角煮丼と角煮まん!
「おお、何だかいい匂いがするぞ。何を作ったんだ?」
シリウスから飛び降りたハスフェルが、テントの中を覗きこみながらそんな事をいう。
だけど机の上は、ちょうど片付けたところだったので残念ながら何も出ていない。
どうやら俺は気付かなかったけど、テントの周りはお出汁と味噌汁のとても良い香りがしているらしい。
そりゃあまあ、あれだけ大量に出汁を取って味噌汁を作ったんだから、郊外とはいっても鰹出汁や味噌の匂いくらいは残っているか。
「豚の角煮を作ったんだ。今エータが時間経過の処置をしてくれてるところだから、もう少し待ってくれよな。それで今日は何を狩って来たんだ?」
「ああ、待ってくれ。説明するよ」
ハスフェルがそう言い、全員それぞれの従魔達から降りて俺のテントに入ってくる。何故か皆笑顔だ。
全員が椅子に座ったところで、冷えた麦茶を入れてやる。一息吐いたところでハスフェルが自分のスライムをアクアにくっつけた。
『アクアに渡しておいたから、また街へ行ったら捌いてもらえ』
『了解、ありがとうな』
ランドルさん達がいるので、アクアに渡した事は念話で伝えてくれたので、同じく念話で返しておいた。
「今回の獲物は、言っていたようにハイランドチキンの亜種だよ。いやあ、俺も初めて見るほどの大きな営巣地でな。手当たり次第に狩って来たが、全く減った様子が無かったからな」
そう言いながら、ギイ達と顔を見合わせて笑い合っている。ランドルさん達も苦笑いしているので、どうやら本当にとんでもない数の営巣地だったみたいだ。
「でも、ハイランドチキンは美味しいし、亜種なら一羽あたりの肉の量も多いからありがたいよ。これでしばらくは鶏肉には不自由しなさそうだな」
笑ってそう言いながら、頭の中で何を作るか考える俺。
うん、ここはやっぱりハイランドチキンの唐揚げだな。絶対作ろう。ガッツリでかいサイズのやつ。
とりあえず、まだ前回捌いてもらった肉があるからそっちから先に使うべきだな。追加が大量にあるから、大量に仕込んでも肉が無くなる心配はしなくてすみそうだ。
そんな話をしていたら、エータが動きを止めて鍋を吐き出した。
「出来たよ、ご主人」
「おう、ありがとうな。ご苦労さん」
そう言って、ちょっと得意げなその丸い頭を撫でてやる。おお、プルンプルンで気持ち良いぞ。
蓋を開けてみると、より濃い色になった角煮と煮卵がぎっしりと詰まっていた。よしよし、色艶といい良い感じになったぞ。
「どうする? もう食べるか?」
鍋の蓋を締めながら振り返ると、見事に全員の返事が重なった。
「よろしくお願いいます!」
「よし、じゃあ温めるからもう少し待て」
俺の言葉に揃って打ちひしがれて机に突っ伏す一同。腹減り小僧か、お前らは。
笑って寸胴鍋を見る、さすがにこれ全部は多いよな。
少し考えてよく使ってる家庭用サイズの寸胴鍋を二つ取り出し、角煮と煮卵を別々の鍋にたっぷりと取り分け、煮汁も入れて火にかける。焦がさないように注意しながら温めていく。
それから、別の鍋には作ったばかりのワカメと豆腐の味噌汁を適当に取り分けてこれも火にかけておく。まあ、こっちはほぼ温まった状態で保存してあるのですぐに温まったよ。ネギを散らしてすぐに火を止める。味噌汁を温める時は、煮立たせたら駄目なんだぞ。
「一応こんなのも作ってみたんだ、角煮を挟んで食べる角煮まんの皮。ご飯の上に乗せたら角煮丼になるけどどうする?」
蒸し立ての皮を見せてそう尋ねると、予想通りの答えが全員から返って来た。
「両方お願いします!」
「だよな。やっぱりそうなるよな」
笑って頷き、いつも使っている大きな丼用のお椀を取り出してご飯をたっぷり盛り付けてやる。
煮卵は取り出して半分に切ってやる。一応黄身が見えた方がテンション上がるかと思っただけなんだが、何故だか切った瞬間にまた拍手が起こった。
温まった味噌汁を各自取り分けている間に、机の上に師匠からもらった副菜を適当に並べておく。
青菜の煮浸しやほうれん草のおひたしとか、にんじんと大根の浅漬けやキャベツの塩もみとか。何しろメインが濃い味付けなので、やや薄めの味付けのを中心に並べておく。
熱々のご飯の上に温まった角煮を煮汁ごとたっぷりと盛り付けてやる。上から小口切りのネギを散らせば完成だ。
「お待たせ。まずは丼だよ。はいどうぞ」
また拍手が起こって、笑いながらそれぞれに渡していく。次に蒸し上がった皮の間に、これも温まったトロトロの角煮をぎっしりと詰めていく。表面に油を塗ったおかげで二つ折りにした隙間が開くんだよな。
縦向きに輪切りにした煮卵入りの角煮まんも作っておく。
全員に煮卵入りの分を含めて角煮まんは三つずつ渡しておく。あいつらなら絶対これくらいは食べるだろう。
「まだあるから、追加の角煮と煮卵、それから角煮まんが欲しいやつはここから各自どうぞ」
そう言って角煮の入った寸胴鍋は一旦蓋をしておく。
自分の分の丼と角煮まんを用意しても、まだ温めた角煮はたくさん残っている。大きい方の寸胴鍋の中にも当然だけどまだまだ大量にあるよ。
そりゃあ全部で10キロ近く仕込んだんだから、一回で無くなってたまるかってな。
「豚の角煮丼と角煮まんだよ、わかめと豆腐の味噌汁と、ニンジンと大根の浅漬け、それからほうれん草のおひたしです。少しですがどうぞ」
いつもの簡易祭壇に一通り並べていつものように手を合わせる。
優しく頭を撫でられる感触の後。目を開くと料理を順番に撫でた収めの手が消えて行くところだった。
「今日は冷静だったみたいだな。またスイーツを作ったら大騒ぎになりそうだ」
小さく笑ってそう呟くと、料理を自分の席へ移動させてようやく座った。
「では、いただきます」
どうやら待っていてくれたらしい彼らにもお礼を言って、それぞれ食べ始める。
「おお、この濃厚な味、煮卵もめちゃ美味しいじゃんか。ううん、これは我ながら最高の出来だな」
一口食べて感動してそう呟く。
「食、べ、たい! 食、べ、たい! 食べたいよったら食べたいよ〜〜〜〜〜〜!」
お茶碗とお皿を両手に持ったシャムエル様が、歌いながらものすごい勢いで回転している。あれで目を回さないって凄えな。
感心して見ていると、掛け声とともにピタッと止まってキメのポーズだ。はいはい、ドヤ顔いただきました。
「おう、格好良いぞ。ええと両方食うよな?」
「もちろん! あ、そっちのは、そのまま一個お願いします」
角煮を半分に切ってやろうとしたら、煮卵入りのを指差してそんな事を言われた。
おう、俺の煮卵入り角煮まんが〜〜!
キラキラした目で見つめられてしまい、諦めのため息を吐いた俺は、二個作ったうちの煮卵入りの方を丸ごと差し出されたお皿の上に乗せてやった。
それから渡された普通サイズのお茶碗に、俺のお椀からご飯と角煮と半分の煮卵をたっぷりとスプーンですくって入れてやり、それから蕎麦ちょこには味噌汁と麦茶を、副菜も小皿に少しずつ並べてやる。
それを順番にシャムエル様の目の前に並べてやった。
「はいどうぞ。ご希望の煮卵入り角煮まんと角煮丼。付け合わせはわかめと豆腐の味噌汁と、ニンジンと大根の浅漬け、それからほうれん草のおひたしだよ」
「うわあい、美味しそう。それでは、いっただっきま〜〜〜〜〜〜す!」
そう叫ぶといつものように頭から角煮丼に突っ込んでいった。
「相変わらず豪快だなあ」
苦笑いしながらそう言った俺は、シャムエル様に丸ごと取られた煮卵入り角煮まんを作り直すために立ち上がったのだった。