表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/2066

緊急事態発生……これってもしかして死亡フラグ?

「じゃあ、まだ日暮れまで時間があるし、このままブラウングラスホッパーの所へ行こうか。この様子なら、なんとか出来そうだもんね」

 やる気満々のシャムエル様の言葉に、俺は目的地を決めている時に、最初にいきなりそこへ行くのは無謀だと言われたのを思い出した。

 だけどまあ、あのデカさのカマキリと対決して勝った俺は、強くなったと褒められてちょっと気が大きくなっていた。

「まあ良いや。それじゃあ移動するか」

 マックスの背中に飛び乗り、喉の渇きを思い出した俺は、今のうちに水筒を鞍袋から取り出して飲んでおく。

 ジェムと素材の鎌拾いの終わったアクアとサクラが、跳ねてニニの背中に飛び乗るのが見えた。ラパンとセルパン、タロンも、もう定位置だ。

 上空を先回するファルコに手を振って、俺たち一行は次の狩り場へ向かった。



 しばらく走って到着したそこも、さっきと変わらないような遥か先までなだらかな草原だった。

 膝上ぐらいの細いイネ科の雑草っぽいのがぎっしりと生えたそこは、地面が全く見えないほどに一面の緑の海だった。

 風が吹くと、草がなびいて緑のさざ波が見える。

「おお、綺麗だな。で、何処にいるんだよ? そのバッタは」

 聞いて見たが返事がない。どうしたのかと思って横を見ると、シャムエル様は上空を見上げて何か考えている。

 何をするのかと思って黙って見ていると、不意に顔を上げて上空を指差した。

「えっと、ちょっとファルコを借りるね。今どの辺りにいるのか見てくるからここで待ってて」

「おう、ファルコに乗って何処かへ行くのか。どうぞ。まあ、気を付けてな」

「それじゃあ、すぐに戻るからね」

 手を振ってシャムエル様が不意に消えていなくなった。

「相変わらず、神出鬼没だね」

 爽やかな風が吹き抜ける草原で、のんびり待つ俺は知らなかったんだよ。まさか、あんな恐ろしい事になるなんて……。




 待ちくたびれて眠くなってきた頃、いきなりシャムエル様が目の前に現れた。

 見るからに慌てている。

「緊急事態だよ。すぐに逃げて!」

 叫ぶようなその声に、俺を乗せたまま寝そべっていたマックスが飛び起き、同じく寝ていたニニもものすごい勢いで飛び起きた、一瞬で全員が定位置に収まる。

「しっかり掴まっていてください! ご主人! 走りますよ!」

 マックスの声に、慌てた俺は手綱をしっかりと握り直して少し前屈みになった。

 マックスの走るスピードが、今までとは全く違う。……これ、時速100キロオーバーだぞ。

 振り落とされたら即死レベルの速さに、本気で怖くなってさらに体を低くしてしっかり掴まった。

 ニニも、全く遅れずにマックスのすぐ後ろをピタリとついて来る。


「なあ、一体何事だよ。狩りをしに来たんじゃないのか?」

 全くスピードを緩めないマックスが心配になり、ラパンの横に座っているシャムエル様に、なんとか顔を上げて話しかけた。

「大量発生なんだ。あれは不味い。何とかしないといけないんだけど……どうしたらいいんだろう」

 シャムエル様の呟きを聞いた俺の脳裏に閃いたのは、バッタが大量発生して、農作物が甚大な被害を受けた。とか言う海外ニュースの映像だった。

「なあ、そのブラウングラスホッパーって、どれくらいの大きさなんだよ」

「そんなに大きくはならない。成虫でも、ブラウンキラーマンティスの子供くらいだよ」

 って事は、40センチ! いや、デカイって!

「まさかとは思うけど、農作物に被害が出たりするのか?」

「この辺りは、まだ畑のある場所まで遠いけど、これ以上増えるようなら……人への被害も有り得るよ」

 それはマズイ。

「ええと、俺達では無理なのか?」

「無理。はっきり言って絶対に無理」


 おう、創造主様に断言されました。

 そりゃあ、こいつらがこれだけ一目散に逃げるぐらいだから、無理なんだろうけど……。


「放置していて良いのか?」

「だから困ってるんだよ……」

 ようやく、ゆっくりになったマックスの背中を叩いて、一旦止まってもらう。

 振り返った後ろの風景は、普段と変わらないように見える。

「そもそも、何でそんなに一気に大量発生したんだよ。大抵、大量発生する時って、原因があるだろう?」

 単なる俺の思いつきだったんだが、その言葉に、シャムエル様は困ったように顔を上げた。

「原因はわかってるよ。地脈が整ったおかげで今まで出る事が出来なかった分が一気にまとめて出現してるんだ。ブラウングラスホッパーは、短期間で脱皮を繰り返して成虫になる。恐らく発生場所の草は喰い尽くされて、枯れ草の一本も残っていない筈だよ。今は、地脈が整った最初の出現だから、尚の事数が多いんだよ。だけどまさか、ここまで多いとは思わなかったんだ」

「だけど、何とかしないと被害が広がるのは、マズイんだろう?」

 困ったように考えてたシャムエル様は、決心したように顔を上げて俺を見る。

「ケン、危険だけど、協力してくれる? これには、依り代になる人間が必要なんだよ」


 依り代って……なにその言葉、思いっきり不安しかないけど。


 だけど、これを放って逃げた所で、俺の性格から言って絶対後悔するって分かる。

 苦笑いした俺は、大きなため息を吐いた。

「もう、今更だよ。で、俺は何をすれば良いんだ?」

「……良いの?」

 まるで、了解されるとは思っていなかったような反応だ。何だかそれはそれで腹が立つぞ。

「だから、どうせ一度死んで助けてもらった命だろう。役に立てって言うならするから、俺は何をすれば良いのか教えてくれよな」

 不意にかき消えたシャムエル様は、俺の右肩に現れた。

「有難う。約束する。絶対に君を死なせない。だからひと時、君の体を私に貸しておくれ」

 その声は、いつもとは違う、重々しい神様みたいな声だ。

 両手を広げた俺は、笑って頷いた。

「どうぞご自由に。どうせ、これはあんたに作ってもらった身体なんだろう?」


 次の瞬間、俺は体が硬直して動けなくなった。

 目は見えている耳も聞こえている。だけど、指の一本も自分の自由にならない。

 だがそんな状態なのに、俺はマックスの背中から軽々と飛び降りたのだ。

 明らかに自分で動いているのでは無いその動きに、納得した。今の俺の体はシャムエル様が動かしているんだ。

 マックスとニニは、並んだまま、揃って黙って俺を見ている。


『行って来る。ここでお前達は待っていなさい』


 俺の口から、俺ではない声が聞こえる。

 頷くマックス達をその場に置いて、俺は草原を物凄い速さで走り、今来た道無き道を戻って行く。

 うん、これは絶対俺には出来ない速さだ。

『怖かったら目を閉じていても良いよ』

 耳元で聞こえる声は、恐らく俺に向かって話しているんだろう。

「だけど、俺が目を閉じたらシャムエル様も見えないんじゃないのか?」

 おお、普通に話が出来るぞ。

『今の君は、私の中にいるから、私の依り代には影響は無いよ。眠っててもらう事も出来るけどどうする?』

「それって、俺には見せたく無い事をするって意味か?」

 予想通りらしい。沈黙が答えだった。


「なあ、俺はこう見えて結構肝が座ってるつもりだし、シャムエル様には本当に感謝してる。だからさ、もしも、もしも嫌な事をしなきゃならないんなら、俺にもちょっとぐらい、あんたの荷物を背負わせてくれよ」

『……ありがとう。良いよ、じゃあ見届けて。それと、一つだけ約束して』

「うん、何を約束すれば良いんだ?」

 出来るだけ軽く答えたが、シャムエル様は、この世の終わりみたいな声でこう言ったのだ。

『事が全て終わった時、お願いだから、私の事を……怖がらないで……』

「約束するよ。じゃあ事が終わったら、宿舎へ戻って祝杯をあげようぜ。俺が作った料理、食べられるんだろう?」

『良いねそれ、じゃあ味見させてもらうよ。美味しそうだから、ちょっと食べてみたかったんだ』

 俺の軽口に乗ってきたシャムエル様の言葉に、俺は笑ってやった。

「じゃあ、とっとと片付けて早いとこ帰ろう。のんびりしてると城門が閉まっちまうよ」

『了解! じゃあサクッと片付けるからね!』

 さらに走る速度は速くなり、遂に目の前に真っ黒な雲が立ち込めるのが見えた。


『覚悟は良いね。行くよ!』


 そう叫んだシャムエル様は、勢いよくその真っ黒な雲の中へ飛び込んでいったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 肝が座ってる?結構ビビりだよね
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ