パウンドケーキ作り
「テントを張る場所まで競争だ!」
境界線の草原までもう目の前まで戻って来たところで、またしても突然ハスフェルがそう叫んで、応えるように声を上げた俺達は一斉に従魔を加速させて森から勢いよく飛び出した。今回はバッカスさんも一緒に乗ったままだ。
そのまま全員揃って、綺麗に横並びのままなだらかな草原を駆け抜け、見覚えのあるテントを張った場所へ雪崩れ込んだ。
「うわあ、またしても同着でしたね」
興奮して跳ね回るビスケットを御しながら、同じくらいに興奮して頬を紅潮させたランドルさんがそう言って笑っている。
「祭り当日、楽しみにしてますよ」
「ええ、俺も今から楽しみで仕方がないですよ」
互いに笑顔突き出した拳を腕を伸ばしてぶつけ合った。
「それじゃあ行ってくる。日が暮れるまでには戻るよ。まあここは安全だとは思うが気をつけ……それだけ強力な護衛がいるから大丈夫だな」
苦笑いするハスフェルの視線の先には、大型犬サイズになったセーブルが大きくなった草食チームと一緒に寛いでいる。
相談の結果、マックスを始めとした俺の従魔の肉食チームとお空部隊は連れて行ってもらい、草食チームとセーブルにはここで俺の護衛役として残ってもらう事にした。
万一、はぐれのジェムモンスターやタチの悪い冒険者が来ても、巨大化したら最強のセーブルがいれば問題無いもんな。
「では行ってきますね。セーブル、ご主人をしっかりお守りしてください」
マックスが甘えるように俺に頬擦りした後、大人しく座っているセーブルを見てそうお願いをしていた。
「もちろんです。ではいってらっしゃい」
得意気に胸を張ったセーブルがそう言って、他の従魔達も順番に撫でてやってハスフェル達やランドルさん達と一緒に森へ走っていく後ろ姿を見送った。
「じゃあ、早速始めるか」
前回と同じ、綺麗な水場がある場所にテントを張る。テントの垂れ幕は全部巻き上げて風通しを良くしておき、取り出して並べた机の上に乗ったサクラを見た。
手にしているのは、俺が自分で収納している師匠のレシピ帳だ。
「何から作るかなあ」
そう呟きながら開いたのはお菓子のレシピのページだ。
とは言え生クリームを綺麗に絞る技術なんて俺には無いから、作るなら混ぜて焼くだけなレシピだ。
「カロリーを気にしないなら、やっぱこれかな」
開いたページにあったのは、俺も知ってるパウンドケーキ。
具は好きに入れて良いと書いてあったので、まずは定番のナッツとドライフルーツを入れたので作ってみる。それで上手くいったら、同じレシピでチョコナッツケーキとリンゴとぶどうのジャムを入れたのも作ってみようと思っている。
チョコは、溜まっているログインボーナスチョコだ。
「ええと、材料は卵が一個に対して小麦粉とバターと砂糖これをカップ一杯ずつ、おいおい、こんなに使って大丈夫なのか?」
師匠が用意してくれてあった指定の計量カップにそれぞれの材料を計って用意する。
多分、大体100グラムくらいだ。
ちなみにバターはセレブ買いで買った物だが、分かりやすく一塊単位で丁度師匠の指定の量になっていて、そのまま使えるようになっているのだが、やっぱり心配になって来た。
本当にこんなに使って良いのだろうか?
「まあ良い、ええと作り始める前にやる事。時間がかかるのでまずオーブンを温め始める。おお了解」
新しく買った方の大型オーブンを取り出して火を入れる。一応温度設定も出来るみたいなので、指定の温度に目盛りを合わせておいた。
「それから、金型にバターを塗って小麦粉をふるい入れる。ああ、これは中に敷く紙が無いから金型にくっつかないようにするためだな」
これは以前やったことがあったので、手を改めてサクラに綺麗にしてもらってから、指先にバターをたっぷりと取って金型の内側に全面に薄く塗り込む。そこに小麦粉を入れて振り回せばバターに小麦粉が綺麗につくので、残りは逆さま向けて残った小麦粉は落せば金型の準備はオッケーだ。
当然、落ちた小麦粉はあっという間にスライム達が綺麗にしてくれたよ。
「後は、やっておくのは何だ? 何々、中に入れるナッツとドライフルーツは細かく刻んでおくのか。ええと、使うのはこれで良いな」
それはここへ来た最初の時に、シャムエル様が用意してくれたナッツとドライフルーツだ。たまに酒のつまみにしていたくらいなので殆どそのまま残っているから、まずはこっちを使わせてもらおう。
見本に一通り細かく刻んで、残りは待ち構えていたアクアにやってもらう。これもあっという間に理解して他のスライム達に教えてくれた。
「ええと、室温に戻したバターを泡立て器で混ぜる。うん、ここはスライムの出番だな」
しかし、見本で一度はやらないとダメなので、諦めて泡立て器を取り出した俺は大きなボウルに入れたバターを思いっきりかき混ぜ始めた。
「もっと混ぜるぞ〜!」
勢いよく泡立て器を動かしてバターを混ぜる。
「ええと、なめらかになったらここでまずは砂糖を全部……本当に入れて大丈夫なんだろうな」
もう一度レシピを確認したが、やっぱりこの量で合ってる。
「うん、一人で全部食う訳じゃないんだから良いよな」
って事で、思い切りよく計った砂糖を全部投入。
「で、また混ぜる!」
だんだん腕が痛くなって来たが、ここは鍛えた筋肉に働いてもらおう。
「アルファ、そこに卵を割って軽く混ぜてくれるか。で、ここに五回くらいに分けて少しずつ入れてくれるか」
ボウルを見せながら言うと、綺麗に卵を割って言った通りに卵を入れてくれた。
「その度に混ぜる。混ぜる。混ぜるっと」
スライム達は、俺のやる事を全員揃って興味津々で見つめている。
「ここで木べらに変えて、粉の半分をふるい入れる。あ、金属のザルがいるぞ」
慌ててサクラに小さめの金属製の取手付きのザルを取り出してもらい、小麦粉を適当にふるい入れて木べらで混ぜる。
「ここで刻んだナッツとドライフルーツを入れて、残りの粉を入れて混ぜる。それを金型に流し入れて空気を抜いたらオーブンに入れるのかあ、一応タイマーも付いてるんだな」
時間はオーブンの大きさで変わるみたいだけど、大体一時間ぐらいは焼かないと駄目みたいだ。
「じゃあその間に、使った道具は……おお、もう綺麗にしてくれたのか。ありがとうな」
待ち構えていたスライム達が、綺麗にしてくれたボウルに、もう一度バターを一塊り入れてサクラに混ぜてもらう。
「出来たよ。こんな感じで良いですか?」
驚いた事に計った材料を全部渡したら、バターに砂糖を混ぜ、卵を混ぜ、小麦粉をふるって混ぜるところまで全部やってくれた。
そして計ったナッツとチョコも、あっという間に刻んで混ぜてくれた。
なので二回目で俺がやったのは、材料を計っただけだったよ。いやあ、凄いぞスライム達。
途中で二度ほどオーブンの様子を見ながら、二個目のチョコとナッツの仕込み準備も完了し、金型はまだあるので三個目のリンゴとぶどうのジャムを入れた分も仕込みをしてしまった。
結局、ほぼ一時間くらいかかって、綺麗に膨らんだ最初のパウンドケーキが焼き上がった。
熱々の金型をこれもセレブ買いで用意したミトンで掴んで取り出し、次の金型を空いたオーブンに二個並べて入れてまたタイマーをかける。
一応師匠のレシピには、同じ大きさの金型だったら複数同時に焼いても大丈夫だと書いてあったから大丈夫だろう。
さて、焼き上がったケーキの味は……あれだけ砂糖を入れたけど大丈夫なのかね?