部屋の片付けと増加の術?
「おおい、起きろよ〜!」
一足先に復活した俺は、順番に、まだ床に転がっているハスフェル達を起こしてやって洗面所へ追い立て、大きなため息を吐いて散らかった部屋を見回した。
改めてよく見れば、部屋の床のあちこちに空瓶が散乱してるし、つまみらしきナッツやクルミの殻が散乱している。それに、机と椅子の位置も俺の記憶にあるのと場所も向きも違う。
それに、なんとも不思議な謎の物体が部屋にあったのだ。
「ううん、この柱の腰ぐらいの高さのところに、シーツがぐるぐる巻きになって結んであるのは何か意味があるんだろうか?」
不思議に思って首を傾げながらそれを見ていると、肩に現れたシャムエル様がいきなり笑い出した。
「それは君がやったんだよ。俺の腹筋を見ろ〜! とかいきなり叫んで、そのシーツの隙間に膝から下を差し込んで、そのまま空中で腹筋し出したんだからね。それを見たハスフェルがドアに膝を引っ掛けて同じ様に空中でそのまま体を反らせた状態から腹筋をし出して、それを見たオンハルトがギイを肩車して、彼の上でギイが思い切り後ろの体を同じ様に反らせて、そのまま腹筋を始めたんだよ。ランドルとバッカスは、二人揃っていきなり高速腹筋とか叫んで。椅子に足を引っ掛けてものすごい速さで腹筋しだして、挙句に気分悪くなって洗面所に駆け込んでたし。皆揃って馬鹿だよ。もう本当に、酔っ払いって何するか分からないよね」
その時の事を思い出したらしく、大爆笑しつつ教えてくれたその話に俺は遠い目になった。
確か、学生時代に同じ事やった記憶がある。
教授の部屋に何故か筋トレグッズが大量にあって、学生達のジムになってたんだよ。だけどあちこち故障してて危ないからって一時期使用禁止になって、暇を持て余して友人達と自作の筋トレグッズ! とか言って、柱に布を巻いて足を固定して腹筋したり、天井の梁にロープを巻いて吊り輪とか懸垂とかやってたんだよな。だけど危ないからやめろって叱られて、また修理の終わった筋トレグッズを使わせてもらってたんだっけ。
懐かしい記憶に苦笑いして、もう一度散らかり放題の床を眺める。
「空き瓶だけでも拾っとくか」
小さくつぶやき、散乱する空き瓶を拾い集める。
「ご主人、お手伝いするね〜!」
スライム達が集まってきて、床に散乱していた空瓶やツマミの食べ残しを片付けてくれた。
「しかし、よくもこんなに飲んだな。おい」
置いてあったワゴンに、集めた瓶を並べてその量に感心を通り越して呆れてしまった。
「これは樹海の酒か。あれ、まだ半分以上残ってる。へえ、もうかなり飲んだと思ったけど、案外減ってないんだな」
大きなガラス瓶の中身を見てそう呟く。
「ああ、それも私が最初にあげた水筒ほどじゃ無いけど、増加の術が付与されている瓶だからね。時間が経てばまた中のお酒の量は戻るよ」
肩に座ったシャムエル様から、突然の爆弾発言いただきました。
「え、ちょっと待って。何その増加の術って?」
驚いてシャムエル様を振り返る。
「文字通り、入れてあるものが増える術だよ。まあこれもあの水筒と同じで珍しいけど無いわけじゃないよ。それは、完全に空にしなければ時間が経てばまた増えるからね」
おう、そんな貴重な物を、知らなかったとは言え簡単にもらって良かったんだろうか?
樹海の様な閉鎖空間では、そんなレアアイテムは絶対貴重な筈なのに。
内心でめっちゃ焦ってると、笑ったシャムエル様に頬を叩かれた。
「心配しなくていいよ。増加の術が使えるのはごく一部の術者だけで、樹海にいたリューティスはその貴重な使い手の内の一人なんだよね。彼にしてみれば、その程度の術の付与は手慰み程度だから気にしなくていいよ」
おう、まさかの本人がその増加の術が使える術者だったのか。
手にした樹海の火酒が入った瓶を改めて見てみる。
「じゃあちょっと質問だけど、例えばこの瓶から中身を全部取り出して別のお酒を入れたら、今度はその酒が増えるのか?」
それなら、大吟醸とかも入れてみたい。
若干の期待を込めてそう尋ねると、呆れた様に俺の顔を見たシャムエル様に鼻で笑われた。
「どうせ、別のお酒を入れて増やしたいとか思ったんでしょう」
図星だったので、苦笑いして視線を逸らす。
「残念だけど、中身が空になった時点で増加の術は強制解除されちゃうから、中身を入れ替えてももう増えないよ。その瓶で増えるのは、あくまでも彼が術を付与した時に入っていたその火酒だけだよ」
成る程。術を付与した瞬間に入っていた中身が増える対象なわけで、空になった時点で強制解除か。じゃあ完全に飲み切ってしまわない限り延々に飲めるって事じゃんか。
うわあ。今更だけど、すごいもの貰ってたんだなあ。
心の中で樹海でこれをくれたリューティスさんに、改めて感謝して手を合わせておく。
「なんだ、まだ飲むつもりか? なんなら付き合うぞ」
樹海産の酒の入った瓶を持っている俺を見て笑ったハスフェルの声に、俺は思わず吹き出す。
「迎え酒ってか? やめてくれ。幾ら何でも俺はもう無理だよ」
顔の前で大きくばつ印を作って叫び、樹海の火酒は一旦収納しておく。
ハスフェル達とバッカスさんはもう平気そうだけど、ランドルさんはまだ少し青い顔をしている。今日はもう、一日中ベッドに巣籠もり決定だな。
「じゃあ、朝昼兼用になったけど何か食おう。お粥だったらあるけど、それで良いか? それとも普通に食える?」
「お粥をお願いしま〜す」
力の抜けた全員の返事に、小さく笑った俺は鞄に入ってくれたサクラから師匠特製の海老団子粥と大根と人参の雑炊の入った大鍋を取り出してやった。
水分補給は、迎え酒はさすがに無謀なので麦茶と緑茶と水を出しておいた。
全員が麦茶を選択したのには、ちょっと笑ったよ。
だけどその前に、ベリーとフランマ、それから草食チーム用に果物の入った箱を部屋の隅に置き、ハイランドチキンの胸肉を取り出して大きく切り分けて、すっかりいつもの大きさに戻った従魔達に分けてやる。
俺の従魔だけじゃなく、部屋にいる全部の従魔達にあげたのは当然だよ。
「そう言えば、マックスとニニ、それからシリウスが外の厩舎にいるけど食事って用意してもらってるのか?」
嬉しそうに肉を頬張る従魔達を見て不意に心配になった。部屋に来る時に確認しなかったけど、マックス達の食事ってどうなってるんだ?
「ああ、それなら心配は要らんよ。ホテル側で、従魔達用に用意された肉や魚を食べさせてくれるって聞いたぞ」
ハスフェルの説明に安心した俺は、最後に鶏ハムを一切れ切ってヤミーの前に置いた。
「ヤミーにはこれな」
「嬉しいです!」
大きく喉を鳴らしたヤミーは、大きく口を開けて切り分けた鶏ハムに齧り付いた。
「しっかり食べろよ」
手を伸ばして小さくなったその頭を撫でてから、俺も自分の食事をする為に元の位置に戻された椅子に座ったのだった。