雪豹の目的と言い分
「おいおい、まさかとは思うけどこれが食いたいのか?」
よだれを垂らしながら近づいてくる雪豹は、確かに簡易祭壇の上に並んだ料理をガン見している。
だけど、俺達用に味付けされている料理をそのまま、はいどうぞと食べさせてもいいものかどうかの判断が俺にはつかなかった。
「な……なあ、シャムエル様。ちょっと聞いて良いか?」
「うん、どうしたの?」
右肩の定位置に現れたシャムエル様の声に、俺は前を向いたまま質問した。
「仮にジェムモンスターが、俺達が食べてる料理を食ったら問題あるか?」
「ううん、どうだろう? 基本、ジェムモンスターは味がある物は食べないはずなんだけどなあ」
「そうなのか? 俺の元いた世界では塩分や甘味、つまり塩や砂糖はニニやマックスには害になるから絶対に食わせるなって聞いた。他にも玉ねぎやチョコレートなど、動物が絶対食べては駄目なものが沢山あって、もちろん俺も気をつけていた。こっちの世界ではどうだ?」
「ああ、そういう意味なら問題無いよ。皆が主に摂取するのは肉や果物に含まれるマナであって、それ以外は身体を保たさせるために摂取するから、それ以外の不必要なものは全部出しちゃうよ」
「食ったことで身体に問題が起こったりする事は無い?」
「無い無い。それは無い」
シャムエル様が断言してくれたので、とにかく俺の考えを確認してみる事にした。
「セーブル、ニニ、マックス。そのままゆっくり下がってくれ」
目の前の雪豹を見たまま、俺はゆっくりと三匹に指示を出した。
今の俺は、机の横に立っている状態なので、俺の背後にはギイやオンハルトの爺さん、それからランドルさんとバッカスさん達が座っている。
なので、雪豹をテントの中へ入れたら大惨事確定。
万能薬も即死には効果がないって聞いてるから、危険は出来る限り回避したい。
「どうするんですか。ご主人」
マックスは明らかに戸惑うようにそう言ったきり、動こうとしない。
「下がれマックス。そして俺を乗せろ」
腹に力を込めて命令すると、小さく鳴いたマックスがゆっくりと俺のすぐ目の前まで下がってきた。
セーブルとニニはマックスの前に立ち塞がるようにして俺達を守ってくれている。
とにかく俺は下がってきたマックスの背中に、手綱を掴んで飛び乗った。
すぐ近くに雪豹がいるんだから、少なくとも地上に立ってるよりもはるかに安全だろう。
それを見たシリウスも後ろから音も無く近寄ってきて、隣に立っていたハスフェルを背に乗せる。
その間、雪豹は警戒しているのか数メートルの距離まで近付いたきりで、それ以上は近寄って来ずにテントから少し離れた辺りをうろうろしている。
確かに変だ。襲うつもりなら余裕で俺に飛び掛かれる距離だと思うがそんな様子は全く感じられない。
「ギイ、皆をテントの外へ下がらせて従魔に乗せて、まずは皆の安全を確保してくれるか」
「了解だ」
低いギイの声が聞こえて、俺は大きく息を吸った。
そして、明らかに俺達を見て警戒している雪豹に向かって大声で話しかけた。
「その机にある肉が食いたいんだろう? 俺達はここから動かないから食って良いぞ」
言葉が通じるかどうかは賭けだったが、明らかに通じているみたいで、俺は安堵のため息を吐いた。
何故なら、俺の呼びかけを聞いた雪豹の様子が変わったからだ。
ゆっくりと舌舐めずりをした雪豹は、身体を大きく震わせてからまっすぐに簡易祭壇に近付いてきた。
従魔達は身構えてはいるが、先ほどよりも落ち着いている。
フンフンとものすごい鼻息で山盛りになった料理の匂いを嗅いだ雪豹は、何と嬉しそうに目を細めて俺が切って盛り付けてあった鶏ハムをあっという間に食べてしまった。それから、隣にあったハスフェルの皿のローストビーフと生ハムも、同じく完食。
しかも、机の上に乗っている皿を落とす事もせず、伸び上がってお皿の上の肉だけを見事に完食してしまった。しかもその後に明らかにちょっと考えてから鶏ハムの下にあった野菜サラダとおからサラダもペロッと平らげてしまった。
「うわあ、あれは明らかに食い慣れてるな」
予想通りどころか、はっきり言って予想以上の食べっぷりに思わず呆れたような呟きをこぼす。
もう一度伸び上がって机の上を見た雪豹は、これまた驚いた事にお惣菜の入った小鉢の匂いも嗅いで残さず平らげてしまった。
だけど小鉢はさすがにそのままでは食べにくかったらしく、前脚で軽く叩いてお皿ごと地面に落としてそのまま完食した。しかも、さりげなく落ちてくるお皿を前脚に軽く当てて地面に転がしお皿を割らないようにする気遣いっぷり。これはもうご主人の料理を横取りしてたの確定だよ。
こうして器用に俺とハスフェルの夕食を残さず綺麗に平らげた雪豹は、今更感満載だがその場に前足を揃えて大人しく座って俺を見上げた。
「美味かったか?」
俺の夕食、って言葉をかろうじて飲み込む。
「はい、久し振りの料理はやっぱり美味しかったです」
悪びれもせずにそう言ったきり、雪豹は座ったままもじもじと何やら言いたげに俺を見上げている。
はっきり言ってこの雪豹の言いたい事はこれ以上ないくらいに分かっていたが、気づかない振りで知らん顔してやる。
「あの……鶏ハムを、その……もう少しいただけませんでしょうか」
「鶏ハム?」
「はい、私は鶏ハムが大好きなんです!」
目を輝かせてそう言われて、苦笑いした俺は鞄に手を突っ込んでさっきの鶏ハムの塊を取り出した。
師匠特製のハイランドチキンの鶏ハムだ。当然切っていても普通の鶏ハムの数倍の大きさは余裕である。
「届けてやってくれるか」
鞄の中にそっと声をかけると、出てきてくれたアクアが鶏ハムの塊を雪豹の目の前まで運んでくれた。
待っている間も大人しく座っていた雪豹だが、長い尻尾が左右にパタンパタンと揺れまくってるのを見て、何だかおかしくなってきた。
「はいどうぞ」
アクアがそう言って、雪豹の前に鶏ハムを下ろして大急ぎで戻ってくる。
嬉しそうに鶏ハムの塊に齧り付いた雪豹は、大きく喉を鳴らしながら塊を噛みちぎり、やっぱりあっという間に完食してしまった。
まあ、猫科は丸飲みが基本だから食うのは早いんだよな。
呆れて見ているとあっという間に食べ終えてしまった雪豹は、満足そうに腕を舐め、背中を舐め、顔の周りを猫のように前脚を使って舐めてから、改めて座って俺を見上げた。
そして、堂々と俺の予想の斜め上な言葉を口にしたのだ。
「決めました。私はあなたについていきます。どうぞ私をテイムしてください」ってね。




