夕食はカルボナーラ!
「あいつら、何処まで行ったんだよ」
フライパンを片付けながら、そろそろ暗くなってきた外を見る。
「サクラ、ランタン出してくれるか」
「はあい、どうぞ」
いつも使っているランタン出してもらい、火を灯してテントの梁に引っ掛けておく。一つは机の上だ。
「さて、夕食は何にしてやるかな」
ちょっと考えて、不意に思い出したあるものが食べたくなった。
「よし決めた、今夜はカルボナーラにしよう。だけどいつもはインスタントのソースを使ってたからなあ。作り方って……おお、載ってるぞ。さすがは師匠だな」
師匠のレシピ本で探すとしっかり載っていたよ。喜んでそのページを開くと、材料を確認する。
「何々、材料はベーコンとニンニク、生クリームと牛乳、卵黄、岩塩と黒胡椒に粉チーズ。後はパスタ。後はオリーブオイル。よし、全部あるな」
俺の呟きを聞いたサクラが、言った材料をどんどん取り出してくれる。
「おう、ありがとうな。じゃあ作るか。しかしあいつらの食う量が分からんぞ」
腕を組んで考える。
「とりあえずハスフェル達は一人につき三人前計算で、ランドルさんとバッカスさんは一人につき二人前で作ろう。欲しいだけ取ってもらって、もし残ればまた次に食べればいいものな」
こればかりは、時間経過を気にしなくてすむ時間停止付きの収納様々だよ。
「誰かこの卵の白身と黄身に分けてくれるか。で、こっちに黄身を入れてくれ」
レシピには、卵白とか卵黄って書かれてるけど、つい黄身とか白身って言うの何故なんだろうな? そんな事を考えてたら、イプシロンがすっ飛んできて手早く白身と黄身を取り分けてくれた。
「ご主人、残った白身はどうすればいいですか?」
一人前につき黄身一つ使うから、白身が大量に余っている。
「とりあえずサクラに預けておいてくれるか」
「了解、じゃあ渡しておくね」
イプシロンがそう言って、黄身の入ったボウルを渡してくれる。
まずは取り分けてもらった黄身に粉チーズと牛乳を少し加えてなめらかにして、一旦そのままサクラに預かってもらう。
それから、大きな寸胴鍋にたっぷりの湯を沸かして先にパスタを茹でる事にする。
「確か一人前って100グラムくらいだったはず。だけど100グラムってどれくらいの量なんだ?」
ここでの乾燥パスタは大袋にドーンと入った状態なので、一人前の量がいまいち分からない。
悩んでいると、サクラが何かを取り出してくれた。
「ご主人、もしかしてこれが使える?」
渡してくれたのは、幾つかの穴が並んで空いている不思議な板だ。
「何だそれ?」
「ええとね、お店の人が言ってたよ。これがあれば人数分の細長いパスタを計れるからって」
手渡された板の穴はだんだん大きくなってて、その穴の横に一人前、二人前って具合に五人前までの文字が書かれていた。
「あ、これってもしかしてパスタスケールか。穴に通った乾燥パスタの量が、その穴に書かれてる人数分ってやつ。おお素晴らしい。じゃあ早速使わせてもらおう」
手にしたそれを持って、パスタの袋を開ける。
「ええと、それで結局何人前作るればいいんだ? ハスフェル達が三人前として九人前、ランドルさんとバッカスさんで四人前、俺は一人前くらいあれば充分だからな。ええ、十四人前かよ。ちょっと多過ぎるかな? まあ別に残っても問題ないな」
って事で少し悩んだが、パスタスケールで計って1キロ半分近い大量のパスタを気にせず茹でる事にした。
だけど茹で上がったパスタは予想以上の量で、それはもう笑うしかないくらいに山盛りになった。
「さすがに茹ですぎたな。この量を一度に作るのはどう見ても無理があるよな。ううん、一番大きなフライパン四個に分ければ作れるかな? だけどソースの元の卵の黄身と粉チーズはもう混ぜちゃったぞ」
悩みつつも、茹で上がったパスタは即座にサクラに渡しておく。
「なあサクラ、さっき渡した卵の黄身って、三等分とか四等分とかって出来るか?」
「出来るよ。どっち? 三等分? それとも四等分?」
ダメ元で聞いてみたのだが、意外な事にあっさり出来ると言われて俺の方が驚く。
「おお、素晴らしい。それならええと、さっきの茹でたパスタと黄身と粉チーズと牛乳を混ぜたやつ、それぞれ四等分でお願いするよ」
「了解です。分けておくね」
触手が敬礼のポーズをとってすぐに引っ込む。
なんだか、うちのスライム達はこの何気ない仕草が可愛いんだよな。
笑って手を伸ばしてサクラを撫でてやり、このプルプルな手触りを楽しむ。
「じゃあ、仕上げていくぞ。まずはこのベーコンをこれくらいの分厚さで短冊切りにしてくれるか。それとニンニクはみじん切りな」
ゼータとエータがすっ飛んできて、ベーコンとニンニクをそれぞれ飲み込んで切ってくれる。
「ありがとうな。じゃあここからは火を使うからお前らは下がっててくれよ」
一番大きなフライパンを取り出し、たっぷりのオリーブオイルとみじん切りのニンニクを四分の一くらい入れる。
「まずはオリーブオイルとニンニクを炒めます」
そう言ってコンロに火をつけてニンニクを炒めていく。
「これ、先に火をつけて熱してからニンニクを入れると、すぐに焦げるだけで香りがいまいちなんだよ。ニンニクはじっくり最初の低温の時から炒めて最後に一気に炒めて香りを出す。これがニンニクの良い香りを引き出すコツだって、定食屋の店長から教わったんだよな」
小さく呟き、そこにベーコンも四分の一を投入してさらに炒める。
「ベーコンは、焦がさないようにしながら端っこがカリカリになるくらいまで炒めるのがポイントですよっと」
独り言で手順を呟きつつベーコンをしっかり炒める。
「一旦火を止めて、生クリームと牛乳を加えて温める。沸騰はさせなくていい。温まったらここに塩とたっぷりの黒胡椒とを加える」
デルタが砕いてくれた岩塩と黒胡椒を加えて混ぜる。
「ここに茹でたパスタを四分の一加えて混ぜ、さらに卵の黄身と粉チーズを混ぜたのも四分の一加えて混ぜれば完成だ!」
大体四分の一だと三人前半の量なんだけど、やっぱり山盛りになった。
気にせず深めの大皿にそのまま全部入れて、さらに上から黒胡椒をかけてから、冷めないうちにサクラに預ける。
残りも同じ手順で全部仕上げれば、大量のカルボナーラの完成だ。
「あとはサラダと野菜スープくらいあればいいな」
ホテルハンプール特製コンソメスープを鍋に取り分け、そこに玉ねぎとニンジンとセロリもどきとジャガイモとエリンギもどきをみじん切りにして加えて煮込む。具に火が通ったら塩加減を見て、ちょっとだけ岩塩を足せば完成だ。
「よし、出来上がりだ。ああ、まるで待ってたみたいに帰ってきたな」
笑って振り返ると、ハスフェルを先頭に一同が森の中から駆け出してくるところだった。
「おかえり、夕食の用意出来てるぞ」
それを聞いて拳を突き上げて喜びの雄叫びを上げる一同を見て、笑った俺も一緒になって拳を突き上げたのだった。