次のテイムは……?
「はあ、ちょと待て。お前今なんつった?」
セーブルの山を見ながらの言葉に、俺は驚いて身を乗り出すようにしてセーブルを見た。
「雪豹です。しかも私が知っているその雪豹は、私と同じで元従魔なんです」
またしても衝撃の報告に、俺の目が見開かれる。
「ええ? 元従魔って何だよ!」
突然の悲鳴のような俺の言葉に、走り始めたハスフェル達やランドルさん達が驚いて従魔の足を止める。
「元従魔って、セーブルみたいなのが他にもいたのかよ!」
マックスと並んでいるセーブルに大きな声でそう質問する。まさかの迷子二匹目?
すると、セーブルは困ったように俺を見て首を振った。
「それが私とはちょっと違っていて、ご主人の事を聞いてもあまり覚えていないらしいんです。その雪豹がここへ来たのは、確か同じ季節が十回以上は巡っているくらい前ですね」
その言葉に、ちょっと考える。
「なあ、シャムエル様に質問」
最近の定位置のマックスの頭に座るシャムエル様に話しかける。
「うん、どうしたの?」
「この世界の一年って、何日?」
「ケンの元いた世界と同じ365日だよ。それで、四年に一度閏年があるよ」
「季節は、春夏秋冬?」
「今更な質問だね。その通りだよ」
って事は、その雪豹も主人を失ってから十年以上は過ぎてるって事だな。
「だけど元のご主人を覚えていないって、それでどうして解放されないんだ?」
セーブルは、以前のご主人から自分を忘れないでくれと頼まれたと思って、必死になって忘れないように繰り返し思い出していたと聞いた。
なのに、その雪豹はご主人の事を覚えていない?
それでどうして解放されないのかさっぱり分からず、俺は考え込んでしまった。
「おい、どうした。何か問題か?」
止まったきり考え込んでしまった俺を見て、ハスフェルの乗ったシリウスが心配そうにすぐ近くまで寄って来る。
「いや、問題になるかどうか……まあ、とにかく行ってみよう。そいつと話って出来るのか? 会った時のセーブルみたいに」
ハスフェルに、待ってくれって感じで手をあげて、先にセーブルに確認する。
「少なくとも私は出来ますよ。見つけたら教えますのでご主人も話してみてください。不思議な事にテイムされていなくても、ご主人の言葉は解りましたからね」
嬉しそうなセーブルを見て、俺は何となく納得した。
「雪豹がいるらしいんだけど、どうやらセーブルと同じで元従魔らしい。だけど、ちょっと事情が違ってるみたいなんだ。とにかく行ってみよう。見つけてからどうするか考えるよ」
簡単に現状を説明すると、分かってくれたみたいで苦笑いしながら少し離れた。
何やら事情がありそうなその元従魔の雪豹を、きっとセーブルは自分と同じように助けて欲しいんだろう。それに恐らくだけど、その雪豹はご主人の事を覚えていないんじゃなくて、口にするのも駄目なくらいに失った事実が辛いのかもしれない。
まだ会ってもいないその雪豹に俺は心の底から同情して、何としてでも助けてやるつもりになっていた。
最悪、前のご主人をリセットさせてしまい、俺だけを主人だと思わせても良いとまで考えていた。
だけど、まさかあんな理由だったなんてさあ……。
セーブルの案内で進み続け、かなり山に近づいたところで日が暮れたので、俺達は広い岩場で予定通りに夜明かしする事にした。
六人分の大小のテントを出来る限りくっ付けて張る。
肉食系の従魔達と、ハリネズミのエリーは最大クラスに巨大化してテントの周りを囲んでくれている。草食系の従魔達はテントの中で待機。お空部隊は巨大化して岩場の高いところにあちこちに分かれて留まっている。どうやら上から見張ってくれているみたいだ。
全員が俺のテントに集まったところで、夕食はホテルハンプールの作り置きを出して済ませる事にした。
「じゃあ、適当に出すから好きに取ってくれよな」
ちょっと考えてメインにはローストビーフと生ハムの原木を出しておき、野菜サラダとおからサラダ、それからゴボウサラダも隣に一緒に並べる。
肉もいいけど野菜も食おうな。
お惣菜も適当に取り出して並べ、オニオンスープは小鍋に取ってコンロにかけておく。
「あ、鶏ハム食いたい。これも出しておこうっと」
師匠の鶏ハムが食べたくなって、大きな塊を取り出す。皆も食べるかと思ったけど、どうやらローストビーフと生ハムに群がっているのを見て、自分の分だけ大きく切り分けた。
その時、何故だかは分からないが急に背筋が寒くなり、いきなり体が震え出して、自分で自分に驚いた。
だけどその違和感の正体はすぐに分かった。何処からか俺を見ている奴がいる。
必死で目だけ動かしてセーブルを見ると、どうやら俺が感じた違和感をセーブルも感じているらしく立ち上がって鼻をひくひくさせ始めた。
「ここを頼みます!」
隣にいたマックスに向かってそう言うと、いきなりセーブルは真っ暗な山に向かって走り出した。
「おいどうした。何処へ行くんだ!」
驚いたハスフェルの声に、ようやく動けるようになった俺は呆然とセーブルが走り去った方角を見て、深呼吸をしてからハスフェル達を振り返った。
「今の、気付かなかったか?」
「何をだ?」
揃って質問に質問で返される。
「今、ものすごく強い視線を感じた。視線に圧があるって、ちょと冗談かと思うくらいに驚くけど、間違いなく誰かが俺を見ていた。セーブルはそいつを見つけて向かったんだと思う。マックスに、ここを頼むって言い残して走って行ったからな」
全員が、驚きの表情で俺を見る。
「お前、どうやらここへ来て何かに目覚めたみたいだな。俺達ですら気付かなかった謎の視線に気付くとは、凄いじゃないか」
感心したようなハスフェルの言葉に、慌てて首を振る。
「いやあ、そんな事無いと思うけどな。だけど、何となくここは外とは違うってのは分かるよ」
誤魔化すような俺の言葉に、ハスフェル達は笑っている。
その時、突然暗闇の中からセーブルの咆哮が響いた。直後に間違い無く猫科の猛獣の咆哮が続いて一気に緊張が高まる従魔達と俺達。
俺は机を振り返って、黙ってスープを沸かしていたコンロの火を止めた。
慌てて机の上に飛び乗ったサクラが並べた料理を一瞬で飲み込んでしまったが、誰もそれを見ていない。
全員が金縛りにあったように声の聞こえた山側の暗闇を見つめている。
今度はいきなりすぐ近くでまたしても物凄い鳴き声が聞こえて、身構えていた俺達は揃って飛び上がった。
だけど俺にはその声はこう聞こえた。
「見つけた!」とね。