魔獣使いのランドルさん
「こほん。それでは、ただ今より魔獣使いの紋章を授けさせていただきます」
改まった神官の言葉に、従魔達を左右に従え用意された椅子に座ったランドルさんが小さく深呼吸をする。
「ううん、かなり緊張してるけど、大丈夫かなあ」
後ろに並んだ参拝者用のベンチに座っていた俺は、小さくそう呟くとハスフェル達を見た。彼らも心配そうに頷いている。
もう一度咳払いをした神官が、トレーに乗せられていた10センチほどの棒状のハンコを手にする。
「どちらの手にしますか? 通常は右手にいたしますが」
「あ、はい。では、右手に、お願いします」
かなり緊張した様子で、つっかえながら答える。
「では、手袋を外して右手をこちらへ」
恐る恐る、手袋を外した右手を神官の目の前に差し出す。
「では、刻ませていただきます」
笑顔でそう言った神官が、大きく息を吸って朗々とした声で宣言した。
「従魔を九匹テイムした、テイマーであるランドルをここに魔獣使いとして認め、神殿より彼の紋章を授けます」
決められた言葉を言い終えた神官は、差し出されたままだったランドルさんの右手をとった。そして、トレーから取り出したあの棒状のハンコをランドルさんの右掌に押し付けたのだ。
ぐいっと半分ぐらいまで埋まったところで、それまで茫然と自分の手にハンコが埋まって行くのを見ていたランドルさんが、突然我に返った。
「ひょえええええ〜〜〜〜! ちょっ、何するんですか〜!」
情けない悲鳴の様な声でランドルさんが叫ぶのと、意表を突かれた俺達が揃って吹き出すのはほぼ同時だった。
しかし、がっしりと右手を確保した神官の力は案外強かったらしく、思いっきり腰が引けたランドルさんだったが、手を振り解いて逃げる事は出来なかったみたいだ。
そのまま力一杯押し付けられたハンコが、どんどんと右掌に埋まっていく。
「やめてやめてやめて〜〜! 何するんですかあ〜〜〜〜〜〜!」
そのあまりにも情けない悲鳴に、もう俺達は笑い過ぎで座っていた椅子から全員転がり落ちてる。
ちなみに、俺達と一緒に座っていたバッカスさんが一番大笑いしてるんだから、俺達も遠慮無く笑わせてもらったよ。
「あああ〜〜! ああああ〜〜〜〜〜! うあああああああ〜〜!! 俺の、俺の手がぁ〜〜〜〜〜〜!」
「もう、勘弁してくれ……」
「俺達を笑い殺す気か……」
「駄目だ。腹が痛い……」
「ランドル、お前最高だぞ!」
笑いすぎて出た涙を拭いながら、なんとか起き上がって席に座る。
最後まで座り込んで大笑いしていたバッカスさんが、ようやく立ち上がってそう言いながらまたしゃがみ込んで笑っている。
「や〜〜め〜〜て〜〜〜〜〜! 無理無理無理〜〜〜〜〜!」
また上がった悲鳴に笑いすぎて膝から崩れ落ちたバッカスさんを、俺は何とか駆け寄って笑いながら支えて座らせてやった。
いつぞやの俺みたいな情けない悲鳴を上げたランドルさんだったが、唐突にその悲鳴が止む。
どうやら紋章の授与が終わったみたいだ。
「あれ〜〜〜〜〜……。あれ? あれ? あれ? あれ〜〜〜〜〜!?」
自分に右手を覗き込んだランドルさんが、あれ、を連発している。
まあ、その気持ちは分かる。あれは本当にマジで驚いたもんなあ。
「ええ? これ、どうなってるんですか? ああ、よかった。ちゃんと動く」
右手を握ったり開いたりして動くのを確認していたランドルさんは、ようやく顔を上げて俺達を振り返った。
そのむさ苦しい顔は真っ赤になっていて、それを見た俺達は、せっかく収まっていた笑いがぶり返してしまい、またしても揃って吹き出してその場は大爆笑になった。
そのままランドルさんも一緒になってしゃがみ込んで大笑いしていて、最後には呆れた様に見ていた神官も一緒になって笑っていたよ。
「はあ、腹が痛い」
ようやく笑いが収まり、立ち上がったランドルさんに、こちらも笑いすぎて赤い顔になった神官がまだ笑いを残した顔で大きく咳払いをした。
「これにて紋章の授与は無事に終了いたしました。では、この場で従魔達に貴方の紋章を刻んでください」
「はい、わかりました。しかし本当に驚きましたよ……ケンさんが、何があっても絶対に安全だって言ってくださったからなんとか我慢出来たんです」
照れた様にそう言うランドルさんに、俺は心の中で必死になって突っ込みたいのを我慢していた。
だって、あのさっきの悲鳴は、どれ一つを聞いても我慢出来たってレベルじゃないと思うぞ。
「それで、紋章の授与ってケンさんがやっていたみたいにするんですか?」
真顔になったランドルさんの質問に、俺もなんとか笑いを収めて真顔になって頷いた。
「そう。紋章を刻みたい場所を右手で押さえてやればいい。あ、紋章を刻むならテイムした順番にな」
「そうなんですね、ありがとうございます。では、お前からだな。何処につける?」
肩に乗っていたスライムのキャンディが、その言葉にポヨンと跳ねて床に飛び降りる。
「皆と、皆と同じ場所にお願いします!」
それを聞いたアクア達が、一斉にキャンディの周りに集まる。見事に肉球マークが勢揃いしたよ。
俺達全員分のスライム達が集まると、ソフトボールサイズとはいえかなり威圧感がある。ランドルさんはそれを見ても平気そうだが、神官は苦笑いして後ろに下がったよ。
「おお、言葉が解るぞ。分かった、じゃあここだな。これからもよろしくな。キャンディ」
嬉しそうにそう言ったランドルさんが、そっと手を伸ばしてキャンディの額を押さえた。
一瞬掌の押さえた部分が光り、手を離せばもうあの紋章が綺麗に刻まれていた。
「これは素晴らしい。じゃあ次はお前だな」
モモイロインコのマカロンも、皆と同じ胸元に紋章を刻んでもらい、ダチョウのビスケットは首の下部分、ちょうど正面から見える位置に。
ピンクジャンパーのクレープは額に、グリーングラスランドウルフのマフィンとサーベルタイガーのクグロフ、それからオーロラグレイウルフのシュークリームとエクレア、それからカラカルのモンブランまで、皆胸元にランドルさんの紋章を刻んだ。
「おめでとう。これで名実ともに立派な魔獣使いだな」
拍手した俺の言葉にハスフェル達も揃って拍手をする。
それを聞いたランドルさんは、これ以上ないくらいに嬉しそうな満面の笑みで何度も俺にお礼を言っては従魔達を代わる代わる抱きしめたり撫でたりしていた。
無事に、魔獣使いランドルさんが誕生したよ。
やっぱりここは、ご馳走と美味しい酒でお祝いするべきだよな?