俺の決断
「なあ、もう一つシャムエル様に質問だ」
「うん、どうしたの?」
右肩のシャムエル様は不思議そうにしている。
「あの熊、ベリーが妙な事を言っていたけど、魔法が殆ど効かないって本当なのか?」
「うん。どうやら突然変異種のようだね。しかも、ジェムがかなり古い。恐らくだけどジェムが枯渇する前の生き残りだね」
「ジェムの枯渇って、例の地脈が乱れて、って言ってたアレ?」
「うん、普通ならジェムモンスターには個々の寿命が設定されていて、最高でも二十年ほどなんだよね。それなのにあの個体は、おそらくだけど五十年以上は生きてる。ちょっと驚きだね」
唾を飲んで下を見下ろす。
「じゃあ、あんなにでかいのって……」
「そう、ジェムモンスターはマナを取り込んでジェムを育てる。だから長生きすればするほど大きくなる訳。あの熊は、正直言ってあり得ない大きさにまで育ってる。どうしてこんな事が起きたんだ?」
どうやら、シャムエル様が何かしてあんな化け物が生まれたわけじゃないらしい。
だけどそれを聞いて、俺はさっき思いついた仮説が、おそらく当たっているであろう事を確信していた。
「もう一つ質問だ。以前、一時支配ってテイムの仕方があるって言ったよな。あの熊がその一時支配で捨てられた従魔って可能性は?」
しかし、確信していた俺の言葉にシャムエル様は首を振った。
「それは無い。捨てられた従魔の末路は、以前ケンの従魔達から聞いたみたいに、確かにすぐに力尽きてしまっていた。だからその一時支配は、そもそもこの世界からやり方自体を消去したよ。なのでもう、この世界にその影響を受けている子はいないよ」
「あれ? それかと思ったんだけど、違うのか」
自信のあった仮説をバッサリやられて首を傾げる。
睨み合っていた熊は、威嚇するようにまた立ち上がって大きく吠える。
その時に、胸元に熊の毛皮には不自然な三角と丸の模様がチラッと見えて目を見張った。
あれって、もしかして魔獣使いの紋章じゃないのか?
そう思った直後に、また別の仮説を思い付いた。
「なあ、シャムエル様。もう一つ質問だ。もしも魔獣使いが死んだら、テイムしていた従魔達はどうなる?」
「唐突な質問だね。魔獣使いが死ねば、当然テイムされていた子達の紋章は消えて解き放たれるよ。ついでに言うと、テイムされた事で知能が上がっていたわけだから、死による解放の場合にはそれも消えて元のただのジェムモンスターに戻るよ。まあ、個体によってある程度の時間差はあるけどね。だから主人が死んだら、従魔達は野に散って元のジェムモンスターとしての定められた一生を終えてまた地脈に戻っていく訳。解った?」
「成る程。それともう一つ。さっき言ってたけど、ジェムモンスターの寿命って長くても二十年なのか?」
さっきの言葉を考えていて、サラッと言われた驚きの事実に聞かずにはいられなかった。
「ああ、それは普通のジェムモンスターの場合だよ。テイムされている間は、主人である人に紐付けされているから、寿命は主人に準ずる事になるね。長いと百年近く生きた従魔もいるよ」
「それなら……」
突然もう一度大きく吠えた熊だったが、さっきよりは鳴き声が弱くなってる気がする。だけど、弱っているのは俺達の従魔も同じで、ハスフェル達でさえ肩で息をしている。
「分かった。やっぱりそういう事か。それなら俺がするのは一つだけだ」
またしても、声を上げてハスフェル達三人が同時に切り掛かったが弾かれて吹っ飛ばされる。直後にマックスを先頭にシリウスと狼軍団が飛びかかり、ニニを先頭に猫族軍団も後に続く。
ダチョウのビスケットが、マックスの後ろから飛び込んで大きな脚で目を狙って一撃を放つも、即座に前脚で止められる。
もう何が何だか分からないくらいにあちこちから同時に襲い掛かられて、また熊が悲鳴のような雄叫びを上げて滅茶苦茶に腕を振り回す。
「嫌だ、助けて! ご主人!」
今度の叫びはそう聞こえた。それを聞いた俺は、決断した。
咄嗟に、足を確保してくれているスライム達を掴んで引き剥がし、ローザの背から飛び降りていた。
そう、真下にいる巨大な熊の背中に向かって。
スローモーションのように見えていた景色が、着地のものすごい衝撃と共に元に戻る。
俺は見事に熊の後頭部に着地していた。
突き刺さったままだった、ハスフェルの剣を掴んで力一杯引き抜いて落とす。
「おい、やめろ!」
「何をするんだ!」
「おい、無茶をするな!」
悲鳴のようなハスフェル達の声と、頭上から慌てたようなランドルさん達の悲鳴が重なる。
また大声で吠えた熊が暴れようとしたその時、俺は両手両足を使って熊の頭にしがみついた。
そして両手を伸ばして背後から小さな目を塞いだ。
突然の事に、驚いたのであろう熊の動きが止まる。
しかし、代わりにもの凄い音で唸っている。
怒り狂っているのがわかり全身に本能的な恐怖心で震えが走るが、構わず俺は押さえた手に力を込めて口を開いた。
「俺が引き受けてやる! だから俺の従魔になれ!」
出来る限りの力を込めて、腹の底から叫んだ。
間違いなく、こいつは以前誰かにテイムされていた元従魔だ。
恐らくだが、その前の主人が死んだ時に何故かこいつだけがその支配から解放されなかったんだ。
何故、こいつだけご主人の事が忘れられなかったのか。
前の主人がわざと何かしたか、あるいは何らかの偶発的な理由で支配からの開放が上手くいかなかったのか、それは分からない。
だけど理由はどうあれ、こいつは今でも消えかけた以前の主人の影を追いかけ続け、存在するだけの単なるジェムモンスターに戻る事も、従魔として死ぬ事も出来ずに孤独に生きている。
そんな可哀想な生殺しの状態、知った以上放っておけるか!
「もう一度言うぞ。俺の従魔になれ!」
力を込めて、もう一度腹の底から叫ぶ。
唸り声はますます大きくなり、食いしばった口からだらだらとヨダレが垂れている。
俺は必死になって、熊の目を塞ぎ続けた。
誰も動けないまま、どれくらいの時間が過ぎただろう。
突然、熊がものすごい大声で叫んだ。俺にはこう聞こえた。
「嫌だ、忘れたくない!」と。