襲撃者と従魔達
「ぼ、冒険者だよな?」
俺の呟きに、警戒したセーブルが低い声で唸り始めた。
こちらに真っ直ぐに向かってくる普通よりも相当大きな馬に乗った二人組は、明らかに武装している。二人とも腰には剣を装備しているし、一人は槍を、もう一人は弓矢を背中に装備している。
恐らく冒険者だと思われるが、真っ直ぐにここへ向かって来た事に対し、俺は平然とした振りをしていたが内心では正直言って相当びびっていた。
そりゃあ、セーブルと、草食とは言えうちの従魔達が一緒なんだから戦力的に負ける事は無いだろう。だけど、俺はそもそも人間と戦うなんて絶対にごめんだった。たとえ相手が悪人であったとしても。
今は四本足に戻って普通の熊のふりをしているセーブルだが、巨大化したままなので大きさは明らかに俺が使っているテントよりも大きい。
この状態の巨大な熊が見えれば、ただの盗賊の襲撃なら間違いなく怖がって襲うのをやめて逃げるだろう。
それを願って、俺はじっとセーブルの首にまたがったまま、黙って近づいてくる二人組を睨みつけていた。
しかし、二人組はテントのすぐそばまで来て中を覗き込み、それから明らかにわざとらしく俺に気づいた振りをして驚いた声を上げてこっちを見上げた。
「へえ、従魔は聞いていた顔ぶれと違うな」
「だけどあの顔は間違いなく、言われた人物だな」
理由は無いが、声を聞いた瞬間に何とも言えない嫌悪感を感じて俺は身震いした。
あんなに悪意しかない声なんて聞いた事がない。間違いなく目の前にいる二人組は敵だ。
俺の中で、最大限の警告音が鳴り響くのが分かり、唾を飲み込んだ俺は硬いセーブルの毛を力一杯掴んだ。
頭の中では、必死になってハスフェル達を呼んでいた。
頼むから、頼むから早く戻って来てくれ!
「なあ、あんただろう? 前回の早駆け祭りの三周戦の勝者ってのは。確か魔獣使いのケンだったよな」
「ハウンドやリンクスをテイムしてるって聞いたけど、何処にいるんだよ」
二人組は、馬に乗ったままニヤニヤと明らかに馬鹿にした様な嘲る言い方で話しかけてくる。
俺が答えないで黙っていると、イラついた様に二人とも口元を歪めて地面に唾を吐いた。
「悪いが、お前さんを殺す様に依頼を受けてな」
「お前さんに恨みはないが、諦めて大人しく殺されてくれるか」
そう言った直後、いきなり俺に向かって持っていた槍を投げつけやがった。
しかも早い!
しかし、何事もなかったかの様にセーブルが前脚でその槍を叩き落とした。そのまま前脚で踏みつけてその槍を真っ二つに叩き折る。
「チッ」
舌打ちと同時に、もう一人の男が取り出したのは背中に背負っていた大きな弓だ。はっきり言って、それは人に向けて絶対射っちゃ駄目なサイズだと思うぞ。
槍を投げた男は、腰に装備していた剣を抜いた。
しかし、男が弓を取り出した瞬間、巨大化したラパンとコニーがその男に飛びかかって行った。
しかも、ラパンとコニーが攻撃したのは、男ではなく乗っていた馬の方だった。
いきなり背後から尻を蹴られて跳ね上がった馬は、背中に乗っていた男を振り落としてそのまま逃げていく。
「あ、この馬鹿! 待ちやがれ!」
慌てて起き上がり、逃げていく馬を見て男が叫ぶ。
「いや、蹴られて逃げたのに、待てと言われて待つ馬はいないと思うぞ」
思わず真顔で突っ込んだけど、俺は間違ってないよな?
「この野郎!」
もう一人の馬に乗っていた方の男が、いきなり剣を構えて突っ込んで来た。
しかし、またセーブルの前脚に軽く払われて、これまた男が馬の上から吹っ飛ぶ。
何と、セーブルは器用にも馬は攻撃せずに、男を馬から叩き落としたのだ。
当然、身軽になった馬はそのまま逃げていく。
「チッ、出直しだ!」
起き上がった男達が逃げようとするが、俺の従魔達が黙って見ている訳はなく、ラパンとコニーが逃げる男達の背中を力一杯蹴り付けた。当然そのまま吹っ飛ぶ男達。
その時、甲高い鳴き声と共に巨大化したファルコが急降下してきた。
どうやら、俺の助けにお空部隊が先行して戻ってきてくれたみたいだ。
そのまま両足で二人の男達の背中をそれぞれ鷲掴みにして、一気に上空へ舞い上がる。
情けない男達の悲鳴が辺りに響く。
その直後にお空部隊の鋭く鳴く声がして、ファルコの周りを飛び回り始めた。
『おい無事か!』
『何があった!』
『今そっちへ向かってる!大丈夫か!』
慌てた様なハスフェル達の声が念話で聞こえて、俺は思いっきり大きなため息を吐いた。
「おう、無事だよ。従魔達が守ってくれた。頼むから早く来てくれ。これは俺の手に余る」
普通に声に出して答えた俺も、実は相当パニクってたみたいだ。
短い返事が聞こえた直後に、森の中から三人の乗った従魔達が物凄い勢いで飛び出して来た。
それを見たファルコが、ゆっくりと地上に降りてくる。
ハスフェル達と一緒にマックス達も転がる様に飛び出してきて、俺を守る様に俺の目の前に即座に展開した。
その前にファルコが降り立ち、捕まえていた二人を離した。
直後に猫族軍団が一斉に男達に飛びかかり、それぞれ寸止めで噛み付く仕草をする。それを更に狼達が取り囲む。
マックスとニニは俺の左右に守る様にして身構えたままだ。
雪豹のヤミーと虎のティグに頭を噛まれる直前で止められ、男達の顔色は完全に無くなって真っ青を通り越して真っ白になっている。
当然の様に剣を抜いたハスフェルが男の首筋に剣を当てる。もう一人にはオンハルトの爺さんが剣を当てた。
「そ、そいつら……誰かに俺を殺す様に言われたらしい」
言いたくはなかったが、これは聞いた以上は言っておくべきだろう。
「で、誰に頼まれた?」
ギイが満面の笑みで男達に問いかける。いや、仲間だけど……その笑み、マジで怖いっす。
男達は真っ白な顔のままで黙っているのでどうしたのかと思ったら、どうやら目を開けたまま気絶したみたいだ。
「ケンさん、大丈夫ですか!」
少し遅れて戻って来た為に、離れて見ていたランドルさんとバッカスさんの乗ったダチョウのビスケットがセーブルのすぐそばにゆっくりと駆け寄ってきた。
「まあ、従魔達のおかげで何とか」
苦笑いしながらそう言うと、安堵のため息を履いた二人はハスフェル達を見た。
「丁度、大物のサイのジェムモンスターを倒したところで、いきなり三人が顔色を変えてその場を放り出して駆け出して行きましてね。当然、貴方の従魔達も一緒に。それで、慌ててジェムと素材を回収して後を追って戻ってきたんです。いやあ、無事で良かったです」
ランドルさんはため息を吐いてそう言うと、眉を寄せて。
「あの二人は、ギルドから指名手配を受けている六人殺しの男達ですよ。元冒険者ですが、仲間割れで仲間だった二人を殺し、その直後に偶然出会った四人組の冒険者達も殺しています。ギルドに指名手配書が貼ってあるのを見ました。相当腕が立つと書かれていましたが、さすがに貴方の従魔達には敵わなかった様ですね」
その言葉に、気が遠くなるのを感じたよ。本物の人殺しだったよ、おい。
ランドルさんの言葉が聞こえたらしいハスフェル達が、これまた大きなため息を吐いて振り返った。
「悪いが一旦街へ戻ろう。こいつらはこのままギルドへ突き出す、良いな」
揃って頷く俺達を見て、ギイが縄を取り出して気絶した男達を後ろ手にして手早く縛り上げた。
しかも、猿轡までさせる徹底ぶりだ。
そろそろ日が傾きかけた草原を、テントを撤収した俺達は無言で街へ戻るためにそれぞれの従魔に飛び乗り走り出したのだった。