ブラウニーとバニラアイス
「まったくもう、何やってるんだって。収めの手って、もっと神聖なものじゃないのかよ」
笑い過ぎて出た涙を拭いながらそう言うと、同じく笑い転げて倒れていたシャムエル様が起き上がって大きく頷いてる。
「だけど、それくらいケンのお菓子を食べたかったって事だよ。ところで！ 私も食べたいです！」
どう見ても、さっき出していたお皿よりも大きな皿を取り出して目を輝かせるシャムエル様を見て、俺は態とらしく笑った。
「ええ、全種類盛り合わせて今から作る自家製アイスクリームとフルーツを盛り合わせた、スペシャルプレートを作ってやろうと思ってたのに」
「了解！ じゃあ、待ちます！」
その瞬間にお皿が収納されて、俺はまた堪えきれずに吹き出したのだった。
「じゃあまずは、ブラウニーを作るぞ。ええと、材料はチョコレートとバター、牛乳、卵に砂糖にココア、それから小麦粉、胡桃を入れると美味しいって書いてあるな。よし入れよう」
師匠のレシピを見ながら材料を計り、ボウルにログインボーナスチョコとバターと牛乳を入れておく。
「ええと、ブラウニーを焼くのは、この平たく四角い金型だな。まずはここに油を塗って粉を振るのか」
俺がそう呟くと、側にいたサクラが触手をニュルっと伸ばして平たい金型を取った。
「さっきご主人がやってたみたいにすれば良いんだね。こうでしょう？」
そう言って、あっという間に金型の内側部分に綺麗にバターを塗ってくれた。
「完璧。じゃあここに粉をふるって払い落とすんだ」
粉ふるい用のザルを見せると、アクアと協力してこれもあっという間に完璧に準備してくれた。
「素晴らしすぎるよお前ら。ありがとうな。じゃあ、まずお湯を沸かしてこれを溶かすんだな」
さっきのチョコとバターと牛乳をまずは溶かさなければいけないらしいので、湯煎するために大きめの片手鍋に水を入れて火にかけておく。
「オーブンを温めておいて、後は胡桃を刻むんだな」
殻から取り出した形のままの胡桃を見てそう言うと、一瞬でアルファが胡桃を取り込んで刻んでくれた。
もうレインボースライム達も全員が切ったり混ぜたり粉にしたりするのも器用にこなしてくれるようになった。おかげで俺のする事は、作る物を決めて材料を計ったら、あとは初めての場合を除くとほぼ火を扱う部分だけになったよ。
「しかも、時間のかかる仕込みもスライム達に頼めば早く出来るもんな。本当にスライム様々だよ」
以前激うまジュースを作った時に目覚めた収納品の時間経過を変化させる能力のおかげで、一晩漬け込んだりする料理でもすぐに作れるようになったからな。
「ええと、これが溶けたら砂糖と卵を入れて泡立て器で混ぜる。これは綺麗に混ざれば良いのか。じゃあ、まずは俺がやるから見ててくれよな」
湯煎していたチョコとバターと牛乳が溶けて混ざり合ってるボウルを抱えて、泡立て器でガンガン混ぜる。
「よし、なめらかになったら砂糖と卵を入れる……まだ甘くするのかよ」
ため息を吐いてカロリー計算って言葉を明後日の方向にぶん投げた俺は、師匠のレシピ通りの分量の砂糖を入れる。それから跳ね飛んで来たイプシロンに卵を割ってもらって、俺が混ぜている横から卵を少しずつ入れてもらう。
「で、綺麗に混ざったら小麦粉とココアを一緒にしてふるい入れる。刻んだ胡桃を入れてなめらかになるまで木べらで混ぜたら準備完了だ」
出来上がったら金型に生地を流し込んで、オーブンに入れる。
「三十分くらいらしいけど、これも様子見だな。一応二十分くらいにしておこう」
あまり当てにならない、オーブンについているタイマーを回し、シャムエル様からもらった十分の砂時計をひっくり返して机の上に置いておく。
「上の砂が無くなったら教えてくれよな」
「了解です！」
ゼータが、砂時計の横に待機してくれた。
キッチンタイマーはさすがに無いので、時間を測る時は砂時計とスライムのコラボタイマーが活躍してくれている。
「じゃあ、焼いてる間にバニラアイスを作るぞ」
これは師匠のレシピを見ていて見つけたんだけど、これを見つけた時にはちょっと嬉しくなったんだよ。
「何々、生クリームと卵黄、牛乳に砂糖、バニラビーンズ……そんなのあったか？」
最後の一つが分からなくて考えていると、サクラが何やら不思議な物を取り出した。
「ご主人、これだね。お買い物の時に、これがバニラビーンズだって言ってたよ」
そう言って取り出したのは、どう見ても腐った豆の鞘みたいな真っ黒な物体だ。
「おいおい、何だよこれ」
渡されたそれを見て顔をしかめた俺は、しかしその覚えのある甘い香りに目を見開いた。
「何だよこの甘い香り。あ、そっか。バニラビーンズってあの甘い香りの元か。へえ、バニラってこんな風なんだ。だけど、どうやって使うのかわからないぞ？」
こんな時のための、師匠のレシピ用語解説コーナー。
調べてみると、予想通りにバニラビーンズの扱い方が書いてあった。
「何々、鞘の両端の部分を切り落として真ん中部分の鞘の中にある粒状の種を使う。鞘は大きければ小指程度の長さに切って使う。成る程」
説明通りに、まずは鞘の両端を切り落とす。
「これも香りは出るからミルクと一緒に煮込むと良い。へえ、しかも中身を取り出した鞘の部分も、もう一回煮込めばまたバニラの香りが出るんだって。面白い」
鞘の部分を三等分して、指示通りにそのうちの一個の鞘にナイフで切り目を入れて中身を取り出した。あとの残りはまたサクラに預けておく。
「ご主人、一回無くなったよ」
砂時計を担当してくれているゼータが、一度目の砂時計の終了を知らせてくれる。
慌ててオーブンを見たが、まだ端っこが焼け始めたところだ。
「じゃあもう一回お願い」
「了解です！」
触手が砂時計をひっくり返すのを見て、俺はバニラアイス作りに戻った。
「まずは、牛乳と砂糖、取り出したバニラの粒を片手鍋に入れて火にかける。泡立て器で混ぜながら温まったところで火から下ろす。軽く冷ましたら残りの材料を入れてまた混ぜる。おお、なめらかになったぞ」
レシピ通りに混ぜ合わせ、用意してあった金属製のバットに出来上がった液を流し入れる。
「で、これを冷凍庫で凍らせるんだけど、これって俺が凍らせれば良いんだよな。出来るかな。凍れ！」
バットの上に手をかざして、この液が凍ったのをイメージしつつ命じる。
一瞬で綺麗に凍った液を見てドヤ顔になった。
「どうだ！」
「はいはい、上手上手」
付き合ってくれたシャムエル様が、笑いながら拍手してくれたよ。
「それで、数回凍らせる度にフォークでこれを混ぜて空気を入れるんだって。へえ、そんな事するんだ」
初めてなので、作り方に感心しつつフォークでザクザク混ぜて空気を入れる。
「また凍れ！」
一瞬で凍ったアイスをまたかき混ぜる。もう一回凍らせて混ぜ合わせたら出来上がりだ。
バニラアイスは一旦サクラに預けておく。
この後、もう少しブラウニーを焼いて、ようやく本日の予定のお菓子作りが終了した。
「おお、めっちゃ美味しそうじゃんか」
金型から取り出したブラウニーは、ちょっと膨らんだくらいで綺麗に焼けている。
「冷ましま〜す！」
サクラがそう言って、ブラウニーを乗せた金網ごと一瞬で飲み込む。
驚いて見ていると、さらに大きなお皿を持ったシャムエル様がドヤ顔で俺を見ていた。
どうやらサクラに早く冷ませと命令したみたいだ。
「あはは。こっちも待ちきれなかったか。じゃあ、片付けたら試食会だな。俺も一通りは食べてみたいからご一緒させてもらうよ」
笑った俺の言葉に大興奮して、見た事も無いくらいの高速ステップを踏み始めたシャムエル様だった。
