屍累々の朝
ぺしぺしぺしぺし……。
ふみふみふみふみ……。
ふみふみふみふみ……。
ふみふみふみふみ……。
ふみふみふみふみ……。
カリカリカリカリ……。
つんつんつんつん……。
チクチクチクチク……。
こしょこしょこしょこしょ……。
ふんふんふんふん……。
ふんふんふんふん……。
ふんふんふんふん……。
「うう……起き……」
あれ?
モーニングコールが、なぜだか最終版になってるぞ?
いつもは最初は三回で、二度目が四回のはずなのに、何故もう四回あるんだ?
いつも以上に全く体は動かないまま、不意に鮮明になった頭で考える。
そして何とか動こうとした瞬間、割れそうなくらいに痛んだ頭に思わず呻き声を上げた。
「何だ……これ?」
目は全く開かず、ガンガンと割れそうなくらいに頭の中で鐘が大音量で鳴り響いている。
ここ、ホテルハンプールだよな?
どうして頭の中で鐘が鳴るんだ?
ザリザリザリ!
ジョリジョリジョリ!
パニックになったまま何とかしようともがいていたら、いきなり首筋と耳の後ろを思いっきり舐められて俺は悲鳴を上げた。
「うわあ、ちょっと待った!」
そのまま転がると、何故だか絨毯が顔面に当たって結構痛かった。
「うう、待ってくれ……まじで、頭が……割れそう、なん、だって……」
両手で割れそうな頭を抱え込んで呻く様にそう呟くと、呆れた様な声が耳元から聞こえた。
「いい加減に起きたら? もう日は高いよ?」
「シャムエル……様?」
「そうだよ。誰も起きないから、まさか死んだかと思って本気で心配したのに」
「人を勝手に、殺すなって……ってか、誰も、起きないって、ドユコト?」
転がって頭を抱えたまま何とか質問しているが、まだ目は全く開かないし頭の中は相変わらずガンガンと鐘が鳴り響いている。
「ご主人大丈夫? これ飲む? 美味しい水だよ」
耳元でサクラの声が聞こえて、水筒が差し出される気配がした。
そう、これだよこれ! さすがはサクラ。俺が欲しい物をよく分かってくれてる。
大喜びで受け取ろうとしたが、残念ながら全く起きられないし手も動かない。
唸る様にまた呻き声を上げる。
「全く、しょうがないですねえ」
セーブルの呆れた様な声が聞こえた直後、俺の体は背中側から誰かに押される様にして起こされた。
即座に左右を、これまたしっかりとした柔らかな体が倒れない様に支えてくれる。何だか知らないけど、めちゃ全身にもふもふ感満載。何だこれ?
「はい、どうぞ」
顔のすぐ前まで差し出された水筒を手探りで何とか受け取る。
既に蓋が開いているあたり、気配りのできる良い子だって事が証明されてるよな。
「ありがとうな」
何とかそう言い、水筒の水を口いっぱいに含む。
甘くて最高に美味しい水が口から喉に流れていく。
「うああ、染み渡るう〜!」
冗談抜きで、身体中に水が染み渡るのを感じるみたいに、両手両足の先へ痺れが走る。
もう一度飲み、また痺れる。
大きく深呼吸をしてから残りの水を一気にゴクゴクと飲み干した。
「うああ、生き返った!」
さすがは神様仕様の美味しい水だ。
霞んでいた目も普通に開いて見える様になったし、若干の頭痛は残っているがまあこの程度ならどうって事は無い。
そして、その時初めて俺は自分の状態に気が付いた。
防具と剣帯は、宴会が始まった時点で完全に脱いでいたからわかるんだが、何故俺は上半身裸なんだ? しかもベルトが中途半端に外れて抜けかけてるし。
その格好で床に転がって座り込んでいて、起こされた背中をセーブルに、左右を巨大化したティグとヤミーに支えられている状態だ。
さっきのめっちゃ全身もふもふ感満載だった意味が分かった。そりゃあ、裸でヤミーとティグに挟まれてたら全身もふもふに感じるよな。
左右からの、このもふもふ感満載のダブルサンドと、背中を支えてくれるがっしりとしたセーブルの硬い毛の安定感。
何この、いつもとはまた違う幸せパラダイス空間は。
そのまままた夢の世界に墜落しそうになった時、頭の上に現れたシャムエル様に思いっきり額を叩かれた。
「だから、いい加減に起きなさいって!」
「痛い! だから、そのちっこい手で叩くと痛いんだってば!」
額を押さえて悶絶しながら何とか抗議する。
「あはは、やっと起きたね」
座った俺の膝に現れたシャムエル様が、嬉しそうに頬をぷっくらさせながら俺を見上げて笑う。
ああ、頼むからそのぷっくらなその頬を俺に突かせてくれ。
俺が一人で悶絶していると、あちこちから呻き声が聞こえて飛び上がった。
「な、な、何? 何の音だ?」
とっさに、隣にいたヤミーにしがみついて周りを見回す。
「……何だ、これ?」
そう呟いた俺は、悪く無いと思う。
部屋を見回した俺の目に飛び込んできたのは、それぞれ巨大化した従魔達に寄り添われて、死屍累々といった感じで床に転々と転がっているハスフェルとギイとオンハルトの爺さん、そして、同じく従魔達に寄り添われて転がってるランドルさんとバッカスさんだった。しかも、バッカスさんの右手には空になったワインのボトルが握られている。
そして何故だか全員が、俺と同じく上半身素っ裸だった。
「思い出した。夕食を食ってた時に、お勧めのワインだって言われて、スタッフさんが持ってきたワインのボトルを開けたんだ。食事中に間違いなくあいつらで5本は開けてた。でもって……食後にウイスキーの良いのがあるって言われてボトルを開けて、俺が大吟醸が好きだっていたら、これまたお勧めを一升瓶サイズで出されて……それからどうなったっけ?」
「その後、大吟醸を皆で回し飲みして、それから白ビールと黒ビールのどっちが美味しいかって話で盛り上がって立て続けに両方で乾杯して、それからケンが樹海のお酒を出したらバッカスさんが大喜びして飲み出して、その後はもう無茶苦茶だったね。詳細聞きたい?」
笑ったシャムエル様の言葉に苦笑いした俺は、上半身裸になった自分の体を見る。
「もしかして、これも?」
「誰の筋肉が一番凄いかって話になって、ハスフェルとギイが筋肉自慢し合ってたら。ランドルさんとバッカスさんが乱入して、そこで何故か全員服を脱ぎ出して、誰が一番格好良くポーズを決められるかって話になって、もう大笑いしながら見ていたら、順番に机の上でポーズは取るわ、窓の張りにぶら下がって懸垂し出すわ、椅子に足を絡めて腹筋し出すはで、もう完全にカオス状態だったんだよ」
笑いながら、嬉しそうに話すシャムエル様の言葉の内容に、俺は違う意味で頭を抱えた。
何となく一部だけど覚えがある。
誰の筋肉が一番かってハスフェルとギイが言い出して、俺は比べてやるから並べって言ったんだ。その後バッカスさんが乱入してきて……その後はもう完全に記憶に無い。
「いやあ、一晩で百年分くらいは笑わせてもらったよ。それで最後には全員酔い潰れて床で寝ちゃったんだ。仕方がないから、従魔達が風邪引かない様に大きくなって寄り添って寝てくれたんだよ。あとでお礼言っておきなさい」
「おう、皆ありがとうな。おかげで風邪もひかずに起きられたよ」
手をついて幸せパラダイス空間から何とか起き上がった俺は、順番に駆け寄ってきた従魔達を撫でたり摩ったりおにぎりにしたりしてやった。
スライム達まで順番に全員おにぎりにしたあと、立ち上がって洗面所へ行って顔を洗った。
「ご主人、綺麗にするね〜!」
跳ね飛んできたサクラが、一瞬にして全身くまなくきれいにしてくれる。
「ありがとうな。さて、あいつらを起こして、朝昼兼用で何か食べるか……まあ、食えそうなのは、お粥くらいかな」
小さくそう呟いて笑った俺は、まだ床に転がって寝ている仲間達を起こす為に部屋に戻って行ったのだった。