雪豹をテイムする?
「決めました。私はあなたについていきます。どうぞ私をテイムしてください」
いきなり言われてしまった予想の斜め上をかっ飛んでいく言葉に叫んだ俺は……悪くないよな?
「はああ? ちょっ、おまっ何言ってんだよ!」
しかし、雪豹はそんな俺の戸惑いなど素知らぬ様子で、また満足そうに体を舐め始めた。
「だって、やっと見つけた料理をくれた人が、まさかのテイマーだなんて。これはもう運命以外の何者でもありませんわ」
可愛らしい声でそう言われ、俺は本気で遠い目になった
「おう、またしても雌だ。従魔の女子率が上がるぞ。いやいやそうじゃなくて……あ、そうか。これっていわゆる押し掛け女房じゃん」
手を叩いてそう言った瞬間、自分で自分をぶん殴る勢いで突っ込んだ。
「いや待て俺! 押し掛け女房って何だよ!」
俺の独り言に、近くで聞いていたハスフェルが吹き出す。
「おいおい、お前はさっきから一体ひとりで何を言ってるんだ。あの雪豹はどうなったんだ?」
戸惑うようなハスフェルの声に、完全に脱線してパニックになっていた思考を無理矢理引き戻した。
「ちょっと待ってくれ。まず落ち着こうな。俺」
掌をハスフェルに向けて話を止め、とにかく深呼吸をして無理矢理にでも自分を落ち着かせる。
「お前、本気か?」
マックスの背の上から改めて雪豹に向かってそう尋ねると、大人しく座った雪豹は、何と俺に向かって声のないニャーをしたよ。俺を萌え死なせるつもりか!
うん、決めた。向こうがテイムしてくれって言うんだから、これを断る理由はないよな。
って事で一大決心をした俺は、大きく深呼吸をしてマックスの背から飛び降りた。
もう、巨大な雪豹との距離はほんの数メートル程度しかない。向こうが本気で襲いかかってきたら、一瞬で勝負はつくだろう。
しかし、前脚を揃えて良い子座りしている雪豹は、じっと座ったまま目を輝かせて俺を見ているだけだ。
もう一度深呼吸をした俺は、意を決して雪豹のすぐ前まで進んで行った。
背後でハスフェル達が何か言っていたけど、それは後だ。
手を差し出すと、雪豹は自ら俺の手に頭を押し付けてきた。
おう、これって以前のニニが甘えたい時にやってた、自ら撫でられに来るセルフよしよしじゃん。
笑い出しそうになるの必死で堪えて、腹に力を込めてはっきりと言ってやる。
「俺の仲間になるか?」
「はい、あなたに従います!」
嬉々として応えた雪豹は、一瞬強く光った後に巨大化したジャガー達と変わらないくらいの大きさになった。
いや、太くて長い尻尾がある分、こっちの方が大きく見えるくらいだ。
「紋章はどこにつける?」
右手の手袋を外しながら聞いてやると、胸を反らすみたいにしてこう言った。
「ここにお願いします!」
改めて見てみると、その胸元には小さなばつ印っぽいものがごくうっすらと残っているのが見えた。
「もしかして、ここに前のご主人の紋章があったのか?」
すると、胸を張って上機嫌だった雪豹がいきなりションボリと肩を落とすようにして俯いてしまった。
「はい、そうです。でも私はもうご主人の顔を覚えていません」
悲しそうなその言葉に、胸元を改めて見てみる。
セーブルの時よりもはるかに薄くて、もうほとんど消えかかっている。これって俺の紋章を記したら間違いなく消えてしまうだろう。
「良いのか?俺の紋章を刻むと、おそらく前のご主人の紋章は消えてしまうぞ。セーブルの時は、もっと濃く残っていたから何とか残せたんだ」
しかし、俯いていた雪豹は顔を上げて俺に額を擦り付けるようにして喉を鳴らした。
「もう良いんです。きっと亡くなったご主人がもう良いから忘れろって言ってくれているんだと思います。だって、どんどん記憶が薄れて行っているのが分かりますから」
そう言った雪豹を見て、俺は決心した。
「分かった。じゃあ紋章を刻む前に、覚えてることだけでも良いからお前のご主人の事を俺に教えてくれよ。俺が覚えていてやるからさ」
俺の言葉に一瞬震えるように身震いした雪豹は、また甘えるみたいに大きな音で喉を鳴らし始めた。
「ありがとうございます。でも言ったように、私はもう前のご主人の顔を覚えていません。男の人でした。大柄で、大きな手をしていつも私を撫でてくれました。料理が上手でいつも私にも作ってくれたんです。優しい人でした。今でも、これだけははっきり覚えているんです。最後にご主人が言った言葉を」
またセーブルの時みたいに、悲しい勘違いなのかと身構える俺に、雪豹は何とも悲しそうにこう言ったのだ。
「約束するよ。お前の大好きな鶏ハムをまた作ってやるからな。笑ってそう言ったご主人は、そのまま眠って二度と目を覚さなかったんです。何度も何度も起こそうとしました。でも、どんどん生き物の気配が無くなり、何処かに怪我をしたわけでもないのに、ご主人が死んでしまった事を私は理解しました」
驚きの告白に俺は目を見開いた。
突然の心臓発作か、あるいは何らかの持病があったのか、とにかくそのご主人は雪豹を置いたまま急に眠るみたいにして旅立ってしまったんだ。
「それは辛かったな。お前の他に従魔はいなかったのか?」
「スライムが二匹とオレンジジャンパーが三匹いましたが、翌日には皆何処かへ行ってしまい行方は分からなくなりました」
またションボリとした答えに目を見開く。
スライム二匹とオレンジジャンパー三匹って、ほぼギリギリ魔獣使いの紋章を取る為だけのテイムっぽいぞ。それで、その後にいきなり雪豹をテイムするって、どんな人だよ。
密かに内心で突っ込んでいると、雪豹はまるで俺の考えが聞こえたみたいに笑って顔を上げた。
「実は、私は一度酷い怪我を負ってジェムに戻っているんです」
これまた衝撃の告白に驚いていると、雪豹はまた喉を鳴らした。
「最初、私はこことは違う場所にいました。私のテリトリーの中に、ある日一頭の虎が迷い込んで来たんです。当然戦いになりました。よく覚えていませんがほぼ互角の戦いで、最後は相討ちになってそこで私の記憶は一度途切れています。その後不意に目を覚ました時、遠い声が聞こえたんです。俺の仲間になるなら復活させてやるって。私は助けてと答えました。従うから助けてと」
それってつまり、ジェムになった状態のを確保して、地脈の吹き出し口で再生させたって事だよな。なるほど、それならいきなりの雪豹テイムも分からなくはない。
驚く俺に、雪豹は嬉しそうに頷いた。
「目を覚ました時には、ここに紋章がありました。それ以来、ご主人と五匹の従魔達と一緒に旅をしました。もうどれもおぼろげですが、とても楽しかったのは覚えています」
「それで、そのご主人が作ってくれた料理が忘れられなかったわけか」
苦笑いしながらそう呟くと、嬉しそうに顔を上げた雪豹はまた俺に頭を擦り付けてきた。
「だって、ご主人の作る鶏ハムは最高に美味しかったんですもの」
「そっか、それじゃあ聞くけど、さっき食べたのはどうだった?」
笑った俺の言葉に、雪豹はまたしても大きく喉を鳴らして俺に頭突きしてきた。
「最高に美味しかったです。あれならもう全部忘れても良いって思えました」
「そっか、じゃあもう良いな。でもあれは俺の料理の師匠が作ってくれた鶏ハムで、俺が作ったのとは違うぞ」
「そうなんですか。じゃあ、今度はそっちを食べさせてくださいね」
大きく喉を鳴らす雪豹の頭を撫でてやってから、顔を上げさせて胸元に右手を当てた。
「それで前のご主人は、お前をなんて呼んでいたんだ?」
しかし、雪豹は首を振った。
「もう覚えていません。ヤ……ヤ……何とかって呼んでいたような気がしますが、覚えていません」
それを聞いて、ちょっと考える。
「分かった、じゃあこうしよう。お前の名前はヤミーだよ。よろしくな、ヤミー」
その瞬間、もう一度光ったヤミーはどんどん小さくなって、やや大きめ猫サイズになった。まあ異様に尻尾が太くて長いし、ジャガーと同じで骨格に若干不自然さがあるが、まあ許容範囲だろう。
「嬉しいです。ありがとうございます!」
嬉々としてそう言ったヤミーの周りに、他の従魔達が駆け寄ってきて次々に挨拶するのを俺は笑って見ていた。
そしてまたしても背後ではハスフェル達が、全員揃ってポカンと口を開けたまま俺を見ているのに、俺はこの後気付いて大笑いになるのだった。