調査隊との遭遇
食事を終えた俺は、残りのコーヒーをゆっくりと飲みながら、まだ机の上に座って身繕いをしているシャムエル様を見た。
何なんだよ、そのちっこい手でする身繕いは! これまた可愛いな!
必死になって、尻尾をもふろうとする手を止めたよ。
順にサクラに綺麗にしてもらって、机と椅子や、使った食器を片付ける。
「それじゃあ、ゆっくり帰るとしようか」
まだマックスが戻ってきていないので、俺はのんびり歩いて街へ戻る事にした。
「なあ、ちょっと聞いてもいいか?」
俺の右肩に座るシャムエル様に、ふと思いついて質問してみる。
「うん良いよ。何?」
顔を上げたシャムエル様に頷いて、俺は背後を振り返った。
「あれだけ、バンバン隕石が降って、地面が焼け野原になった訳だろう。いくら街から離れているとは言っても地続きな訳だからさ。振動や音、もしかしたら隕石が落ちるところだって、誰かに目撃されたりしていたりしないのか?」
「隕石が落ちるところは、結界が張ってあったから目撃されてる事は無いよ。ただ、姿と音は消せるけど、振動までは消せないんだ。もしかしたら皆には地震があったと思われている可能性はあるね」
「そうなんだ。まあ隕石が降るのを見られるより、地震だと思われてる方がまだマシかな? あ、ってか、この世界では、地震ってあるのか?」
すると、シャムエル様は困ったように俺を見た。
「まあ、はっきり言ってまず無いね。この世界を作ってすぐの頃は、火山が幾つも活動してて、それなりに地震や噴火も有ったけど、ここ数百年は、はっきり言って地震は無いよ。特にこの辺りには火山も無いから、地震があったなら、街の人たちは逆に隕石が降るより怖かったかもね。まあ街への被害は出ていないはずだから、何か聞かれても知らん振りしてれば良いよ」
「だな。って言うか、何か聞かれたところで俺に説明出来るわけないだろう?」
「確かにそうだね。まあ、気にしないで」
笑ったシャムエル様にそう言われて、俺も笑うしかなかった。
まあ、そうだよな。隕石がバンバン落ちるとか、普通は無いって。
そんなの、それこそRPGの世界の話だろう。
しばらくあまり変わらない周りの景色を眺めながら歩いていると、マックスが戻って来た。
「おかえり、お腹いっぱいになったか?」
首元を叩いてやると、嬉しそうに目を細めている。
「ええ。この辺りは小動物が沢山いたので、あっという間に狩りが終わりましたよ。ニニ、ファルコも行ってきて下さいね」
俺に頬擦りしながらマックスがそう言い、それを聞いたニニとファルコは、嬉しそうに頷くとそれぞれ狩りに出発した。
「じゃあ、乗せてくれよな」
二匹を見送ってから、俺はマックスの背中に乗せてもらった。
「そういえば、ここってどの辺りなんだ?」
駆け足のマックスの背の上で、周りを見ながら思わず呟く。
進行方向に、いつもの目印の急峻な山が見える事を考えたら、案外思っているほど街から離れてはいないのかもしれない。
その時、駆け足だったマックスがなんの合図も無しに突然立ち止まった。そして、右の茂みを見て、身構えて低いうなり声を上げ始めたのだ。
定位置に潜り込んでいたラパンも出て来て、いつもはなんとなく垂れている長い耳をピンと立てて、同じく茂みを凝視している。こちらも、背中の毛が猫みたいに逆立ってるし、今にも巨大化しそうな勢いだ。
「どうした? 茂みに何かいるのか?」
俺も一応警戒しながら、マックスの首を軽く叩いてやる。
ニニとセルパン、ファルコがいない今、普段の戦力から考えたら半分だから、ヘラクレスオオカブトみたいな大物が出たら困るな。程度に考えていたら、なんと、茂みから出てきたのは数人の、人間の男達だったのだ。
全員が手に武器を持っている。
一気に警戒心が最大になり息を飲んだ俺は、手綱を握ってマックスに合図を送って逃げようとした。
マックスが全力で走れば、彼らに馬がいたとしても絶対に追いつけないだろう。
例え自分を襲ってくる盗賊の類であっても、人間相手に剣を振る勇気は、まだ今の俺には無かった。
「ま、待ってくれ! お前さん、レスタムの街にいる冒険者ギルド所属の魔獣使いだろう?」
俺が逃げようとしているのに気付いた、先頭にいた大柄な男が、慌てたように両手を振ってそう叫んだ。
よく見ると全員が武器をしまっていて、その武器から手を離しているし、身なりも盗賊にしては綺麗だ。
マックスに合図して一旦止まった俺は、まだ警戒している事を隠しもせずに彼らを見た。
「ケンさん! 俺ですよ。ヘクターと一緒に居酒屋で酒を飲んだライムです!」
見覚えのある長い槍を、剣先をこっちに向けないように突き上げて見せながら端にいた大柄な男が叫んでいる。
「ああ、あんたか。驚かすなよ。てっきり盗賊が隠れてるんだと思ったぞ」
突然現れた団体の中に顔見知りを見つけて、ようやく少し安心して警戒を解いた。だが、まだマックスの背からは降りない。
「なあ、ちょっと聞きたい事があるんだが、少し時間を貰っても構わないか?」
最初に俺を見て叫んだ先頭の男が、両手を開いて上げたままゆっくりと近寄ってくる。
まだ警戒心を解かないマックスが、少しだけ歯をむき出しにして身構え、更に唸り声を上げる。
「落ち着け、マックス。手出しするんじゃないぞ」
小さな声で、そう言って首元を叩いてやり、男に掌を向けて顔の前に上げて見せて、これ以上近づくな、と態度で示してやる。
それを見て頷いた男は、素直にその場で立ち止まった。
「俺は、レスタムの街にいる上級冒険者のハリードだ。皆からはハリーと呼ばれてる。今回、ギルドからの緊急依頼で、彼らと共にここまで来た。後ろには。俺達が乗って来た馬が置いてある」
顔を上げて茂みの向こうを見ると、確かに馬の頭らしいものが、右に左に動いているのが見えた。
「一昨日、この周辺一帯で大規模な地震が発生した。街で大きな被害は無かったが、棚の物が落ちたり、家畜が怯えて走り回って騒ぎになったりした。俺はこの歳までずっとレスタムで暮らしているが、この辺りで地震なんて聞いた事もない。あんたは一昨日から街へ戻っていないらしいが、何か原因に心当たりはないか? 出先で何か見たり感じたりしなかったか?」
今この時ほど、反応しないように我慢するのが辛かった事は無いよ。
ごめんね。それ、原因は俺です。
……なんて言えるわけ無いだろうが!
「なあ、樹海には地震は?」
「ごく稀にだけど、無いわけじゃない。十二年前に一度あったよ」
小さな声で呟いた俺の質問に気付いてくれたシャムエル様が、同じく小さな声で教えてくれる。
「確かに揺れたな。俺は以前にも体験した事があったから、そんなものかと思っていたけど、地震でそこまで騒ぐほどか?」
敢えて何でもない事のように言ってやると、彼らは明らかに動揺したようにざわついた。
「そうなのか? あんたが地震の事を知っているんだとしたら聞きたい。あれは何が原因なんだ?」
ライムがいるから、恐らく彼らは俺が影切り山脈の樹海出身だと知っている。
「地震の原因についてはいくつか考えられるけど、今ここで説明したところで、理解出来るとは思えないんだけどな」
肩を竦めてそう言ってやったが、彼は引く様子がない。
まあ当然だね。ギルドからの調査依頼で来ているんだとしたら、問題無いと言って戻るにしても、そう言えるだけの理由を示さないと駄目だと考えてるんだろう。
だけど、彼らは武器は持ってるけど、それ以外には何も持っている様子がない。
あれで、何処の何を調査するつもりなんだろうな。
小さくため息を吐いて、俺も肩を竦めた。
「地震の原因としてまず考えられるのは、火山活動に伴う火山性微動。それからプレート活動に伴う境界面での稼働。これは海側でなく陸地内部で起こる事もある。それ以外なら、活断層によって起こる直下型地震もあり得るな。まあそれだと、被害はもっと出ると思うけど」
態と理解出来ないであろう難しい言葉で説明してやると、予想通りに全員揃ってぽかんと口を開けて固まっちまった。
「まあ、あくまで俺が見た限りだけど、大きな活断層のズレによる地割れも、火山活動も起こっていないからな。もう、心配はいらないと思うぞ」
「そ、そうなのか?」
縋るような言い方に、ちょっと良心が咎めたが、俺は平然と頷いてやった。
「まあ、俺だって全ての場所を見たわけじゃないから断言は出来ないけどね。あくまで、個人的な意見だよ」
そう言って、マックスに合図をして、そのまま彼らの前をゆっくりと進んで行く。
「何処へ行くんだ?」
背後から声を掛けられて、無言で振り返った。
「何処って、街へ戻るんだよ。そろそろベッドで寝たいからな。それじゃあ」
呆然と見送る彼らに手を上げて、俺はもう気にせずその場を後にした。
「はあ、緊張した。まあ、だけどあれでもう、後を追ってくる事は無いだろうさ」
少し曇り始めた空を見て、俺達は、少し速度を速めて街道目指して走って行った。