味見祭り?
「ご主人、冷めたよ〜!」
サクラが元気にそう言って、先ほど飲み込んだ焼き立てブラウニーを金網ごと吐き出した。おお、本当に数分だったけど完全に冷めてるよ。
「ご苦労さん。じゃあ、スペシャルデザートの用意をするから。白の平らなお皿を出してくれるか」
幾つか取り出した中から25センチくらいのお皿をもらう。夕食の時なんかに使っているわりと大きめのお皿だ。
飾り用の果物は、小さめの激うまリンゴが一つと山盛りの大粒のイチゴ、枝付きのさくらんぼだ。それからバナナとキウイっぽいのもあったからそれも出してもらう。
ベリー曰く、どれも甘くて美味しいらしい。
「まずは果物を飾り切りにするよ」
とは言っても、俺に出来るのなんてたかが知れてるけどな。苦笑いしながらりんごを八等分する。
「この皮の部分に斜めに二箇所切り込みを入れて、端を残して一気に皮を剥く! よし出来た」
逆V字になった切り込み部分の皮が外れて、とんがったウサギの耳の部分の皮が残る。
ウサギのリンゴの完成だ。
「久し振りに作ったけど、なかなか上手く出来たな」
どうしてこんな事が出来るようになったのかも覚えていないが、なぜだか子供の頃から出来るから、もしかしたら母さんから教わったのかもしれないとも思っている。
「うわあ、何それ可愛い〜!」
目を輝かせたシャムエル様が、一瞬で俺の右手の手首の上にワープしてくる。
「危ないから降りてください。これはりんごのウサギ。要するにただの飾り切りだよ」
「凄い! 可愛いね」
今にもリンゴのウサギに飛びかかりそうなシャムエル様を見て、苦笑いして二個目に作ったのは進呈したよ。
一つ減って七つのリンゴのウサギが出来たところで、イチゴは綺麗なのを数粒残して、残りは角切りにしておく。
それから綺麗なイチゴを2ミリくらいの縦に輪切りにする。
「上手くいくかな?」
そう呟いて、手の平で軽く押さえてまな板の上でそっと手首を捻って広げてみる。
これはとんかつ屋の店長が、お子様ランチの注文が来た時だけ付けていたイチゴの扇子だ。
要するに、薄切りにしたイチゴをひねるみたいに広げただけ。だけど、これが上手くいくと綺麗な扇状に広がるんだよ。
「よし、出来たぞ!」
イチゴの扇子は、ナイフでそっとまな板から剥がして一旦小皿に置いておく。
「バナナは皮ごと斜めにカットで良いな。キウイは……輪切りにしておこう」
キウイは思いつかなかったので、そのまま皮を剥いて輪切りにしておく。
切った果物はそのままお皿に並べてサクラに預かってもらい、次はいよいよケーキをカットするぞ。
「ええと、パウンドケーキの端っこ部分は……」
20センチほどの四角い棒状に焼き上がったパウンドケーキは、真ん中が膨らんで割れた形で焼き上がっている。なので、端っこと真ん中部分で高さが大きく違うためにやや不公平感がある形になってしまったのだ。
「まあ、いいな。俺が作ってるのは商品じゃなくて、あくまでも家庭料理だからな」
いつも作っている量が家庭料理かどうかは甚だ疑問だが、お金を取ってるわけじゃ無いのでセーフだろう。
この端の部分は、金型に当たっていた為に全体に茶色の焼き色がついていて、美味しそうではあるが少々見栄えが悪い。
「やっぱりここは味見する箇所だよな」
笑ってそう呟くと、端っこの部分をやや薄めに1センチ弱で切り落とした。
四分の一くらいを自分用に残して、後はそのままシャムエル様の分だ。
「はいどうぞ、これが本当の味見なんだぞ」
いつの間にか机の上に移動していたシャムエル様に、そう言ってパウンドケーキの端くれを渡してやる。
「うわあい、これが本当の味見だね。味見最高〜!」
目を輝かせて尻尾をいつもの倍くらいに膨らませたシャムエル様が、俺の手からパウンドケーキの端くれを受け取る。
「ではまずは味見を!」
そう言ってやっぱり顔面からパウンドケーキに突っ込んでいった。
「おい、無理すると割れるぞ」
笑いながらそう言って、俺は自分の分を口に放り込んだ。
だけど、シャムエル様は割れる前に物凄い勢いでパウンドケーキを完食したよ。すげえ。
「うああ、何これ! 美味しい!」
興奮のあまり、尻尾がさらに大きく膨らんでおります。
「ちなみに今切ったのは、最初に焼いたドライフルーツとナッツが入った定番で、こっちがチョコとナッツが入ったやつな」
さり気なく手を伸ばして尻尾をモフりながら、二個目も同じく端っこを切って大きな方をシャムエル様に渡す。
キラキラの目で両手を広げて受け取ったそれを、やっぱり顔面ダイブして一気に完食した。
「うわあ、これまた甘くて美味しい。あ、これってログインボーナスのあれ?」
「そうそう、なかなか食べる機会が無くてさ。溜まってきてたからここで使ったんだ。いつもありがとうな」
さり気なくそう言って、また手を伸ばして尻尾をモフる。だけどシャムエル様は無反応だ。
実は今でもあの箱から毎朝一粒ずつチョコが増えてる。
時々数をチェックして、ここへ来てから何日って感じに最初のうちはカウントしてたんだよな。
だけど、途中で気がついたんだ。ここへ来てからの日付を数えたところで意味が無いって事にさ。
元の世界にいつか戻れるのなら意味がある行為なのかも知れないけど、もう俺はここで生きて行くんだから、未練たらしく数えない事にした。
以来、サクラに頼んでおいて時々中身を確認して、溜まってたら箱から出して保管してもらっている。
「それでこれが、激うまリンゴとぶどうのジャム入りだよ」
内心の葛藤には知らん顔で、最後のパウンドケーキの端っこを切り落とす。
「ああ、これは美味い! 俺はこれが一番良いな」
自分の分を口に入れた俺は、思わずそう叫んだ。
「確かにこれは美味しいね。もう最高!」
あっという間に完食したシャムエル様が嬉々としてそう言い、ようやく身繕いを始めた。
「ブラウニーは、確か四角く切るんだよな」
サクラが冷ましてくれたブラウニーはかなり大きめの金型だったので、縦横にそれぞれ六等分してみた。
なので当然だけど、四角が合計三十六個も出来たよ。
「おいおい、こんなに沢山誰が食うんだよ」
出来上がった大量の四角いブラウニーを見てそう呟く。
うん、これは残ったらクーヘンのところに置いて行くべきだな。
「あ、じ、み! あ、じ、み! あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っじみ!ジャジャン!」
小皿を手にしたシャムエル様がいきなり踊り始める。
「ああ、これも食いたいのか。待って。俺も一口だけ味見するからな」
ちょっと考えて、角の部分を一つ取って、四分の一程を切って残りを渡してやる。
「はいどうぞ、ブラウニーだよ。くるみが入ってるからな」
「うわあ、もう見ただけで美味しいのが分かるね。では、いっただっきま〜す!」
両手で持って、またしても顔面ダイブ。
「ううん! これも甘いけど美味しい!」
確かに、自分で作って言うのもなんだが甘いけど美味いな。
レアチーズケーキは、ちょっと考えて割れた方を切ってみる事にする。
「ええと、焼き菓子以外のケーキを切る時は、お湯で温めたナイフで水気を拭き取って素早く切り、一回ごとにナイフを拭いてまた温めて切る。ええ、面倒な事するんだな」
しかし、レアチーズケーキは確かにナイフに引っ付いて切りにくそうだ。
教えられた通りに素直に鍋にお湯を沸かしてナイフを温め、飾ったさくらんぼに沿って八等分にレアチーズケーキを切ってみる。
「おお、すげえ。ケーキが全然ナイフにくっつかないで切れるぞ。しかも断面が綺麗だ!」
ちょっと感動するレベルに綺麗に切れたぞ。
だけど、底が割れた部分は切るとバラバラになってしまったので、これは別のお皿に取り分けてそのまま味見用にする事にした。
「一口だけ俺用な」
そう言ってフォークで、イチゴが乗った先の部分を一口だけもらう。もちろんイチゴも全部じゃなくて少しだけもらったよ。
「はい、後はどうぞ」
お皿ごと渡してやると、これまた両手で皿ごと受け取り顔面から突っ込んでいった。
「美味しい! レアチーズケーキ最高!」
大感激で叫び、ものすごい勢いでレアチーズケーキを食べるシャムエル様の尻尾を、俺は後ろから手を伸ばして心置きなくもふもふさせてもらったよ。
美味しいもの食べてる時が、シャムエル様の尻尾をモフる狙い時だからな。