未知との遭遇……
「お疲れさん。無事に二人ともテイム出来たな」
ハスフェルの声に、俺達は揃って頷いた。
「そろそろ昼だな。どうするかな、ここで食べるか?」
空を見上げると、あと少しで太陽は頂点に差し掛かろうとする時間だ。
虎をテイムした時と違って、思ったほど疲れてもいない。ランドルさんも平気そうにしてる。
「見晴らしも良いからここで食うか。ここなら何か近付いて来てもすぐに分かるからな」
ハスフェルの言葉に納得して、周りを見回して草原の真ん中あたりに移動してそこで昼食にする事にした。
ここも料理をする暇はなさそうなので、作り置きや屋台飯を適当に出して好きに取ってもらう。夕食はまた肉でも焼くか。
残っていたライスバーガーを取り、シャムエル様には師匠特製のオムレツサンドを取ってやる。ちょっと考えてこれも残っていたチーズチキンピカタを一切れ確保した。それから激うまジュースをマイカップにたっぷり取って、シャムエル様の蕎麦ちょこに入れてやる。もう一度追加のジュースをマイカップに入れてから、出してあった椅子に座る。
食事をしている机の周りでは、巨大化した従魔達が取り囲むように展開して俺達を守ってくれている。
森の中では、安全を考えるとあまり一箇所に長くいるのは良くない。なので食べ終わったら早々に片付けてその場を後にしたよ。
「それで、次はどこへ行くんだ?」
一応、俺の目的の虎だけじゃ無く、狼まで二匹もテイム出来たし、ランドルさんも目標だった魔獣使いの権利である五匹以上の従魔を余裕で得た。しかも、めっちゃ強力な従魔達だ。
はっきり言って、もうここでの当初の目標は全部完全クリアなんですけど?
「まあ、ここも飛び地ほどでは無いが貴重なジェムモンスターが出る場所だからな。せっかくだから、ランドルとバッカスの今後のための資金集めも兼ねて、時間ギリギリまで頑張って集めようじゃないか」
ハスフェルの言葉に、二人が嬉しそうに顔を見合わせる。
確かに、飛び地や地下迷宮ほどジェムモンスターがゴロゴロ出て来るわけではないが、ここで出てくるモンスターのジェムはどれも高値がつきそうだ。
「了解。じゃあ俺も協力するよ。もしもテイム出来そうなのがいれば、やってみてもいいしな」
簡単な気持ちでそう答えたことを、俺は後で思いっきり後悔することになる。
前後左右を巨大化した従魔達に、頭上をお空部隊に守られながら、俺達はそれぞれの従魔に乗って森の中を移動していた。
しかし、全くと言っていいほど目的のジェムモンスターに会わない。
どうやら、一体一体が異常なまでに強いここのジェムモンスターは、基本単独、あるいは群れを作る種類でも広い土地を縄張りにしている為、他に比べてテリトリーが異常に広い。そのため、エンカウント率が異様に低いのだ。
「ふむ、この辺りにもいないな」
ハスフェル達だけで無く、ベリーも密かに探してくれているのだが、不思議な程にジェムモンスターがいない。ついでに言うと、他の普通の野生動物も全くと言っていいほどいない。
これって、逆にちょっとおかしくないか?
俺が違和感に口を開きかけた時、ハスフェルとギイ、それにオンハルトの爺さんが三人揃っていきなり止まった。
それを見て、俺とランドルさんも慌てて止まる。
「おい、どうした?」
止まったきり、一言も発せずに前方を注視している彼らを見て、不安になった俺は堪らずにそう質問した。
だって、マックスやニニだけじゃなく、周りにいる従魔達が一斉に緊張したのが分かったからだ。
ギイが、黙ったまま俺を見て口元に指を立てる。
静かに、って意味なのが分かって黙ったまま小さく頷く。
『で、何があるんだ?』
ランドルさん達もそれを見て口を噤んでいたので、諦めて念話でギイに質問し直した。
『何? お前は気付かないか?』
質問に質問で返されてしまい、困ったように首を振る。
『いや、全くもってさっぱり分からないんだけど、何があるんだ?』
俺の答えに、ギイは呆れたようにため息を吐いて前方を指差した。
『何かは分からんが、少し先に明らかに何かいる。しかもかなり強そうなのがな。今、ベリーが様子を見に行ってくれたからちょっと待て』
そんな話をしている間に、ティグとクグロフの二匹がゆっくりと動いて俺達の前に並んだ。その左右をジャガー達が並ぶ。
これはつまり、俺達の前方に最高の戦闘力を全部集めたって意味だ。その左右には狼達が分かれて位置につき、こちらも厳戒態勢だ。
これの意味するところは、これだけの戦闘力をもってでないと、俺達を守れないと従魔達が判断したって事だ。
猫族の中では戦闘力はやや低めのソレイユは俺のすぐ側に来て、こちらも完全に警戒態勢だ。ハリネズミのエリーは、いつの間にか鞄から出てきて、マックスの足元で巨大化している。草食チームはニニの背中の上で、これ以上ないくらいに小さくなって寄り集まっている。
これは明らかに変だ。
ここまで従魔達が警戒するのなら、ここから下がった方が良いんじゃあないだろうか。
そう思って口を開こうとしたその瞬間、いきなり轟いたもの凄い咆哮に俺達は全員揃って飛び上がった。
「な、なんだよあれ!」
必死で手綱を掴んだままそう叫ぶ。
もう一度、先ほどよりもさらに大きな咆哮が響き渡り、その直後にバキバキと大きく枝の折れる音がして、すぐ近くにあった大きな針葉樹がゆっくりと倒れて来た。
しかも、こちらに向かって。
それを見た従魔達が一斉に踵を返して後ろに逃げ出す。マックスも即座に逃げ出してくれたので、幸い倒れた木の下敷きになった子はいなかったみたいだ。
「ちょっと待て、何でいきなり木が倒れるんだよ!」
逃げる従魔の背の上で、ランドルさんとバッカスさんの悲鳴が重なる。
「分かる、それは俺もめっちゃ思ったけど、それよりも言いたい。頼むからここから離れよう。前方には絶対何かヤバいのがいるって!」
俺が叫び返したが、残念ながら少々遅かったらしい。
バキバキと倒れた木を踏みつけながら出てきたそいつを見て、俺とバッカスさん達は揃って悲鳴を上げた。
出て来たのは俺の従魔達の中では一番大きな虎のティグよりもはるかに大きい、まるで岩が動き出したかのような巨大な塊で、そいつはゆっくりと二本の足で立ち上がった。
そしてまたしても轟くような大声で吠えた。
そこにいたのは大型重機並みに巨大な、多分高さ6メートルは下らないほどの大きさの、真っ黒な一頭の熊だったのだ。
ゆっくりとそのまま四本足に戻る。そして体の割に小さな目が、明らかに俺を見た。
あ、駄目じゃんこれ。完全に死亡フラグ案件……。