予想外と大格闘
「何だよあれ! めっちゃデカいじゃんか!」
飛び出してきた虎の、予想以上のあまりの大きさに思わずそう叫ぶ。
「おい、ちょっと待て! もう一匹出てきたぞ!」
ハスフェルの大声に、俺は目を見開いて虎の後ろを見た。彼の言葉通り、そこには最初とほとんど変わらない大きさの二匹目の巨大な影が飛び出してきたところだった。
「何だよあれ! 虎は虎でもサーベルタイガーじゃんか!」
俺の叫びと同時に、従魔達が一斉に聞いた事がないようなものすごい唸り声を上げて身構える。
「おいおい、虎一匹でもとんでもないって聞いていたのに、二匹も同時に出てこられて一体どうするんだよ」
俺の呟きに答えは無い。
ちなみに、ランドルさん達はもう完全にどん引き状態で固まっている。
『オーロラグリーンタイガーのすぐ近くに、オーロラサーベルタイガーを見つけましてね。どちらも亜種だし強いですよ。それでせっかくなので二匹を鉢合わせさせて戦わせたんです。二匹共、もう息も絶え絶えですから今なら二頭まとめて確保出来ますよ』
どうやらハスフェル達にも聞こえていたようで、三人が吹き出しかけて誤魔化すように咳払いをしている。ため息を吐いた俺は三人を無言で振り返る。
『せっかくの賢者の精霊殿の配慮だ。ありがたくテイムさせてもらえ。いらないならサーベルタイガーは俺が欲しいぞ』
ハスフェルのから届いた笑みを含んだ念話に、俺は慌てて首を振った。
「もちろん喜んでテイムするぞ!」
「無茶言わないでください! あんな大きいのをどうやって確保するって言うんですか!」
俺の宣言に、ランドルさんが真っ青になって必死に首を振っている。
「大丈夫だって。まあ見てろ」
身構えるマックスの背の上で、俺は睨み合う二匹の巨大なジェムモンスターを振り返った。
二匹の巨大なジェムモンスターは、それぞれあちこちに幾つもの傷を負っている。互いの牙や爪で負わせた傷なのだろう。しかし無言で睨み合っているうちに、みるみるその傷が癒えていくのを見て俺は目を見開く。
「そっか、ジェムモンスターはジェムさえ無事ならすぐに回復するって言ってたな」
納得しかけて慌てて首を振る。
「いや待て。この場合それってもっとまずいんじゃね? やっつけてもすぐに回復するのなら、ベリーとフランマにこっそり痛めつけてもらった意味ねえじゃん」
焦ったように小さな声で呟くと、右肩でのんびり座っていたシャムエル様が俺の頬を叩いた。
「それはちょっと違うね。怪我は瞬時に治るけど、体力自体は弱るから怪我が癒えても最初の状態に比べたら弱くなってるよ。ほら、ケンが地下迷宮で大怪我した時の事を思い出してみてよ。あの時も万能薬で怪我自体は一瞬で治ったけど、失われた血や体力は休まないと戻らなかったでしょう? 今のあのジェムモンスター達はその状態。この上もう一回戦えば怪我は癒えても中身は満身創痍状態になるからね。そうすれば従魔達でも十分に確保は可能だから今は下がって見ているといいよ」
「成る程。怪我自体は治っても体力まではすぐには回復しないわけか。あ、つまりあれか。怪我を治すのに持っているマナを大量に使うから、言ってみればマナ不足で弱る?」
「ああ、まさにそれだよ。素晴らしい。ケンはやっぱり理解が早いね」
手を叩くシャムエル様の言葉に、苦笑いして前を見る。
傷の癒えた二匹は、またしてもお互い飛びかかってものすごい勢いで戦い始めた。
マックス達は、いつの間にか戦う二匹から距離をとって崖のすぐ下まで下がっている。
二匹は広くて平らな泉のほとりで戦っているのだが、完全にこっちを無視しているのは、俺達ごとき自分達の相手では無いとでも思っているのだろう。
「ご主人、申し訳ありませんが我らも参加しますので、草食チームと一緒に一度降りていただけますか」
そう言って、いきなり軽々と背後の崖をほぼ一瞬で駆け上がって行った。それを見た他の騎獣達も次々と飛び上がってくる。
ちょっと待て。お前らの身体能力ってどうなってるんだ? いや、確かに途中に段差はあるけど、ここほぼ垂直の崖だぞ。お前らにとっては大した高さじゃあないかもしれないけど、多分7〜8メートルは余裕である高さだぞ。
人とは桁が違う従魔達の身体能力の高さを見せられて、俺達は黙って背から降りる。身軽になったマックス達は、鞍や手綱はそのままに一気に崖下に飛び降りて行った。だけどエラフィだけは、崖の上に残っている。
「そっか、もしかして俺達の護衛?」
笑ったように目を細めてうんうんと頷くエラフィに、俺たちは順番にお礼を言って鼻先を撫でてやった。
草食チームも一応巨大化して俺達の周りを固めてくれた。万一近くに何か来たら教えてくれるんだって。
「頼むよ。だけど絶対に無茶はしないでくれよな。怪我なんかするんじゃないぞ」
祈るように拳を握りしめた俺は、ラパンの横で息を殺して崖下を見つめていた。
お空部隊は、ファルコを筆頭に全員巨大化して上空を旋回している。
そして崖下では、いよいよ従魔達による総力戦が開始されようとしていた。
マックスとニニとシリウス以外は、すでに全員最大クラスまで巨大化している。
まず動いたのはニニを筆頭にした猫族軍団。二頭を取り囲むように静かに左右に展開する。
そしてマックスとシリウスのコンビがその左右に就く。
ブラックラプトルのデネブはマックスの横に、ダチョウのビスケットとグリーングラスランドウルフのマフィンはシリウスの横についた。
上から見ていると、従魔達の動きには完全に統一されていて隙がない。
しかし、互いを倒す事しか頭にないオーロラグリーンタイガーとオーロラサーベルタイガーは、周りには目もくれずに何度もやりあっては離れるのを繰り返していた。
しかし見ていて分かってきた。明らかに虎が優勢だ。
何度目かの戦いの時、遂に虎がサーベルタイガーを完全に押さえ付けた。
しかし、虎がサーベルタイガーの首に噛みつこうとしたその時、横から従魔達が一斉に襲いかかったのだ。
即座に押さえ込んでいたサーベルタイガーを離した虎が、瞬時に目標を変えてニニに襲いかかる。
しかし、その巨大な牙が二二に届く寸前、シリウスとマフィンが横から飛びかかり虎を押し倒した。ニニの猫パンチが鼻っ柱を思いっきり引っ掻き、更にビスケットの巨大な脚が、倒れた虎の横っ腹を蹴飛ばす。
勢い余って吹っ飛ぶ虎の体に、もう一度シリウスとマフィンが飛びかかった。その上から、ニニとソレイユとフォールが飛びかかり、完全に虎を押さえ込んだのだ。
そして、一旦は倒されたものの突然解放されたサーベルタイガーも、起き上がって反撃しようとしたところをデネブの巨大な脚に蹴っ飛ばされてこちらも吹っ飛んでいた。
そのままマックスと一緒にベガとスピカのジャガーコンビが襲いかかり、こちらも完全に押さえ込む事に成功していた。
二匹は嫌がるように鳴き叫んで大暴れしていたが、従魔達総出の押さえ込みは完璧だった。
しばらくすると鳴き声と唸り声が不意に途絶え、二匹が静かになる。
「ご主人、もう大丈夫ですよ。どうぞお好きなのをテイムしてください」
顔を上げたマックスの嬉しそうな声を聞き、俺とランドルさんは半ば呆然と顔を見合わせた。
「……あれを」
「……テイムするって?」




