豚の角煮
「ええと、まず豚肉は分厚く切り分けておくと良いのか。成る程成る程」
目の前にドーンと置かれた巨大な豚のバラ肉。多分10キロはある。今からこれを角煮に調理するのだ。
一応、1キロ分くらいを角煮まんにして、残りを夕食にする予定だ。9キロあれば、二食分プラスアルファくらいはあるだろう……多分。
「サクラ、じゃあこれ全部、これくらいの分厚さに切ってくれるか」
適当に3センチくらいの厚さに一切れ切って、あとはサクラに任せる。
「寸胴鍋にたっぷりの水を入れて、強火のコンロで茹でていくぞ」
コンロに火をつけて、まずはお湯を沸かして豚肉の下茹でをしていく。
「アクが出たら、取り除かないとな」
茹ってくると、泡状のアクが出る。これはそのままにしておくと味が落ちるので、おたまですくってさっさと撤去する。
「軽く茹でたら、豚肉を取り出してこのお湯は捨てるのか。ふむふむ」
金属製のザルに茹でた豚肉を取り出し、お湯は地面に捨てる。こうしておけば、これもスライム達が先を争うようにして綺麗にしてくれるので、足元が濡れて悪くなる事もない。
「鍋にネギと生姜と水を入れてから豚肉を戻してまた茹でる。ここは茹でる時間が長いんだな。じゃあ強火じゃなくて煮込み用の弱火コンロで煮ればいいのか。サクラ、弱火用のコンロを出しておいてくれるか」
そう言いながら、鍋を軽くかき混ぜる。
「一度沸くまでは強火で一気に加熱して、あとは弱火でじっくり煮込む。それでその後、一旦冷まして固まった油を取り除く。なるほど、油は一旦固めて落とすんだ」
もう一度レシピを確認しつつ、作業を進める。
「これって、茹でてる待ち時間が長いな。ううん、どうするかな。あ、じゃあその間にお茶を沸かしておこう。麦茶とコーヒーが少なくなってたもんな。やっぱり待ち時間は有効に使わないとな」
そう呟き、コンロを並べてヤカンに水を入れて火にかけていく。沸くまでの間に手早く麦茶のパックを用意して、コーヒーセットも取り出しておく。
時折鍋の様子を見つつ、麦茶を沸かしてコーヒーを淹れていく。
麦茶とコーヒーが大量に仕込まれた頃、そろそろ二度目の茹で時間が終了になった。
「ええと、じゃあアルファ。これ冷まして油を固めて欲しいんだけど、分かるか?」
鍋を見たアルファが少し考える。
「冷ませばいい?」
「おう、それでいいと思うぞ」
「了解、じゃあ冷まします」
熱々の鍋をそのままパクッと飲み込んでしまった。そのまま、モニョモニョと動いている。
しばらく待っていると動きが止まった。
「うわあ、ご主人、お鍋の中で何か固まったよ!」
鍋を吐き出したアルファが、そう言って慌てている。
「おお、これでいいぞ。ご苦労さん。へえ、こんなに油が出るんだ」
鍋を覗き込んで感心したようにそう呟く。
「それで良いの?」
どうやら何か失敗したと思っているらしい。戸惑うアルファを手を伸ばして撫でてやる。
「これは豚肉から出た油で、冷めると固まるんだ。これは取り除く分だから処分するんだけど、スライムってこんな油も食うのか?」
その瞬間、スライム全員が伸び上がって答えた。
「食べま〜す!」
「おお、了解だ。じゃあ、取るからちょっと待っててくれよな」
少し考えて、大きなスプーンで油を掬い取っていく。
ちょっとビビるくらいに取れて、本気で呆れた。まあ豚肉の油は体に良いって聞くけどなあ。さすがにこの塊を見たらちょっとまじで引くよ。
「でもまあ、この料理はその油を取ってから味付けするんだから、油が抜けた後だと思えば良いんだよな。よし、何だか良いことしてる気になってきたぞ」
集まった塊の油は、外から見えないように空の木箱の中に置いてやり、小箱の中でアクアゴールドになって食べてもらった。
仲良く公平に食べるには、これが一番良いらしい。
「ええと、今回の茹で汁は油を取り除いた後そのまま使うのか。ここでようやく調味料の登場だな」
呟きながら豚肉と茹で汁の入った鍋に、お酒と醤油、砂糖とみりんをそれぞれ計って入れていく。
「あ、忘れてた。サクラ、茹で卵を出してくれるか。それでええと、二十五個、皮を剥いてくれるか」
一人四個計算だ。多いとは思うが、残ったら置いておけばいいもんな。俺は一個か二個あれば充分だから煮卵は二食分の予定だ。え、一個多い? 味見だ味見。
鍋を火にかけながらもう一度レシピを確認する。
「茹で卵を入れるのはもうちょっと後でも良いのか。でもまあ、味が染みたほうがいいもんな」
って事で、一煮立ちしたところで茹で卵も投入。
「で、このまままた弱火でじっくり煮込むのか。じゃあ、その間に角煮まんの準備をするか」
レシピを確認すると、丸く平くしたのを二つ折りにして蒸すやり方と、豚まんのように、角煮を刻んで具にして丸く包んで蒸すやり方の二種類が載っていた。
「そりゃあ二つ折りにして、分厚い角煮を挟むのが良いよな」
俺のイメージは、中華街で食べた豚の角煮まんだ。
「あれは本当に美味しかったもんなあ。もう一回食べたい」
取り出した一次発酵済みのパンのタネを、空気を抜くようにしながら軽く揉んでやる。
「ええと、分量はこれくらいかな?」
テニスボールより小さいくらいのタネを取り、大きさを揃えてから丸めてバットに並べていく。
ここで10分ほどおくんだって。温度とか書いてないけどこのままでいいのかね?
その間に、蒸し器を用意する。これもセレブ買いで見つけたものだ。
下の鍋に水をたっぷり入れて火にかける。上の段の鍋の底には穴が開いていて、蒸気が上がる仕組みだ。
片付けていたらそろそろ時間になったので、バットから置いてあったタネを取り出して調理用の薄紙の上に置く。
「これで伸ばせばいいのか」
取り出したのはめん棒。そう、ただの細長い丸い棒だ。うん、武器にするにはちょっと短いな。
「これでコロコロやって伸ばせばいいんだな」
上側にも薄紙を乗せて2センチくらいの厚みに伸ばしてやる。これは伸びたらすぐに剥がすよ。
「案外難しいな、まあこれで良いか。で、ここに油を塗ってから二つ折りにして蒸せばいいっと」
若干分厚さに差が出来た気もするが、細かいことは気にしない。
表面に油を塗ってから二つ折りにして、数が揃えば蒸し器に並べていく。
「時間が書いて無いんだよな。まあ10分くらい蒸してみるか」
蓋をして中火にしてから、角煮の鍋を見にいく。
「おお、めっちゃ美味しそうに炊き上がったぞ」
思わずそう言いたくなるくらいに、覗き込んだ鍋の中は、焦げ茶色の艶々の角煮と煮卵が見事に出来上がっていた。