今日の予定
「お疲れさん、凄かったじゃないか」
笑ってランドルさんの背中を叩くと、その瞬間に彼はテイムしたばかりのクグロフを抱いたまま膝から崩れ落ちた。
「うわあ、どうした。大丈夫か?」
バッカスさんとほぼ同時に左右から支えてやったが、彼の体はこれ以上ないくらいに震えている。
クグロフが軽々と地面に飛び降り、心配そうに自分のご主人を見上げる。
「あはは、大丈夫ですが……今になって、足が、足が震えて来ましたよ」
乾いた笑いをこぼしながらそんな事を言っているランドルさんの気持ち、めっちゃ分かるよ。俺も本気で怖かったもんなあ。
顔を見合わせて、揃って乾いた笑いをこぼし合った。
「いやあ凄かったぞ。見ている俺まで興奮したよ」
頬を紅潮させたバッカスさんが、満面の笑みでそう言いながら、ランドルさんの防具の無い二の腕の辺りをバンバンと叩く。
「痛い、やめんか! この馬鹿力が!」
負けじと大声で怒鳴り返して、同じくバシバシと叩き返す。
これ、二人が揃って笑顔じゃなかったら、本気で止めに入ったほうが良さそうなレベルの力の入り具合だって。
「いいなあ。これぞ十年以上連れ添ったコンビ愛って感じだ」
「確かに。良い相棒だなあ」
金銀コンビが、揃って笑いながらそんな呑気な感想を言い合っている。
いや待て。お前らのその認識、ちょっとおかしくないか?
「さて、どうする。ここまで大物をテイムしたらさすがに疲れたよ」
「確かにちょっと休みたいですね」
大きく伸びをした俺の言葉に、ランドルさんも一緒になって頷く。
「確かに、少し休んだほうが良さそうだな。じゃあもう午後からは二人は休んでおけ。俺達はもうちょっと奥まで行ってみるよ」
「そうだな、せっかくなんだから俺達も遊びたい」
金銀コンビの言葉に、俺は呆れて首を振った。
「了解。じゃあ午後から俺達は休ませてもらうよ。あ、それなら弁当に何か持っていくか?」
サクラの入った鞄を手にそう聞くと、三人は揃って首を振った。
「マギラスから、色々と弁当を貰ってるから大丈夫だよ」
「何それずるい!」
思わずそう叫ぶとハスフェル達が揃って吹き出す。
『大丈夫だよ。お前さんの分はちゃんとサクラに渡してあるから好きに食ってくれ。ああ、多めに渡してあるから、ランドル達の分もたくさんあるぞ』
笑ったハスフェルからの詳しい説明の念話が届き、納得した俺は笑顔で親指を立てておいた。
「さてと、それじゃあどうする? ここで待ってるのはさすがに怖いから、境界線の草原まで戻るか?」
「そうだな。それだけ従魔達がいれば安全面でも問題無かろう。じゃあ夕食までには戻るよ」
ハスフェルの言葉にギイとオンハルトの爺さんも笑って頷き、それぞれの従魔に飛び乗るとそのまま一気に走り去ってしまった。
どうやら、俺達の奮闘ぶりを見て彼らの闘争本能に火がついたらしい。果たしてどんなジェムモンスターを狩って来るか楽しみにしておくとするか。
「って事だから、俺達は境界線の草原まで戻るか。あ、バッカスさんは置いていかれましたけど、良かったですか?」
もしかして一緒に行きたかったら申し訳ないと焦ったが、バッカスさんは笑って首を振った。
「いやあ、あの方々と俺だけご一緒したところで邪魔になるのが目に見えてますよ。俺はランドルと一緒に戻ります」
物凄い説得力のある説明に三人揃ってまた笑ったよ。
「ねえ、ケンさん。さっきクグロフをテイムする時に、なんだか手が熱くなって全身にもすごい熱を感じたんですが、あれは一体なんだったんですか? 今までは特に何も感じなかったんですけれどね」
巨大化した従魔達に周りを護衛してもらいつつキャンプ地である境界線の草原へ向かっていた時、ダチョウのビスケットの背に乗ったランドルさんが、不意に口を開いた。
「ああ、確かにすごい衝撃だったよな」
テイムした時の事を思い出してちょっと遠い目になる。今にして思えばあの時の俺、本気でよくやったと思うよ。
「ううん、そうだなあ。これは、あくまで俺の考えだけどさ」
一応前置きしてから、さっきの自分なりの考えを説明する。
「恐らくテイムする時って、物理的な確保だけじゃ無く、精神的な力対決の部分が間違いなくあると思うんだ。それほど強く無いジェムモンスターだと、叩きのめして確保した時点で完全に支配出来ているんだけど、ある程度以上のやつになると、恐らく決断を迫られた時に最後の抵抗を試みてるんだと思うよ。お前にテイム出来るのか。って感じにさ。あの熱みたいに感じたのが、その抵抗って事。考えてみたら、今までだって確保して仲間になるように言った後でも、嫌がるみたいに首を振られたり唸られたりした事があったもんな」
マックスの頭に座っているシャムエル様が笑顔で頷いているので、恐らくこの考え方で間違っていないのだろう。
逆に言えば、今までテイムしたジェムモンスター達とここのジェムモンスターでは、本当に強さの格が違うのだろう。
「だけどまあ、普通はその程度の抵抗しか出来ないんだろう。だけど、ここのジェムモンスターは、それこそ強い冒険者達の間でも、そもそも相手をするのは無理だって言われるくらいの強さなんだろう? それを考えると、テイムされた時の精神的な抵抗の証が、あの熱や熱さなんだと思うよ」
「そうですね。納得のいく説明をありがとうございます」
何度も頷きながらそう言ったランドルさんは、小さくため息を吐いて恐々と辺りを見回した。
「実をいうと、今でも何処かからいきなり襲われるんじゃ無いかと考えてしまいます。やっぱりここは怖い場所ですね」
「確かにそうだな。これだけの従魔に守ってもらっとるから、これなら何とかなるかと思えるが、確かに怖いな」
ランドルさんに続いて、後ろに座ったバッカスさんもそう言って苦笑いしている。
『大丈夫ですよ。この辺りに危険な魔獣もジェムモンスターもいませんから安心してください』
突然、頭の中にベリーの念話が届き、てっきりハスフェル達について行ったと思っていた俺は驚いて辺りを見回した。
「どうしたんですか!」
「何か出ましたか?」
焦るような二人の声に、慌てて笑って誤魔化す。
「いや何でも無い。もうどの辺りまで来たのかと思ってさ」
態とらしくマックスの背の上で伸び上がりながら、もう一度周りを見回す。
「草原の手前の林が見えてきましたから、もう少しですね」
ランドルさんの指差す方向には、確かに見覚えのある林が見えている。
「到着したら、まずは昼飯だな」
俺の言葉に、二人も笑顔になる。
「お世話をお掛けします」
揃ってそんな事を言われて、俺は笑って肩を竦めた。
「昼は、俺の料理の師匠が作ってくれた弁当があるので、それにしましょう」
「おお、それは楽しみですね」
「ケンさんの師匠の作った弁当ですか。それは是非とも食べてみたいですね」
わかり易くテンションの上がった二人を見て俺も笑顔になる。
「じゃあ、草原まで競争しますか?」
確かこの林を超えた先が目的の境界線の草原だったはずだ。
「受けて立ちますよ!」
ランドルさんの声と同時に、マックスとビスケットは弾かれたように一気に加速して走り出した。
歓声を上げた俺達は並んで林を抜けて、同時に草原へ並んで飛び出したのだった。