのはハスフェルだった。
不意に力を抜いて握っていた手を離させて、そのまま空いたギイの手首を掴んだのだ。そしてそのまま嫌がって逃げようとするギイの腕を掴んで、勢いよく見事な一本背負いを決めたのだ。
豪快に背中から落ちるギイ。
しかし、直後に一回転して逃げてまた互いに向き合う。
またしばらくの睨み合いの後、二人は同時に破顔した。
「いやあ、久し振りの組み合いだったなあ」
「相変わらずお前は早いなあ」
「隙がなくて攻めるのに苦労したよ」
「しかし、あの一瞬で投げるのはずるい。あれは止められんよ」
「いやあ、俺もあそこまで綺麗に決まるとは思わなかったぞ」
互いの腕や肩をバンバンと力一杯叩き合いながら、笑顔で感想を述べ合っている。
これ、二人が笑顔じゃなかったら本気で俺は逃げるレベルの音だぞ。
そして、そのまましばらく楽しそうに話をしていた二人だったが、ようやく話が終わった途端に満面の笑みで俺達を振り返った。
「それで、次は誰が相手をしてくれるんだ?」
その瞬間、俺とランドルさんとバッカスさんは、先を争う様にして立ち上がってそのまま逃げ出した。
楽しそうに声を上げて追いかけて来るマッチョ二人とオンハルトの爺さん、それを見て悲鳴を上げて更に逃げる三人。
結局、一番持久力の無い俺が一番先に脱落してハスフェルに押さえ込まれ、ランドルさんはギイに、バッカスさんはオンハルトの爺さんに捕まって同じく押さえ込まれてしまい、三人揃って情けない悲鳴を上げる羽目になったのだった。