ランドルさんの紋章
「それじゃあ私達はギルドに戻るよ。何かあったらいつでも連絡を、すぐに飛んでくるからね」
エルさんだったら、本当に呼んだら空くらい飛んで来そうだなんて、失礼な感想を抱きつつ笑って頷いておく。
ハスフェル達と笑い合ったエルさんは、俺とランドルさんの従魔登録の書類を持ったスタッフさん達と一緒に、一旦ギルドへ戻って行った。
「大変お待たせ致しました。どうぞお召し上がりください。お皿はこちらのワゴンに乗せておいて下されば、順次お下げします。では、どうぞごゆっくり」
執事さん風のやや年配の男性がそう言って、机に並べられた料理の数々を示した。
キッチンではまだ追加の料理の用意をしているのを見て、俺は思わずハスフェル達を横目で見た。
「どれだけ食うつもりだって。まあいいけどさ」
笑いながらそう言うと、ハスフェルは当然の様に胸を張ってこう言ったんだよ。
「そりゃあ、ここの支払いはギルド持ちだからな。せっかく楽しく狩りをしていたのを中断して帰って来たんだぞ。食事くらいは楽しませてもらわないと、やってられるかって」
「全くだ。明日も大型種を狩れると思って楽しみにしていたのにな」
「ああ、思い出したら悔しくなって来たぞ。どうだ、早駆け祭りが終わったら、もう一度改めて行かないか?」
ハスフェルの愚痴にギイとオンハルトの爺さんが揃って同意して頷いているし、ランドルさんとバッカスさんも苦笑いしつつ頷いている。
「いやいや、何を物騒なこと言ってるんだって。早駆け祭りが終わったら、俺は最初からの目的地だったバイゼンヘ行くんだってば。バイゼンヘ行ったら売り捌く予定の素材とジェムがどれだけあると思ってるんだよ。俺は冬の間にバイゼンで最高の装備を整えるんだからな!」
「ああ、そうだったな。じゃあこうしよう。祭りが終わったら予定通りにバイゼンヘ向かおう。それで冬の間はバイゼンに滞在して、ケンは最高の装備を整えてもらえ。雪が溶けて春になったら、カルーシュ山脈の奥地へ再出動しよう。それなら良かろう?」
嬉々としたハスフェルの提案に、俺は遠い目になった。でもまあ、新しい装備の使い心地を試すのなら、そこらにいる普通のジェムモンスターよりは確かに強いのと戦った方が判るだろう。新しい従魔達のおかげで、俺の戦力も相当強化されているから、そうそう危険もあるまい。
そう判断した俺は、若干渋々ではあったが頷いて見せた。
「まあ、良いんじゃないか?」
苦笑いした俺がそう言うのを見て、三人が大喜びで手を叩いている。
「よし、じゃあその段取りで動くとするか」
嬉しそうなハスフェルの言葉に、俺は思いっきりため息を吐いて目の前に並んだ料理を見た。
何だか良い様に丸め込まれた気もするが、でもヘラクレスオオカブトの剣が手に入ったら俺も強いジェムモンスターと戦ってみたい。
「じゃあ、せっかくの料理が冷める前にいただくとしよう」
それぞれの料理が大皿に盛られていて、お願いすればスタッフさんがお皿に取り分けてくれるらしい。なんだかセレブになった気分だ。
大喜びで色々とお皿に盛り付けてもらい、俺は念願の白ビールをもらった。しかも、俺の分の白ビールだけがキンキンに冷えていて、もうそれを見た俺のテンションは超上がったよ。
人に作ってもらった豪華な夕食と冷えたビール。いやあ最高だね!
そんなわけで、俺はお皿の横で待ち構えていたシャムエル様にも取り分けてやり、次々に用意される料理を皆で思う存分飲み食いして、何度も早駆け祭りの成功と互いの健闘を祈って乾杯をした。
机に並んだ料理が一面クリアーされた頃には、もう充分に満腹になった俺は早々にギブアップして、魚の乾物を肴にして白ビールをちびちびと楽しんでいた。
「それで、ランドルさん。自分の魔獣使いの紋章ってもう決めているんですか?」
興味津々の俺の言葉に笑顔になったランドルさんは、飲んでいたジョッキを置いて俺に向き直った。
「はい、実はその事でケンさんにお願いがあるのですが、聞いていただけますか?」
「俺に? 改まって何事ですか?」
俺も慌てて飲んでいたジョッキを置き、ランドルさんの話を改めて聞く体勢になる。
「実は、ケンさんの紋章に使われている、あのマークを私も使わせていただけないかと思いまして」
その驚きのお願いに、俺は目を見開く。
足元を見ると、呼ばれたと思ったのか視線の合った猫サイズのソレイユとフォール達が、先を争う様にして俺の膝の上に飛び上がって来た。そのあとから他の猫科の子達も走ってくる。
「こらこら、そんなに乗れないって」
甘えるように鳴いた二匹はそのまま俺の肩まで駆け上がり、出遅れたタロンとティグとヤミーが空いた膝に駆け上がって来た。
「痛いって、爪を立てちゃ駄目だよ。俺の皮膚は薄くて弱いんだからさ」
最後のヤミーがずり落ちそうになって俺の膝にしがみついたものだから、慌てた俺はそう叫んでヤミーを救出した。
「ごめんなさいご主人。気を付けます」
申し訳無さそうにそう言ったヤミーが、抱き上げた俺の腕を優しく舐める。
「うん、大丈夫だからな」
笑って抱きしめてやり、ヤミーの胸元を改めて見る。
「マークって、これですか?」
肉球マークを指差すと、満面の笑みで頷かれた。
「クーヘンさんも、貴方から許可をもらってあの紋章にしたと聞きました。ケンさんは私のテイマーとしての恩人です。実は勝手に、密かに貴方の事を師匠と呼ばせていただいていました。どうかお許しいただけませんでしょうか」
小さく笑った俺は、もう一度従魔達を見てから大きく頷いた。
「もちろんですよ。師匠なんて偉そうなものになったつもりはありませんが、俺だって勝手に師匠って呼んでいる人がいますからね。どうぞ使ってください」
その言葉にランドルさんは破顔した。
「お許しいただけますか。いやあ、ありがとうございます!」
嬉しそうにそう言うと、足元に置いてあった鞄を取って中から折りたたんだ紙を取り出した。
「実は少し前に、自分の紋章を考えてみたんです。それで、これがどうしても気に入ってしまって。その、勝手に使って申し訳ありません!」
そう言って見せてくれたのは、真ん中に肉球マークがあって、その周りを二重の円で囲んだ綺麗な紋章だった。ただ、残念な事に肉球マークの下に書いてあるKENって文字が、完全に間違っていて謎の楔形文字みたいになっていた。
「ああ、そこは俺の故郷の古い文字で、俺の名前が書いてあるんですよ。だから、ランドルさんならそこの文字は変わりますね」
手を伸ばした俺は、間違った文字の部分を指差してそう言ってやる。
「ええ? そうなんですか。それなら私なら何と書けば良いのでしょうか?」
困った様に何も書かれていない紙を取り出すので、受け取った俺は少し考える。
「ええと、こうかな?」
そう呟いて、英文字でRANDALLと書いた。
「おお、何だか格好良いですね。ではそれも使わせていただいてもよろしいですか?」
真剣な顔で俺が書いた文字を見ていたランドルさんは、もう一枚紙を取り出し、肉球マークと輪っかを新しく描いた。意外に器用だな。
それから肉球マークの下に、サラサラと俺が書いた通りの書き順で綺麗に自分の名前を英文字で書いて見せたのだ。
「どうでしょうか。これで合っていますか?」
照れた様にそう言って、改めて書き直した自分の紋章を俺に見せる。
綴りが間違っていないのを確認した俺は、笑顔で親指を立てて見せた。
「完璧です」
それを見て嬉しそうに笑ったランドルさんは、返した紙を両手で受け取って立ち上がった。
「では、これでお願いして来ます。明日、紋章を授けていただく際には、皆様に立ち合いをお願いしてもよろしいでしょうか?」
照れた様なランドルさんの言葉に、俺達は揃って親指を立てて答えた。
「もちろん。喜んでご一緒させていただきますよ!」
「ありがとうざいます。では行って来ます!」
深々と一礼したランドルさんは、同じく立ち上がったバッカスさんと二人で足早に部屋を駆け出して行った。
「また弟子が増えたね」
「そうだな。なんだか恥ずかしいけど仲間が増えて俺も嬉しいよ」
嬉しそうなシャムエル様の言葉に、俺も照れた様に笑って頷いたのだった。