雪豹との遭遇
「ご主人!」
一瞬で俺の前にすっ飛んで来たのはニニとマックス。
俺を背後に庇ったまま、暗闇に向かって二匹揃って聞いたことがないような警戒心バリバリの声で唸り出した。
しかし、もう一度暗闇の中からセーブルの唸り声が聞こえたが、今度は戦っている風ではない。
もう一匹の声は聞こえないが、どうやら何となく説得してるっぽい感じで鳴いているみたいに感じた。
マックスとニニもどうやらちょっと落ち着いたみたいで、警戒心は解いていないみたいだがさっきみたいな唸り声は聞こえなくなった。
しばらく沈黙が続く。
その時、羽ばたきの音がして小さくなったファルコが飛んできて俺の肩に留まった。
「すぐ側に雪豹がいます。恐らくセーブルが言ってたその雪豹なのでしょうが、どうにも妙です」
困ったようなその言い方に、俺は思わず左肩に留まるファルコを見た。
「妙って何が?」
「そいつはとにかく気配を殺すのが凄くて、私でさえもかなり近づかれるまで確認出来ませんでした。ですが襲ってくる訳でもなく、怖がって逃げるわけでもなく、中途半端な距離をずっとうろうろしているんです。これは狩りをするジェムモンスターとしては、らしからぬ行動です」
ファルコの言葉に納得して暗闇を見たが、雪豹どころかセーブルの姿さえも俺の目では見つける事は出来なかった。
その時、また大きな鳴き声が聞こえて、直後に白と黒の塊が闇から転がり出てきた。
俺の前にいるマックスとニニが一気に緊張して身構えるのが分かった。
羽ばたく音がして、巨大化したファルコが上空に舞い上がる。
ティグがすっ飛んできてニニの前に出た。
「見つけた!」
白と黒の塊が転がる時、またそう聞こえた俺は訳が分からず戸惑いつつもその白と黒の塊に向かって大声で叫んでいた。
「見つけたって何がだよ!」
しかし答えはなく、唸り声と共に塊が転がる。
「良い加減にしろ!」
怒鳴るようなセーブルの声が聞こえた直後、塊はばらけて白い方が瞬時にいなくなった。
と言ってもどれ一つとっても、一瞬の出来事過ぎて見えていても本当に訳がわからない。
鑑識眼があってこれなんだから、ランドルさんとバッカスさんにはさっぱり訳がわからない展開なんだろう。
「すみませんご主人、逃げられました」
困ったようなセーブルの声が聞こえて暗闇の中から巨大な熊が駆け寄ってきた。
セーブルなら一撃でノックアウト出来そうだけど、駄目だったのか。
ちょっと意外に思いつつ暗闇の中を見るが、やっぱり何も見えない。
「お前なら一撃かと思ったけどな」
笑って手を伸ばして大きな頭を撫でながらそう言ってやると、申し訳なさそうに鼻で鳴いたセーブルは、
意外な事を言った。
「次はもう少し小さくなって行ってみます。ちょっと力加減を間違えました」
今のセーブルは最大クラスの大きさになっているから力もさらに強くなっている。なので殺すまいと思って遠慮したら、どうやら加減を失敗してしまい、遠慮し過ぎて逃げられたらしい。
「あはは、それは大変だったな。じゃあ次は慣れた大きさで戦ってみてくれるか」
俺の言葉に、セーブルは目を細めて何度も頷いた。
「で、どうなったんだ?」
ハスフェルの声に、俺は苦笑いしながら振り返った。
「殺さず生け捕ろうとしたら、力加減を間違えて弱くし過ぎて逃げられたらしい。だから次はいつもの大きさで行くってさ。とにかく、先に飯にしよう」
鞄を持って、知らん顔でもう一回料理を取り出す俺を、ランドルさん達は何か言いたげに見ている。
多分、いつの間に片付けたんだ? って考えてるんだろうけど、お願いだからそこは突っ込まないでくれ。
素知らぬ顔で一通りの料理を取り出し、各自改めて取ってもらう。
途中だった取り皿は、どれが誰のだって言いながら楽しそうに取り合いしていた。
俺は鶏ハムの乗った皿を持って残りのお惣菜を順番に取っていった。
いつものように、簡易祭壇に俺の分の料理を並べて手を合わせようとした時、またしてもあの強烈な視線を感じた俺は、その場から金縛りにあったように動けなくなる。
『なあハスフェル……また、例の視線をバリバリに感じてるんだけど、お前らは?』
トーク開放状態で話しかけたので、三人とシャムエル様には間違いなく届いている。
『ふむ、全く感じないがどういう事だ?』
戸惑うようなハスフェルの念話が届いた後、さりげなくハスフェルがお皿を持ったままこっちへ来る。
「たまには俺も供えておくか」
平然とそう言い、俺のお皿の横に山盛りにローストビーフと生ハムが並んだ自分の皿を並べた。おい、肉だけかよ。
手を合わせようとしたその瞬間に、ハスフェルの動きが止まる。
『成る程。どうやら俺達じゃなくて、視線の主は料理を見ているな。これはどういう事だ?』
『ええ、俺じゃなくてこっち?』
簡易祭壇に並んだ料理は確かに美味しそうだが、人間じゃあるまいしジェムモンスターがこんなものを食いたがるか?
そこまで考えた時、暗闇が動いた気がした俺は思わずハスフェルの後ろに隠れた。
『気をつけてください、問題の雪豹がすぐ近くまで来ていますよ!』
俺が動いたのとほぼ同時にベリーの警告の声が届き、その瞬間、最初に会った頃くらいの大きさのセーブルとマックスとニニがすっ飛んできて簡易祭壇の前に並んだ。
テントの周りを固めてくれていた他の従魔達も一斉に緊張するのが分かって、俺はハスフェルの後ろで必死になって隠れながら息を殺した。
背後にいた誰かがランタンの明かりを強くしてくれたらしく、テントを張っている辺りが一気に明るくなる。
ゆっくりと暗闇から出てきたそれを見て、俺達は息を飲んだ。
セーブルと変わらないくらいの大きさのそいつは、白い体に黒の斑点、そして体と同じくらいありそうな太くて長い尻尾。
大きさは俺が知ってる雪豹よりもはるかに大きいが、確かにこいつは雪豹のジェムモンスターだ。
しかも、そいつはよだれをダラダラ流して俺達の方に向かってゆっくりと向かって来ていて止まる気配がない。
そして明らかにその雪豹の視線が簡易祭壇に並んだ料理に向かっているのを確認した俺は、思わず呟いた。
「おいおい、まさかとは思うけどこれが食いたいのか?」