熊との戦い後編
「ええ、ちょっと待ってくれって!」
慌ててそう叫んだ俺の声に、ハスフェル達が驚いたように熊から距離を取って振り返る。
「何を待つってんだよ! 一撃ぶちかました今こそ畳み掛けて一気に倒すべきだろうが!」
ギイの叫ぶ声に、さっきの熊の叫びが聞こえたのは俺だけだと気付く。いや待て、同じテイマー、いや魔獣使いのランドルさんは?
勢いよくランドルさんを振り返るが、全く解っていないみたいで、二人揃って俺を驚きの目で見ている。
「そうですよケンさん。一体何を待つって言うんですか!」
二人同時の叫びに、俺はどうしたら良いのか分からなくなってしまった。
仁王立ちの巨大な熊は、首の後ろにハスフェルの剣を突き立てられたままだ。しかし、小さいが燃えるような目は全く闘志を失っていない。
「なあ、お前! 今のってどう言う意味だよ?」
出来る限りの大きな声で、俺は巨大な熊に向かって必死になって呼びかけた。
だけど言葉は通じていないらしく、今度の咆哮は残念ながら先ほどと違って意味のある言葉には聞こえなかった。
熊はそのまま近くにいたティグに向かって襲いかかる。
迎え撃つティグ。
両者のもの凄い咆哮が響いた直後にティグが吹っ飛ばされたが、直後に巨大化していつもよりも二回りは大きくなったブラックラプトルのデネブが代わりに飛びかかった。
大きな口で太い腕に噛みつくも、もの凄い勢いで振り回されて吹っ飛ばされてしまう。完全にウエイトで負けている。
「うわあ、恐竜の噛みつきを吹っ飛ばすってあの熊の皮膚はどうなってるんだよ!」
それを見て、思わず叫ぶ俺。
しかし、デネブが吹っ飛ばされた隙に、今度はニニとマックスが息を合わせて前と後ろから同時に襲いかかった。
マックスが右肩に噛みつき、ニニが背中に飛び上がって突き刺さった剣のすぐ横に噛みつく。しかし、何と熊はそのまま前転するように転がって二匹を振り落とそうとしたのだ。
悲鳴のような声を上げて、巨大な熊の下敷きになるニニとマックス。
クグロフとジャガー達が一斉に飛びかかってクマを更に突き転がし、復活したティグとデネブまで加わって、何とかニニとマックスを救出した。
その直後に、大きな戦斧を振りかぶったオンハルトの爺さんが飛びかかったが、これも前足の爪に弾かれて吹っ飛ばされる。
背中から落ちたオンハルトの爺さんは、スライム達が一致団結して見事に受け止めていた。
ハスフェルとギイも直後に切りかかったが、あの熊の毛皮はめちゃくちゃ硬いらしく、決まったかと思われた二人揃っての打ち込みも、わずかに毛が散って血が出ただけで、一瞬で治ってしまった程度だ。あの熊。マジでどれだけ硬いんだよ。
解放されたマックスが前脚を上げた不自然な状態で三本足で跳ねながら下がる。上げた前脚が変な方向を向いているのに気付き、俺は慌ててローザの背から飛び降りようとした。
あれは間違いなく骨まで響く怪我をしている。
マックスに万能薬を届けないと。
しかし、俺が飛び降りようとしたのを見た熊がまた物凄い声を上げてこっちに駆け寄って来る。
『いけません! 降りないでください!』
頭の中に、ベリーの怒鳴るような大声が響き、俺は悲鳴を上げてローザにしがみついた。
「お前は来るな!」
ハスフェルの怒鳴る声が聞こえ、オンハルトの爺さんがマックスに駆け寄るのが見えて俺は唇を噛んだ。
怪我をしたマックスに駆け寄って、手当てする事すら出来ない自分が情けなかった。
オンハルトの爺さんの隣にベリーの揺らぎが見えて、納得した。万能薬を使う振りでベリーが癒しの術を使ってくれているのだろう。同じく片足を引きずって下がったニニにも手当てをしてくれている。
「心配かけてすみません。私もニニも大丈夫ですのでご主人はローザと一緒にいてください!」
大きく一声吠えたマックスの言葉が聞こえて、俺は不覚にも本気で泣きそうになったよ。
ハスフェル達と従魔達だけ危険に晒して、俺だけこんな安全な場所にいるなんて。
情けなさに潰れそうになったが、逆に頭はどんどん冷えて行くのが分かった。
安全な上空にいるのなら、俯瞰で現場を見て、とにかく何でも良いから解決の糸口を探るんだ。
鍵はさっきの熊の雄叫び。
お前達だけ、ずるい。って言ってたあれだ。
「シャムエル様、いるか?」
「ここにいるよ」
右肩から声がして、俺は自分の右肩を見た。小さないつものシャムエル様が心配そうに俺を見上げているのと目が合った。
「さっきのあいつの声、シャムエル様には聞こえたか?」
「さっきのあいつの声? 何の事?」
「あいつがさっき吠えた時に、俺にはこう聞こえたんだ。お前達だけ、ずるい。ってな」
「はあ? 何それ?」
驚いて尻尾が倍くらいになるシャムエル様を見て、小さく笑った俺は下を見下ろした。
今は、跳び離れたジャガー達と狼達、そしてマックスとシリウスとデネブ、それから二二とタロンが熊を取り囲むようにして様子を伺っている。
ジャガー達の背後に、獲物を構えたハスフェル達の姿もある。
ベリーは少し離れたところで様子を見ている。フランマの姿は見えないが、おそらくベリーの近くにいるはずだ。
互いに攻める決定打がないままに、睨み合いの膠着状態になる。
唇を噛んだ俺は、落ち着かせるように一度深呼吸をしてもう一度下を見て必死になって考えた。
「絶対に誰も死なせずに終わらせてやる!」
そして、唐突に閃いた考えを確認するために、シャムエル様を振り返った。