街へ向かう
「はあ、ハンプールの街までって、こんなに遠かったかなあ」
走るマックスの背の上で、俺はため息と共に思わずそうこぼした。
すっかり暮れてしまって真っ暗になった中を、俺達の乗った従魔達はランタンの明かりだけを頼りに雑木林を抜けて走り続けていた。
ハスフェルとギイのところに、それぞれ一人ずつ捕まえた男達が一緒に乗せられている。
一応、落ちない様にスライム達が持ってくれているらしいが、正直言うと、その辺にこのまま放って行きたい気分だ。
だって、誰かに頼まれて俺の命を狙って来たって面と向かって言われたんだぞ。しかも、いきなり攻撃されたし。
当然、従魔達が守ってくれたおかげで、俺はかすり傷一つ負ってはいないが、精神的な負担はそれとは別物だ。
基本、誰とでも仲良く出来て人と争う事をしない俺にとって、あの剥き出しの敵意と悪意は、はっきり言ってナイフで切りつけられるよりも痛かった。どこかに、俺を殺したいくらいに憎んでる人がいると思うと、本気で怖いし悲しい。その人は、俺の何が気に入らなかったんだろう?
さっきから、何度考えてもこの結論に達してしまい、本気で嫌になってきたし、本能的な恐怖心なのだろうが、実は先ほどからずっと手が震えている。
我ながら情けないと思うが、もうこれは性分だから仕方あるまい。
しかも寒くなってきた上に腹まで減ってきてしまい、俺はすっかり気分的にも体力的にも、もうこれ以上ないくらいに落ち込んでいた。
なので、遥か先に街の光が見えた時には、街についた安堵感と、何処かの誰かの悪意が見えた気がしてちょっと目が潤んでいたし、このまま街へ戻って良いのか本気で怖くもなった。
恐らくハスフェル達は俺の様子がおかしい事に気付いていただろうけれど、あえて知らん振りをしてくれた。
今はその気遣いが嬉しかった。何を言われても、今の俺なら否定する言葉しか出てこなかっただろうからな。
その時、街道から少し離れた森の中から馬に乗った数名の男達が駆け寄って来るのが見えて、警戒心が最大になった俺達は、その場に立ち止まった。
当然の様にハスフェルとギイが俺の前に、俺の左右をランドルさんとオンハルトの爺さんがそれぞれの従魔に乗ったまま位置について警戒心を剥き出しにして俺を守ってくれた。
「止まれ! 誰だ!」
ランタンをかざしたハスフェルの大声に、騎馬の一団の足が止まる。
「おお、ハスフェルか。良かった! ケンさんは無事だったか!」
「良かったあ。ケンさんだけじゃなくて全員無事の様だ」
前の二人がランタンを大きくかざして俺達の顔を確認した後にそう叫び、騎馬の一団から拍手が起こった。
「ヒューゴ。ビス。お前らか。一体何事だ?」
どうやら一番先頭にいた二人はハスフェル達の知り合いだったらしく、警戒を解いたハスフェルの言葉に、ヒューゴと呼ばれた大柄な髭の男性が進み出てきた。
手綱は左手一本で持ち、右手は顔の横で開いた状態でこっちに見せている。恐らく敵意が無い事を表しているのだろう。
「ああ、良いから手は下ろしてくれ。それよりさっきの言葉の意味は? もしかしてこいつらの事を言ってるのか?」
ハスフェルが鞍の後ろに横向きに乗せている縄で縛った男を指差す。苦笑いしたギイも、同じく乗せている男を指さした。
それに気付いた全員の顔が見事に同じになる。つまり、あんぐりと口を開けて目を見開いて絶句したのだ。
「おいおい、まさかとは思うが、そいつらって……」
「襲ってきたから返り討ちにした。殺してはないぞ」
当然の様にそう言うハスフェルの言葉に、ヒューゴと名乗った男性が呻く様な声をあげた。
「おお、さすがだな。そいつらは六人殺して指名手配中の男達なんだよ。しかもそれ以外にも、軍部の追手と二度戦闘を繰り広げて逃げおおせている。多数の怪我人を出してな。なので手配書以外にもまだ余罪は増えてるんだ。捕まえてくれて感謝するよ」
それを聞いた俺達は、揃って大きなため息を吐いた。
「もうやだ。どうでもいいから早く街へ帰……って良いんだよな?」
我ながら恨みがましい声になったのは自覚していたが、もう本気で我慢出来なかったんだよ。
「ああ、もちろんだよ。ホテルハンプールの特別室を用意してあるから、祭りまではそこに滞在してくれってギルドマスターからの伝言だよ」
それを聞いたハスフェルが、もうこれ以上ないくらいに大きなため息を吐く。おお、すげえ肺活量だな。おい。
「って事は、この騒ぎの大元は、例のあの馬鹿の弟子達か」
苦い顔のヒューゴさんが頷く。
「分かった。こいつらは城門の警備兵に引き渡せばいいか? それともギルドへ連れて行くべきか?」
思いっきり嫌そうなハスフェルの質問に、ヒューゴさんは申し訳なさそうに口を開いた。
「城門の兵士に引き渡してくれればいいよ。後は彼らの担当だ。俺達がするのは捕まえるところまでだよ」
「だな。じゃあそうさせてもらう。ああ、それなら悪いが、俺達は街道に入ると注目の的だからな。こいつらは任せていいか?」
ハスフェルとギイが乗せている男達を嫌そうに指差すのを見て、無言で頷いたヒューゴさんとビスさんは、彼らを自分の乗る馬に乗せてくれた。
まあ、渡す時はかなり乱暴な扱いだったけど、気絶してるし大丈夫だよな。
顔を見合わせてもう一度大きなため息を吐いた俺達は、ヒューゴさん達と一緒に街道に入ってそのまま街へ向かったのだった。
道中の、何も知らないであろう人達からは、あちこちから二連勝に期待してるとか、頑張ってくれなどと声をかけられ、無碍にも出来ずに俺はニコニコ愛想を振りまき続けていたのだった。