料理の仕込みと毛玉退治
一旦宿泊所へ戻った俺は、手を洗ってサクラに頼んで買い置きの野菜を順番に取り出してもらった。
葉物はきれいに洗ってちぎって籠にいれておく。うん、意識して野菜も摂らないとね。
塩とマヨネーズがあるから、これなら葉物の野菜も食べられるよ。
「トマトって、そう言えば見なかったな。生で食べたりしないのかな?」
この街では見なかったから、次の街で探してみよう。実は俺、トマトも好きなんだよな。
葉物の野菜の仕込みが終わった所で、ノックの音がして、オリーブオイルの配達が来てくれた。早いな。
「ご苦労様。そこに置いておいてくれよな」
残りの金を払って、ピュアオイルを残して、後は一旦サクラに飲み込んでおいてもらう。
次は、まとめて買っていた芋を洗って順に全部の皮を剥いていく。
三分の一ぐらいを取り出してくし切りにする。これはフライパンに入れたオリーブオイルで素揚げにする。
よしよし。これでフライドポテトが出来るぞ。
綺麗なカゴを一つ、揚げ物用にする事にして、目印をナイフで削って入れておく。
揚がった芋は、軽く塩を振れば出来上がりだ。
「どれどれ、おお! 美味いぞ」
揚げたてを摘んでみたが、芋の味が濃厚でほくほくだよ。フライドポテト、最高!
「これは、ビールが欲しくなるよ」
そう呟いて、時々揚げたてを摘みながら切ってあった分を全部揚げておく。軽く油を切ったら、並べた木の器にどっさり盛って、サクラに飲み込んでおいてもらう。芋の残りは、皮を剥いたままでまとめてカゴに入れて、これもサクラに預けておく。
「ええと、次はトンカツだな。だけどそれをやり出したら時間が掛かりそうだな。よし、トンカツは明日にしよう。今日はここまでかな」
油はまだ綺麗だったので、このままフライパンごとサクラに預けておき、トンカツを揚げる時にも使おう。
机の上を綺麗に片付けて、道具は順番にサクラに預けておく。
「サクラ様様だなあ。本当に有難いよ」
肉球マークの部分を撫でてやると、嬉しそうにポンポンと飛び跳ねている。
「さて、お待たせ。少し早いけど、お前らの食事とジェムモンスター狩りに行くか」
大きく伸びをして振り返ると、ベッドからニニとタロンが起きて飛び降りてきた。ラパンがマックスの背に飛び乗り、椅子の背もたれに留まっていたファルコが俺の左肩に座る。
サクラとアクアも嬉しそうにニニの背中に二匹揃って飛び乗るのが見えた。これで全員定位置だな。
「ええと、ベリーはどうする?」
「では、私は今日もここに残りますね」
それなら、ベリーはまたギルドマスターに預けて行こう。
隣の倉庫を覗くと、またしても果物が搬入されている最中だった。これ、本当に近隣の果物、ギルドが全部買い占めてるんじゃないか? 大丈夫か?
市場の果物の価格が高騰していないか若干心配になったが、まあ、そこはギルドマスターが考えてくれているだろう……多分。
見なかったことにして、ギルドの方に顔を出すとギルドマスターがすっ飛んで来た。
「今日も出掛けるのか?」
「ええ、ですからベリーを置いていきますので、よろしくお願いします」
「了解だ。ではこちらに」
別室へ行くギルドマスターの後ろを、姿を消したベリーがついていくのを見送り、俺達はそのままギルドを後にした。
「それで、今日はどこへ行くんだ?」
ギルドの建物を出てしばらくすると、右肩にシャムエル様が現れた。
「じゃあまずは外へ出よう。ええとね、ブラウンビッグラットが出てるからまずはそこへ行こう。ちょっと増えすぎてるみたいだしね」
ラット……今度はネズミかよ。ううん、ちょっと嫌かも。
「ええと、他には何があるんだ?」
「他に? ええとね、今ならブラウンキラーマンティスと、ブラウングラスホッパーかな」
シャムエル様の答えに、俺はちょっと考える。
マンティスってなんだっけ……あ、カマキリか! グラスホッパーは、バッタだな。カマキリって、考えてみたら、如何にもモンスターっぽいよな。しかも、あの鎌! 絶対強そう。となると、まだ一番大丈夫そうなのはバッタか?
「俺はその、ブラウングラスホッパーが良いな」
軽い気持ちでそう言ったんだが、俺の言葉にシャムエル様だけでなく、ニニとマックスまで驚いたように揃って俺を見た。
「ご主人、いきなりそこへ行くのはちょっと無謀だと思いますけどね」
「私もマックスの意見に賛成。まずは、準備運動にブラウンビッグラットのところへ行きましょうよ」
「そうだよね、ちょっとびっくりしたよ。いくら実は強いんだって言っても、まだまだ君は経験不足なんだからね、無理は禁物だよ」
シャムエル様に、諭すように言われて、俺は首を傾げる。
ネズミとカマキリとバッタの中で、小手調べがネズミって、それっておかしくないか?
しかし、どうやら俺の意見は無視されて、このままネズミ退治に向かう事が既に決定された模様。
うん、そう言えば狩りに行くのに、何処にするんだって話で、俺の意見って殆ど通った事無いよな。くすん。
諦め気分の俺を乗せたまま、城門を抜けた一行はすぐに街道から外れて一気に加速して、いくつもの林を突き抜けて目的地目指して駆けて行ったのだった。
途中、景色の良い場所で止まってもらって、先に俺の昼飯を食べる事にした。
出してもらったのは、屋台で買ったバーガーとコーヒー、それから作ったばかりの野菜サラダも取り出してマヨネーズで食べておく。うん、外で食べると美味しいんだよな。
よく晴れた青空を見上げて、満足した俺は大きく伸びをしてまたマックスに背中に乗った。
「じゃあ、そのブラウンビッグラットのところへ行くとするか」
嬉しそうなマックス達を見て、密かにため息を吐いた。さて、どんなモンスターなんだろうね?
到着したのは、芝生みたいな綺麗な緑の短い草が生い茂る、やや起伏のある平原だった。大きな木は生えていない。
盛り上がった土の部分に、所々に穴が開いているのが見るからに巣穴っぽいんだが……。
やっぱりサイズがおかしい! あれってどう見ても50センチ以上あるぞ!あの穴の直径!
「じゃあ、私が中に入って追い出しますから、皆さんでやっつけてくださいね」
ニニの首輪から滑り降りてきたセルパンが、そう言って1メートルぐらいの長さになる。隣では、ラパンとタロンも巨大化してやる気満々だよ。ファルコは、俺の肩から飛び上がって上空を旋回している。大きさはそのままみたいだ。
見覚えのある展開に、もうこの時点で既に嫌な予感はしていたんだよ!
スルスルと穴の中にセルパンが入って行ったが、一向に静かなままだ。
「なあ、どうなってるんだ?」
剣を抜いて構えていたが、一向に変化の無い状態にしびれを切らして剣を下ろしかけた時、いきなり穴という穴から一斉に何かが飛び出して来た!
「デカいの出たー!」
一番俺の近くにあった穴から飛び出してきたのは、直径1メートル近いやや細長い真っ茶色の丸っぽい毛玉の塊だ。その薄い茶色の毛の塊には毛のない長い尻尾が生えている。
「キキー!」
威嚇するような甲高い鳴き声をあげた尻尾の生えた毛玉は、いきなりこっちへ向かって襲いかかって来た。
まん丸な毛玉の前側がいきなり開いて、長い前歯のついた口が開く。うわあ、あれに噛まれたらちょっと軽傷では済まないぞ。
「怖いって!」
そう叫んでデカい毛玉を剣で叩き斬ると、無事に真っ二つになった毛玉は巨大なジェムになって転がった。
次々と穴から出て来たのは、あれ程では無いが、直径50センチはある尻尾のついた毛玉だった。毛の無い尻尾が妙にリアルで怖いって。
あちこちで威嚇の声を上げる毛玉が跳ね回り、嬉々としたマックスやニニ達に跳ね飛ばされて転がっている。
うわあ、容赦無いな、あいつらも。
ゴロゴロ転がるジェムを拾いながら、ネズミの牙から俺を守ってくれるアクアとサクラ。
「有難うな!」
笑ってそう叫んで、飛びかかってくる毛玉ネズミを噛まれないように気を付けながら斬りまくった。
斬っても斬っても穴からネズミは幾らでも飛び出して来て、もうヘトヘトになった頃、ようやく明らかに穴から出てくるネズミの数が減ってきた。
「なあ、もうそろそろ良いんじゃね?」
息を切らせて座り込んだ俺が見たのは、アクアとサクラがあれだけ拾っていたのに、地面を埋め尽くすように転がるジェムの海だった。
「どれだけいたんだよ。ってか、どれだけ倒したんだよ。全く……さすがだな。ネズミ算式に増えるってか?」
急いでジェムを拾い集めてる二匹を見ながら、俺はマックスの鞍袋に入れていた水筒を取り出して一気に飲んだ。疲れた身体に水が沁み渡る。
「ああ、水が美味いよ……」
それから、ログインボーナスの箱から取り出して、買った小瓶に入れておいたチョコを一粒口に放り込む。
「これも美味い!」
うん、疲れた時はやっぱチョコだよね。
満足した俺は大きく深呼吸をして、側へ来たニニの首を指を立てて掻いてやった。
「お疲れ様。良い感じに減ったね。じゃあ次へ行こうか」
俺の膝の上に現れたシャムエル様の言葉に、大きなため息を吐いてもう一度地面に転がった。
「まだやるのかよ。もう疲れたって」
だけどまあ、汗をかいて暴れたおかげで妙に気分はスッキリしたよ。
早く起きろとばかりに、俺の足を叩くシャムエル様を見て、俺は小さく吹き出した。
あれでも一応、俺を励まそうとしてくれているらしい。
「分かったよ。それじゃあ次はカマキリ退治かよ」
笑った俺は諦めて腹筋だけで起き上がり、地面に置いてあった剣を鞘に戻して、水筒とチョコの入った小瓶を鞍袋に戻した。
さて、カマキリなんだって。次はどんなの大きさが出るのかね?
かなり諦めの気分で、俺はマックスの背中に飛び乗ったのだった。