ホテルの部屋にて
「馬鹿と馬鹿がつるんで事件を起こしたら、こういう展開になる訳だな」
大きなため息と共に俺が顔をしかめてそう言うと、それを聞いたエルさんは、遠慮なく吹き出して大笑いしているよ。
「上手い事言うなあ。いや、まさにそんな感じだよね。こっちとしたら笑い事じゃ無いんだけど、正直言って、笑わないと馬鹿馬鹿しくてやってられないってのが本音だよ。全く、この忙しい時に何て事をしてくれるんだろうね」
エルさんが俺より大きなため息を吐いてそう言うと、申し訳なさそうな顔で俺達を見た。
「まあ、この件に関しては軍部に任せているからあまり私が口出しするのもなんだけど、一応ケンから聞いたその殺しの依頼を受けたって話は伝えておくよ。例の狂戦士二人も捕まった事だし、もう大丈夫だとは思うんだけれども、念のため、祭りまではここにいて貰えるとありがたいんだけどね」
「ええと、祭りまでってあと何日だっけ?」
「あと六日だね。せっかくだから、ここでゆっくりしていてくれればいいよ」
広すぎる豪華な部屋を見回し、俺は諦めのため息を吐いた。
もう今からまた郊外へ出るも面倒だし、この際だから、普段とは違う豪華な生活を楽しむのも良いだろうってな。
「了解。じゃあもう祭りまでここでゆっくりさせてもらうよ」
俺がそう言うと、エルさんは安心した様に何度も頷いていた。
「それより、腹が減って仕方がないんだけど、食事ってどうすればいい?」
一応部屋の奥には、かなり広いキッチンスペースがあり、水場の三段になった水槽からは綺麗な水が流れているので、料理もし放題だ。
「食事は頼めば部屋まで持って来てくれるよ。レストランもあるけれど君達は行かない方が良いだろうね。多分大騒ぎになると思うよ」
苦笑いしながらエルさんがそう言って、机の上に置いてあった木製のボードを渡してくれた。
何かと思って見てみると、ルームサービスのメニューだったよ。
「じゃあ適当に頼んでやるよ。良いだろう?」
「それなら俺には白ビールを頼むよ。飲まなきゃやってられっか、てな」
顔を覆った俺の言葉にハスフェルは笑い出し、エルさんがもう一度謝ってくれたよ。
ハスフェル達がルームサービスを頼んでくれている間に、ギルドの職員さんが書類を持って来てくれたので、俺とランドルさんはとにかく従魔登録をする事にした。
「ええと、インコのメイプルまでは登録済みだから、そのあとの子達だな。ってことはティグ以降か」
指を折って従魔達の数を数えながら、ティグ以降にテイムした子達を記入していく。
今回は六匹いたので、書類は二枚に分かれたよ。
同じく真剣に書類を書いているランドルさんを見て、それからエルさんを振り返った。
「そう言えばランドルさんはどうするんだ? 彼らもここに泊まるの?」
「いや、彼らにも別の部屋を用意してあるからそっちに泊まってもらうよ。ここほどじゃ無いけど、充分立派な部屋だよ」
「いえいえ、私はギルドの部屋で充分ですよ」
聞こえていたらしく、慌てた様に顔を上げたランドルさんがそう言って顔の前で手を振る。
「気にしないで良いって。祭りの七日前になると、祭りの花形である三周戦の参加者には安全の為にホテルに泊まってもらう事になっているんですよ。このホテルハンプールと、旧市街にあるホテルハンプール別館にある特別室がそれぞれ用意されているんですよ」
「へえ、そんな事するんだ」
感心した様な俺の言葉に、エルさんも笑っている。
「まあ、それぞれのレースは賭けの対象だから、主催者側としては参加者の安全には気を使うよ。とは言え、三周戦以外は金額的にもそれほどじゃあ無いから一部の参加者に護衛をつける程度で大丈夫なんだけどね。三周戦は動く金額が桁違いなんで、万一にも不正や八百長が無い様に参加者を外部と接触させないって意味もあるんだ」
「ああ、それは確かにそうですね。了解。じゃあ遠慮なくここでダラダラさせてもらう事にしよう」
笑ったランドルさんもそう言い記入の終わった書類をもう一度確認してから待っていたスタッフさんに手渡した。
「じゃあ、ランドルさんの魔獣使いの紋章の登録は、祭りが終わってからかな?」
立ち会う気満々だったんだけど、さすがに人で溢れるこの時期は無理があるだろう。
しかし、それを聞いたエルさんは満面の笑みになった。
「そうだね。それは早くしたいよね。じゃあ、食事が終わったらホテルの支配人に頼めば良いよ。ここで紋章の登録なら出来るからね」
その言葉に俺達の方が驚く。
「ええ、ホテルでもそんな事までやってるんですか?」
俺の叫びにエルさんは笑って頷いた。
「ホテルで結婚式を上げる人達も多いからね。ここのホテルには分所があるんだよ。神官は必要な時だけ神殿から来てくれるんだ。だから魔獣使いの登録をしたいと伝えたら、神殿から神官が来てくれるわけだよ。魔獣使いの紋章の場合は、少し時間がかかるらしいから、食事が終われば先に連絡して紋章の絵を渡しておくと良い。明日には神官が紋章を授けに来てくれるんだよ」
エルさんの説明を聞き、ランドルさんは驚きのあまり固まっていたが、俺達全員とバッカスさんは揃って笑顔で拍手をしていたのだった。
「じゃあ、紋章を決めないとな」
俺の言葉にランドルさんが口を開き掛けた時、ノックの音がしてワゴンを押したスタッフさん達が、ゾロゾロと部屋に入って来た。
「ではすぐにご用意いたしますので、もうしばらくお待ちください」
キッチンに陣取った二人のシェフが、手早く料理をお皿に並べ始めた。
次から次へと運ばれてくる大量のワゴンを見て俺はちょっと遠い目になったよ。
おいおいハスフェル。一体どれだけ注文したんだよ。