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シャムエル様の事

「それじゃあ行ってくるよ」

「夕食、楽しみにしてますね」

 笑顔でそう言って手を振るハスフェル達とランドルさん達に手を振り返した俺は、彼らが森の中へ消えていくまで見送ってからテントへ戻った。

 今日も留守番組は草食チームとスライム達、そしてセーブルだ。

「ベリー達もあいつらと一緒に行ったみたいだから、お土産が楽しみなような怖いような、だな」

 机に座って尻尾のお手入れに余念がないシャムエル様にそう言って、後ろからその小さな頭を撫でてみる。

 他意はなかった。そういえばシャムエル様の頭って撫でてみた事ないなあ。くらいの考えだ。



「ぴひゃ!」



 しかし、俺が頭を撫でた直後に奇妙な声を上げて、シャムエル様が尻尾を抱えたままコロンと転がる。

「うおお。どうしたどうした」

 そのまま机の上から落ちそうになって、慌てて拾ってやる。

「もう、いきなり触らないでよね。びっくりして崩壊しそうになったじゃない!」

 俺の掌をバンバンと叩きながら、尻尾を振り回したシャムエル様が文句を言う。

「ごめんよ。そんなにびっくりするとは思わなかったって。そんなに怒るなよ」

 両手を開いて頭の上に挙げて降参のポーズを取ってとりあえず謝る。

「まあ良いよ。今度から気を付けてね」

 俺の掌から机に飛び降りたシャムエル様は、そう言ってまた尻尾のお手入れを始める。

 苦笑いしてため息を一つはいた俺は、足元に来てくれたサクラを机の上に抱き上げて道具と材料を出してもらおうとしてふと手を止めた。



「なあ、シャムエル様。ちょっと聞いて良いか?」

「何、どうしたの改まって?」

 ふかふか尻尾に戻ったシャムエル様が、不思議そうに俺を振り返って見上げる。

「今言った、驚いて崩壊しそうになったって……何?」

「あはは、相変わらずよく聞こえる耳だねえ」

 誤魔化すように笑ったシャムエル様が、そう言って頭を短い手で掻いた。あ、それ可愛いかも。

「えっと、初めて会った時に言ったんだけど、もしかしたら忘れてるかな。私は本来は実態の無い存在だからね。やろうと思えば何にでもなれるんだよ。それで今は、物を食べたりケンに触ったりする為に実際に実体のある身体を作り出してるんだ」

「ええ、そんな事出来るのか……って、まあそうか。創造主様だもんな。そんなのお手の物か」

「いやいや、全然簡単じゃないって。今みたいに、普通にしてる分には大丈夫なんだけどさ。さっきみたいに不意打ちで体を触られると、下手をすると崩壊しちゃうんだ」

 真顔でそう言われて、俺は目の前でシャムエル様が霧になって消えるところを想像した。

 そんなの見たら、正気でいられる自信が無いぞ。

「ええと、もしかして一度崩壊したら……?」

 もの凄く嫌な予感に恐る恐るそう尋ねる。

「まあ、ここはとっても面白いところだから、また新しい身体を作って戻ってくるつもりだけど、ちょっとすぐは無理だと思うからさ。せっかく未だかつて無いくらいに上手く出来た身体なんだから、出来ればここにいる間はずっと使いたいんだ。だから大事にしてよね」

 何故だかドヤ顔のシャムエル様を見て、壊れたおもちゃみたいにウンウン頷いたよ。

 うん、気を付けよう。

「あ、それってもしかして、以前シルヴァ達が死ぬのかって聞いた時の話と同じだったりする?」

 確かあの時もこう言ってた。仮にまたあの体と似た体を作って来たとしても、以前と全く同じにはならないって。

「ああ、まあ正確にはちょっと違うんだけど、そう思ってくれるのが一番分かりやすいかな」

「了解、気をつけるよ」

「だけどまあ、ちゃんと分かってる時なら、またちょっとくらい撫でてもいいよ」

 サクラの方を向いていた俺は、小さな声で言われたその言葉を危うく聞き逃すところだった。

「ええ、今のって?」

「べ、別に嫌ならいいよ」

 そっぽを向くシャムエル様の後頭部を見て満面の笑みになった俺は、今度は断ってからゆっくりとその小さな頭を撫でてやったのだった。




「さてと、すっかり遅くなったけど、じゃあ順番に作っていくか。ええと、何を用意すればいいんだ?」

 師匠のレシピ本を取り出して、まずはレシピをじっくりと読み込む。

「ふむふむ、一度別に下茹でするのか。それでその後に、味付けしたタレでもう一回煮込むわけだな。あ、茹で卵も一緒に作ると美味しいって書いてある。これは是非作ろう」

 段取りが分かったところで、材料と道具を出してもらって調理開始だ。



「あ、上手くいったら角煮まんとか作りたいな。あれって生地はどうやって作るんだ?」

 思い付いたはいいが、さすがに作った事が無いので分からない。

「こんな時こそ、師匠のレシピだよな」

 期待しつつレシピを探す。

「あ、あった! へえ、生地を発酵させるのか。ううん、さすがにこれはちょっと無理か?」

 困っていると、サクラが触手を伸ばして俺を突っついた。

「ご主人、もしかしてこれが使えるんじゃない? 材料をたくさん買った時にパンをくれたお店の人が言ってたよ。これで形を作って焼けばパンが出来るし、蒸し器で蒸せば蒸しパンになるって」

 そう言って取り出したのは、パン屋で買ったのと同じ木製の木箱に並んだ白くて丸い塊だった。

「あ、説明書が添えてある。何々? 一時発酵済みの状態ですので、このままガス抜きをしてから希望のサイズに等分して二次発酵させ、焼けばパンに。このままガス抜きして形成して具を包んで蒸せば肉まんや角煮まん等が出来ます。おお、まさしくこれじゃん。セレブ買い最高だな」

 そう言えば確か、お菓子の材料を大量に買った時に、パンは焼いた事がないよって話をしたら、パン屋の店員さんが発酵済みの生地があるって言ってたのを思い出した。

 何でも、この世界では、パン生地を発酵させるための液がほぼお店の自作なので、いわゆるドライイースト的なものは売っていないらしい。なので、自宅でパンを焼きたければ、店が売ってくれる一次発酵済みの生地を買ってきて、自分で形成するのが一般的なんだって言ってたのをも思い出した。

「そっか、いわゆる生きたパン酵母って、凝った人は自作するって聞いたことがあるけど、どうやって作るかまでは知らないよ。そうだそうだ。それで買ってすぐ作らないと駄目だって言われて、俺が時間停止の収納の能力持ちだからって大丈夫だって言って分けてもらったんだった。よしよし、じゃあ後でこれも作ってみよう」



 分かったところでその木箱は一旦収納しておいてもらい、まずは豚の角煮を作る事にした。

 取り出した大きな豚バラ肉の塊を前に、俺は大きく深呼吸をした。

「よおし、じゃあ始めるとするか!」

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