ギルドからホテルハンプールへ
「ケン。ハスフェル達も! ああ、良かった。皆無事だったね!」
俺達が大注目の中をギルドに入った途端に、カウンターの奥からエルさんがそう叫びながら駆け出して来て、俺の右手を両手で掴んでブンブンと上下に振り回した。
そして当然だけど、その間中周りからはずっと大注目のままだ。
「あの、エルさん。もう分かりましたから離してくださいって」
苦笑いしながら俺がそういうと、我に返ったエルさんが慌てた様に手を話してくれた。
「いやあ。エルさんの握力も相当なものですね」
苦笑いしながらジンジン痺れた右手をこっそりさすっていると、隣からハスフェルの大きなため息が聞こえた。
「エル。ケンを襲おうとした二人組は、とっ捕まえて城門の兵士達に引き渡す様にヒューゴ達に頼んできたぞ」
思いっきり嫌そうなハスフェルの言葉に、ギルドの中にいた冒険者達から驚きの声が上がった。
「ええ、ケンガル兄弟を捕まえたってっ?」
「すっげえ。あの狂戦士達をどうやって捕まえたんだよ?」
「狂戦士?」
どこかで聞いた覚えのある言葉に、思わず振り返って近くにいた冒険者達にそう尋ねる。
「あ、ああ。そうさ。奴らはそりゃあとんでもない凶暴な奴らでね。下手な猛獣なんかよりずっと恐ろしいんだ。暴れ出したら手もつけられなかったんだよ。しかも、奴らはミスリルの剣を持ってたもんだからさ。そんなの、そこらの武器じゃあ太刀打ち出来るもんかよ」
「うっかり剣を合わせたら、そのまま剣ごと切られちまうさ」
隣にいた冒険者まで一緒になって説明してくれる。
なるほど。そう言えばRPGにそんな状態異常があったな。戦力はとんでもなく跳ね上がるけど、暴れたら力尽きるまで止まらないやつ。
納得して頷くと、エルさんに視線を戻す。
すると、一気に真剣な顔になったエルさんは、地面にめり込みそうな勢いで深々と頭を下げた。
「もう、本当に本当に申し訳ない。あの馬鹿達が奴らと契約して君を襲う様に依頼したって知らされた時には、本気で血の気が引いたよ。とにかく君達が無事で良かったよ」
また、ものすごく大きなため息を吐いたハスフェルが、これまた思いっきり嫌そうに口を開いた。
「顔を上げてくれ。とにかく場所を変えよう。この件ではこれ以上見せ物になる気は無い」
「そうだね。気が利かなくて申し訳ない。じゃあ場所を変えよう。ついて来てくれるかい」
そう言って外に出て馬に乗ったエルさんの先導で、俺達はそのままホテルハンプールに移動した。
相変わらず大注目の中を歩きながら、俺はふと我に返って隣を歩くセーブルを見た。
「なあ、ホテルに着いたら真っ先に従魔登録の用紙を持ってきてもらう様に頼むべきじゃあないか? 俺もランドルさんもさ」
結局、巻き込まれた形のランドルさん達も律儀に俺達に付き合ってくれているので、俺達二人が新しくテイムした子達の従魔登録が一切済んでいないし、ランドルさんに至っては、街へ戻ったらすぐに行こうと話していた神殿へ魔獣使いの紋章の登録もまだ出来ていない。
チラッと横目でランドルさん達を見ると、苦笑いして首を振られた。
「私の事はご心配なく。紋章は逃げませんから。今は、貴方達の方が心配です」
嬉しいその言葉に、ちょっと目がうるっときたのは気のせいだってことにしておこう。
「ですが、確かに言われてみれば、従魔登録だけはギルドで済ませてから来るべきでしたね」
呆れた様なランドルさんのその言葉に、俺はなんとか笑う事が出来た。
相変わらずの大注目と大歓声の中を、もう虚無になった気分でぼんやりとあちこちに愛想笑いをしながら手を振って進んでいると、いつの間にか俺達一行はホテルハンプールに到着していた。
見覚えのあるスタッフさん達が出て来て、ホテルの入り口でマックスとニニを預かってくれた。他の子達は、小さくなれば部屋に入っても大丈夫だと言われたので連れて行く。少し考えて、サクラだけはこっそり鞄の中に入っててもらう事にしたよ。
『念の為、ニニちゃん達にはフランマが付き添う事にします。ケンには私がついていますから安心してくださいね』
頭の中にベリーの優しい声が聞こえて、俺は心の底から安堵した。もしもまだ、俺や従魔達に何かしようとする奴らがいたとしても、フランマとベリーがいてくれれば大丈夫だよな。
『悪いな。世話掛けるけど、しばらくよろしく頼むよ』
『構いませんよ、これくらいお安い御用です』
念話でそう伝えると、笑った気配がして声が届いた後に気配が消えた。
そのまま支配人さんの案内で通されたのは、どう見てもVIPルーム以外の何者でも無い、超豪華なスイートルームだった。
何と、メインの部屋以外に、幾つも部屋があり、ベッドルームだけでも四部屋もあった。
それから広いバルコニーが付いていて、従魔達のトイレや犬小屋みたいな大きな寝床スペースまで作られていたよ。
「こちらの部屋をお使いください。ではどうぞごゆっくり。何かご用がございましたら、そちらのベルを鳴らしてください」
机の上に置かれた銀細工の小さなベルを見て、ちょっと気が遠くなった。
根っからの庶民な俺には、絶対熟睡出来なさそうな環境だよ。
「とにかく座ろう。それで詳しい話が聞きたいです。でもその前に!」
広い部屋の真ん中に置かれたソファーにになんとなく全員が集まる。ソファーの前には少し低い机も置かれている。
俺は黙って鞄からコーヒーを出してやった。
置かれていたなんとも華奢なカップにそれぞれコーヒーを入れて、無言のままソファーに座る。
「エルさん。俺とランドルさんは、今回の旅でまた新しく従魔達を複数テイムしてるんです。申し訳ないんですが、先に従魔登録だけでもしてもらえませんか?」
驚いて目を見張ったエルさんに、俺とランドルさんはティグを始めとして、あの地でテイムした子達を順番に見せてやった。一応、大きくなって見せたりもしたら、途中からエルさんはもう、目を見開いたきり声も出せないくらいに驚いていた。
結局ギルドへ急遽連絡を取ってもらい、従魔登録の用紙を持ってきてもらう事になったので、到着までの間に今回の騒動の詳しい話を聞いた。
と言ってももう予想通りの展開で、俺は本気で嫌になったよ。
「ギルドの追求で判明したんだけどね。例の馬鹿の弟分達は、ちょっとタチの良く無い連中とつるんで、君にレース前に危害を加えて怪我をさせて、レースに参加出来ない様にするつもりだったらしい」
その言葉に、思わず俺は首を振った。
「いや、それは話が違いますよ。俺を襲ってきた二人組は、はっきり言いましたよ。俺を殺す様に依頼を受けたって」
驚きに目を見張るエルさんに、俺は嫌そうに頷く。
「まあ、従魔達が守ってくれましたけどね。で、戻ってきたハスフェル達が襲撃者達を取り押さえてくれたんです」
「ううん、それは……」
腕を組んで考え込んだエルさんは、ため息を吐いて俺を見た。
「了解だ。その辺りは軍部とも相談して、襲撃者からも話を聞いて総合的に判断しよう。実を言うと、問題の馬鹿二人はすでに逮捕されているんだ」
今度は俺達が目を見開く。
「クーヘンの店に盗みに入ろうとしたところを現行犯逮捕されたよ。馬鹿だとは思っていたけど本物の馬鹿だったみたいねえ。クーヘンの店の警備はホテルハンプール並か、それ以上だって言われているのに」
顔を見合わせて遠い目になった俺たちは、もう何度目なのか数える気もないため息を吐いたのだった。