ランドルさん達の奮闘
「どうしますか?」
俺の呼びかけに、ランドルさんが巨大化したピンクジャンパーのクレープに乗って崖から飛び降りて来る。
「正直言って怖さしかありませんが、やってみます」
震えながらもクレープの背から降りて断言するランドルさんの背中を、俺は力一杯叩いてやった。
「それでこそ魔獣使いだ。よし、行って来い。絶対に目は逸らすなよ」
「分かりました!」
大きく返事をしたランドルさんは、両手で自分の頬を叩いてからサーベルタイガーに向き直った。
その時、クレープがもう一度崖の上に上がってバッカスさんを乗せてもう一度飛び降りて来た。
隣に駆け寄って来たバッカスさんと顔を見合わせたランドルさんは、いつも使っているのよりもやや細身の一振りの剣を装備している収納鞄から取り出した。
その剣を左手に持ち、右手にいつも装備している黒光りのする剣を抜いた。すごい、ランドルさんは両刀使いなのか。
「ケンさんのやり方を見ていて思いつきました。私達は術は使えませんが、十年一緒に戦って来ました。お互いを信じてこれでいってみます」
どうやら、ランドルさんだけで無く、バッカスさんも手伝うつもりみたいだ。
見ていると、ランドルさんだけでなくバッカスさんも同じように装備している収納袋から片手で装備出来る程度の小振りの盾を取り出した。
左腕にそれを装備する。そして腰に装備しているやや反りのあるシミターを鞘から引き抜く。
なるほど、収納の能力が無ければ同時に複数の武器を装備するのは難しいものな。あんな風にして収納袋を使って武器や防具を取り出して活用するのか。ちょっと勉強になったかも。
俺が若干場違いな感想を抱いているうちに、二人の準備が整ったらしい。
頷き合った二人は、ゆっくりとサーベルタイガーに近付き身構える。
それを見て顔を見合わせた俺は、ゆっくりと下がった。
いつの間にかハスフェル達も崖の上から降りて来ていたので、俺達は少し離れたところで、とにかくランドルさん達の戦いを見守る事にした。
「行くぞ」
「ああ、いつでも」
バッカスさんの短い言葉に、ランドルさんが応える。だけどもうそれだけで、二人は互いの役割を理解していた。
まず、盾を顔の前に構えながら腰を落として身構えたままで、バッカスさんがサーベルタイガーに近付いて行く。
「おい、一体どうするつもりだ?」
ハスフェルの呟きに、俺は答えられない。だって、それは俺が一番思ってる事だ。
もう、手を伸ばせば牙に触れるくらいの位置までバッカスさんが近寄っている。
従魔達に完全に押さえ込まれているサーベルタイガーだが、さっきの俺がテイムしたティグみたいに低い声でずっと唸り続けている。
「せい!」
いきなり、右手に持った幅広の剣の横面で、バッカスさんがサーベルタイガーの横っ面を思い切りぶっ叩いた。
物凄い怒りの咆哮が辺りに響き渡り、見ていた俺達の方が飛び上がった。
だけど、二人は平然としている。
「もう一度!」
そう叫んで、今度は左手に持っていた盾で、同じようにサーベルタイガーの鼻っ柱をぶっ叩く。
抵抗出来ないサーベルタイガーの怒りの咆哮がまた辺りに響き渡る。
「今だ!」
二人の同時の叫び声とともに、ランドルさんが両手の剣を大きく構えて、まるで突き刺すようにサーベルタイガーに飛び掛かっていったのだ。
「おい、殺してどうする!」
驚いてそう叫んだ俺の肩を、背後にいたハスフェルが捕まえる。
「大丈夫だから見てみろ、こりゃあ凄い」
笑ったハスフェルの言葉に俺は改めて彼らを見て、今度は驚きの声を上げた。
「ええ、今の一瞬でああなったって言うのかよ。一体どうやったんだ?」
目の前では、二本の剣で巨大な二本の牙を地面に縫い止められたサーベルタイガーが、情けない悲鳴のような声を上げてもがいていた。
横倒しになったサーベルタイガーの巨大な牙の隙間に、交互に二本の剣が交わるようにして突き通って地面に突き刺さっている。
結果として、下側の右の牙が二本の剣に完全に縫い留められている形になっているのだ。そして、開いた口が閉じられないように、バッカスさんが構えていたシミターも、牙に対して垂直になるように縦向きに地面に突き刺さっている。
これでもう、サーベルタイガーの代名詞でもあり最強の武器でもあるあの巨大な牙が使えない。そして完全に口を開いた状態で地面に縫い止められているために、口を閉じる事さえ出来なくなっているのだ。
「これは見事だ。従魔達が確保してくれているとは言え、噛まれれば終わりの状況で、見事に牙を封じて見せたな」
「わざと吠えさせて大口を開かせたところで剣を使って牙を封じるとは、さすがは上位冒険者だな」
「ああ、これは見事な連携だったな」
ハスフェル達三人の手放しの賛辞に、俺も大きく何度も頷いていた。
そして武器を手放して丸腰になったはずの二人の手には、いつの間にかまた別の剣が取り出されている。
いつ取り出したのか俺は全く気づかなかったよ。早っ。
完全に地面にホールドされたサーベルタイガーは、唸り声を上げてなんとか逃れようと暴れていたが、さらに増えた従魔達に完全に押さえ込まれていて全く身動きが取れない。
そしてとどめに、テイムしたばかりのティグがサーベルタイガーの首に横から大きな口を開けて噛みついたのだ。
とは言え、見事に寸止めだ。
ティグとサーベルタイガーの低い唸り声が響き、やがてサーベルタイガーの唸る声が聞こえなくなった。
それを確認したティグが、噛み付いていた首からゆっくりと離れる。
「もう大丈夫ですよ」
ティグの言葉に頷いた俺は、まだ油断なく身構えているランドルさんの側へ行った。
「もう大丈夫だってさ。ほら、行ってテイムして来い」
笑ってそう言い背中を叩いてやる。
頷いたランドルさんは、剣を持ったままゆっくりとサーベルタイガーに近寄り、右手に持っていた剣を左手に持ち替えた。
そして、サーベルタイガーの額に右手を押さえつけるよにして当てた。
「俺の従魔になれ」
さっきの俺と同じように、声に力を込めて断言する。
嫌がるようにまた唸り始めたが、ランドルさんは手を離さない。
真剣な顔でサーベルタイガーと睨み合っている。
おそらく、今のランドルさんは先ほどの俺と同じ状態なのだろう。
バッカスさんは背後で心配そうにしてはいるが、しかし武器を身構えたままで黙って彼のする事を見ている。
突然ランドルさんが身震いして、唸るような声を上げて体を前に傾けるようにして全体重を掛けてサーベルタイガーを押さえつけた。
「俺の、仲間に、な、れ!」
やや途切れ途切れのまさしく絞り出すようなその言葉に、俺も思わず拳を握りしめた。
「もう一度言うぞ! 俺の仲間になれ!」
いきなりの轟くような大声に、また俺達が揃って飛び上がる。
唸っていたサーベルタイガーが静かになり、目を閉じて喉を鳴らし始めた。
左手に持っていた剣を後ろにいたバッカスさんに渡し、地面に突き刺さった剣を一本ずつ引き抜いてバッカスさんに渡して行く。
最後に自分が装備していた剣を腰の鞘に戻し、もう一度口を開いた。
「俺の仲間になるか?」
今度は一転して優しい、いつものランドルさんの声だ。
「参りました。貴方に従います」
凛々しい声でそう答えたサーベルタイガーを見て、従魔達が順番に下がっていく。
解放されたサーベルタイガーは起き上がって大人しく座ると、いきなり光り始めてひと回り大きくなった。
ティグほどじゃないが、マックスと変わらない大きさになったぞ。これは凄い。
「お前の名前はクグロフだよ。よろしくな」
ランドルさんがそう言ってもう一度額を撫でると、また光ったクグロフは今度は一気に小さくなった。
だけど、残念ながらアンバランスなほどの巨大な牙は小さくなったとは言え健在で、明らかに猫ではない。これで猫の真似をするのは、若干どころかかなり無理がありそうだ。
「あはは、まあなんとかなるさ。よろしくな、クグロフ」
そっと抱き上げて抱きしめると、ランドルさんはこれ以上無いくらいに嬉しそうな笑顔になった。
「いやあ、見事だった」
今回は完全に観客状態だった俺達は、オンハルトの爺さんの言葉に頷き合って、揃って惜しみない拍手を送ったのだった。