虎をテイムする
「ご主人、もう大丈夫ですよ。どうぞお好きなのをテイムしてください」
巨大なオーロラグリーンタイガーと、オーロラサーベルタイガーの二匹を確保した従魔達は、皆揃って得意げに俺達を見ている。
「……あれを」
「……テイムするって?」
顔を見合わせた俺達は、半ば呆然とそう呟いてもう一度従魔達を見下ろした。
総がかりで押さえ込まれている二頭のジェムモンスターは、先ほどまでの大騒ぎが嘘のように今はもう全く抵抗の意思を見せずに大人しくしている。
従魔達は大丈夫だと言うけれど、あの顎と牙を見ると、ちょっと迂闊に近寄るのは怖すぎるよ。
「あの、どうしますか?」
ものすごく控えめな声でランドルさんにそう聞かれた俺は、大きく一度深呼吸をしてから大きく頷いた。
「やる。俺は初志貫徹で虎をテイムするよ」
「ほ、本当にやるんですか?」
「もちろん。従魔達が文字通り体を張って確保してくれたんだもの。テイムしない訳がないだろう?」
正直言って、あの巨大な頭に触るなんて絶対ごめんだ。あの牙にかかれば、俺の腕なんて簡単に持っていかれるだろう。
だけど、マックス達はもう大丈夫だと言った。俺はそれを信じるだけだ。
「では行きましょう。私に乗ってください!」
ラパンがそう言ってくれたので、ふわふわの背中にまたがり首に抱きつく。
「では降りますね」
嫌な予感に慌てたが時既に遅し。
勢いよく飛び跳ねたラパンは、何とひとっ飛びで崖下の草地に見事に着地した。
「げふう」
勢い余ってひっくり返りそうになったところを、またしても跳ね飛んできたスライム達が捕まえてくれた。
「あはは、ありがとうな」
なんとかそう言って、ラパンの背から降りる。
もう一度大きく深呼吸をした俺は、震える足を叱咤してゆっくりと虎のジェムモンスターに近寄って行った。
押さえ込まれた虎は、今は大人しくしている。しかし完全に俺をロックオンした状態で睨み付けている。
それはまるで、お前ごときにテイム出来るのか。と、言わんばかりの視線だった。
しばし、その強い視線を受け止めて睨み返す。
テイムは、物理的な確保だけでなく精神的な力対決の部分が間違い無くある。少しでもビビって逃げ腰になれば本能的に分かるのだろう。その瞬間に俺の右腕は終わりだ。下手すりゃ異世界生活もな。
視線を逸らさず、睨み付けるようにしてゆっくりと近寄っていく。
地の底から聞こえるかのような、ものすごく低い唸り声。
負けるな、俺。
睨み合いが続き、俺達の間はどんどん近くなっていく。喉が乾いてカラカラだ。
頭を押さえつけようとしたその瞬間、虎が首を振り大きな口を開けて俺の腕に噛みつこうとした。
「ロックアイス!」
その瞬間、俺の掌に巨大な氷の塊が出現する。俺の全身全霊を込めた最高の硬さに仕上げた最強の氷だ。
ハスフェル達の叫ぶ声と、氷の塊ごと虎の口の中に吸い込まれる俺の腕。
時間が止まったように感じたのは一瞬だった。
ガキーン!
そうとしか表現出来ない金属音がして、悲鳴のような情けない鳴き声が響く。
俺は咄嗟に一歩下がって改めて虎を睨みつける。
どうやら、俺の計画は上手くいったらしい。俺の腕は無事だし、虎の噛みつき攻撃はこれで封じた。時間稼ぎになれば良いだろうくらいに思っていたが、俺の氷は、弱っているとは言え虎の咬合力に勝利したらしい。
巨大な氷の塊を口に咥えたまま、噛み砕く事も出来ずに虎は呆然としている。
右手を大きく振り上げて、力一杯振り下ろしてその勢いのままに巨大な頭を上から押さえつけた。
氷を咥えたまま嫌がるように唸るが、マックスの大きな前脚が首元を押さえつけていて微動だにしない。
「俺の仲間になれ」
なるか? では無く断定する。
選択の余地を相手に渡さない。今この場を仕切っているのは、他の誰でもない。この俺だ。
地響きのような唸り声が大きくなる。
「もう一度聞くぞ。俺の仲間になれ!」
声に力を込めて、出来るだけ大きな声で断言する。
不意に、右掌が熱を持ったように感じて思わず身震いする。その熱は、右手から俺の体全体に伝わり、まるで熱波のように襲いかかり俺を覆い尽くした。
しかし、それに負けじと歯を食いしばり足に力を込めて踏ん張って、更に右手に力を込めて押さえつける。
「もう一度言うぞ。俺の、仲間に、なれ!」
はっきりと、区切って力を込めてそう言い放つ。
地響きのように唸っていた唸り声がピタリと止む。
黙っていると、やがて虎は静かに目を閉じて喉を鳴らし始めた。
「ロックアイス、砕けろ」
静かに宣言する。
だけどもしもこの瞬間に噛み付いてこられたら、俺の反射神経では絶対に逃げられない。
しかし、氷の塊が音を立てて砕けた後も虎は襲いかかってはこなかった。
代わりに口から砕けた氷を吐き出すと、顔をブルブルと振って氷を飛ばした。
「貴方の勝ちです。貴方に従います」
可愛らしい声でそう言う。どうやらまた雌だったみたいだ。ううん、従魔の女子率がまた上がったぞ。
それを見たマックス達が、ゆっくりと押さえていた脚や噛み付いていた口を放して離れる。
ゆっくりと起き上がったオーロラグリーンタイガーは、全身を大きく震わせた後、まるで猫のように前脚を揃えてちょこんと大人しく座った。
次の瞬間、一気に光って更に巨大になった。
ちょっと待て、マックスよりデカいぞ。
若干ビビったが、もうこいつは俺の従魔なんだから大丈夫だと、必死になって頭の中で自分で自分に言い聞かせた。
「紋章はどこに付ける?」
右手の手袋を外しながらそう尋ねると、嬉しそうに胸を反らせてふかふかの胸元を俺に向けた。
「ここにお願いします!」
そっと胸元に右手を当てて宣言する。
「お前の名前はティグリスだ。ティグって呼ぶ事にするよ」
また一瞬光ったティグリスは、今度はどんどん小さくなっていき、普通の猫よりもひと回り大きいサイズで止まった。まあこれなら大きな猫レベルだろう。
「ありがとうございます。ご主人のお役に立てるように頑張ります。でも、普段はこのサイズでいますね」
見た目は完全に虎柄の大きな猫だ。
ただし、骨格はジャガーのフォールと同様、明らかに猫としてはおかしいけどまあ許容範囲だろう。
手を伸ばしてティグを撫でてやりながら、もう一匹確保しているサーベルタイガーを振り返る。
虎を押さえ込んでいた従魔達は、全員巨大化したままサーベルタイガーを取り囲んでいる。
ティグも巨大化して、マックスの隣に並んだ。
よし、これで戦力的には相当強化されたな。
安心した俺は、ランドルさんを呼ぶ為に崖の上を見上げた。