消えない想い
「ええと……」
全員からの無言の大注目を浴び、いたたまれなくなった俺は誤魔化すように咳払いをして一番前にいたハスフェルの顔の前で手を振った。
しかし、反応ゼロ。
「もしも〜し」
「う、うわあ!」
「うわあ!」
大きな声で耳元でそう言ってやると、突然気が付いたみたいに全員揃って飛び上がったもんだから、こっちまで一緒になって悲鳴を上げて飛び上がった。
「お、お、お前……今、今何をしたんだ?」
ハスフェルが、こぼれ落ちるんじゃないかと突っ込みたくなるくらいに大きく見開いた目を俺とセーブルに向ける。ギイとオンハルトの爺さんも同じだし、ランドルさんとバッカスさんに至っては、もう驚きすぎて完全に固まってしまっている。
「もう大丈夫だぞ。ちゃんとテイムしたからな」
そう言って笑いながら、擦り寄ってくるセーブルをもう一度揉みくちゃにしてやる。
「テ……テイムした?」
「……その熊を?」
ハスフェルとギイの呻くような質問に頷いた俺は、小さくなったセーブルを抱き上げて胸元の俺の紋章を皆に見せてやった。
「ああ、そうだよ。ほら、俺の紋章がちゃんとここにあるだろう?」
しばしの沈黙の後、またしても全員揃って全く同じ反応になる。
つまり、目を見開いて伸び上がってセーブルを見た後、揃って大きな悲鳴を上げたのだ。
「うわあ、本当だ。こりゃあ凄い」
「ええ、マジかよ」
「おお。これは驚いた。本当に紋章が刻まれとる」
ハスフェル達三人が揃って腕を組んで感心したようにそう言って頷き合っている。ランドルさんとバッカスさんも同じく物凄い勢いで頷きながら、揃ってセーブルをガン見していた。
「いや、だからたった今、お前らの前でテイムしてたじゃんか」
思わず真顔で突っ込む。
「よろしくお願いしますね。お仲間のテイマーさん」
スライムのキャンディを肩に乗せているのに気付いて、セーブルが嬉しそうにランドルさんに向かって話しかける。
「あ、まだ紋章を授けてもらってないけど、彼はここで沢山テイム出来たから、もう立派な魔獣使いだぞ」
「そうなんですね。それは失礼しました。魔獣使いさん、どうぞよろしく」
嬉しそうなセーブルの言葉に、あちこちから俺とランドルさんの従魔達が一斉に集まってくる。
「皆、紹介するぞ。セーブルだ。よろしくな」
降ろしてやりながらそう言うと、順番にセーブルと鼻先を突き合わせて挨拶をしていた。仲良しの証、鼻チュンだ。
従魔達全員の挨拶が終わる頃、ようやく復活したハスフェル達が揃って笑い出した。
「いや、こりゃあ驚いたなんてもんじゃねえぞ。俺達と従魔達が、総出でかかっても倒せなかった超巨大ジェムモンスターを、武器を使わず素手で説得してテイムしたなんてな」
「本当に凄かったですね。一体どうやって説得したんですか?」
どうやら、俺とセーブルのやりとりはほとんど彼らには聞こえていなかったらしく、全員がどうやってテイムしたのか聞きたがった。
「待て待て、それは後で詳しく説明するよ。ええと、それよりどうする? もう言ってる間に日が暮れそうだけど、テントを張るなら境界線の草原へ戻るか?」
夕焼けというほどでは無いが、そろそろ傾き始めた太陽を見上げてそう尋ねる。かなり奥地まで来た覚えがあるので、もしも草原まで戻るならかなりかかるだろうと踏んでの質問だ。
「どうするかな。この奥は俺もまだ行った事が無いんだよ」
ハスフェルの言葉に、ギイも苦笑いして頷いている。
「この奥は岩砂漠になっていますよ。そこまで私のテリトリーで、獲物の野ネズミや砂ウサギが沢山出ます。ですがその奥は険しい山が続くだけジェムモンスターはいませんね」
『見て来ましたが、セーブルの言う通りでカルーシュ山脈まで岩砂漠が続くだけで行く意味はありませんね。一旦戻りましょう』
ベリーの声が届いて納得した俺達は、一旦撤収して境界線の草原まで戻る事にした。
ハスフェル達によると、明日以降はまた別の場所へ行くつもりなんだってさ。
草原へ向かって移動中も、セーブルはマックスの横を軽々と走っていて遅れる様子も無い。
「セーブルは長距離移動も平気なのか?」
「そうですね。私はそれほど脚は早くありませんが、持久力には自信がありますよ。ですからこれくらいの早さなら、一日中走っていても平気ですよ」
嬉しそうにそう言うのを聞いて安心した俺は、さっきまでいなかったのに、いつの間にか戻って来てマックスの頭に座っているシャムエル様を見た。
「なあ、セーブルが前の主人を忘れなかったのって、何か理由とかあったりしたのか?」
振り返ったシャムエル様は、嬉しそうに目を細めて俺を見て頷いた。
「うん、ちょっと過去を調べて来たんだけど、どうやら前のご主人が亡くなる時にセーブルに言った言葉が鍵だったみたいだね」
一瞬で俺の肩に座ったシャムエル様は、小さくため息を吐いて俺の頬を叩いた。
「大好きだよ、絶対忘れないからね。これがご主人が最後にセーブルにかけた言葉。きっと、大好きだよ、死んでも忘れないからね。って意味だったんだろうけど、病を得て酷く弱ってしまい、旅の途中で行き倒れたご主人にずっと寄り添っていたセーブルは、その言葉をこう聞いちゃった訳。大好きだから絶対に忘れないで、って」
驚きに目を見張る俺に、シャムエル様は小さく頷いた。
「亡くなった前のご主人は、街道警備兵達が発見して埋葬して弔ってくれたから安心してね。だけど、忘れないでってご主人に頼まれたと思い込んだセーブルは、他の従魔達が次々に解放されて消えていく中、文字通り全身全霊をかけて抵抗したんだ。本来なら主人が息を引き取ったら、長くても三十日もすれば完全に全部忘れてただのジェムモンスターに戻るのに、セーブルは繰り返しご主人を思い出し、さすらい続ける日々の間も繰り返しご主人のことを想い続けた。ちょっと涙が出そうなくらいに一途な想いだったよ」
すぐ横を嬉しそうに並走するセーブルを思わず見る。視線を感じたのか、俺を見上げて嬉しそうに声を出さずに口を開く。まるで笑っているようなその顔を見て、不覚にも俺の目にも涙があふれそうになった。
どれだけ長い時間をそんな寂しい思いの中で過ごしたんだ。
もうこれ以上無いくらいに、沢山可愛がって甘やかしてやろうと心に決めた時、ようやく見覚えのある草原が見えて、その瞬間ハスフェルが叫んだ。
「あの草原まで競争だ!」
その言葉に、一気に加速する従魔達。
当然セーブルも遅れずにピタリとすぐ横をついて来ていて、歓声を上げた俺達はそのまま草原まで一気に駆け抜けたのだった。