夕食は味噌漬け丼
「さて、今夜は何にするかな」
スライム達に手伝ってもらって手早くテントを組み立てた俺は、他の皆が来る前に机と椅子を取り出して並べた。
「うん、追加で机を買って正解だったな。作業スペースが広くなったよ」
祭壇用の小さい方の机も取り出して並べながら、俺は鞄の影に隠れているサクラを振り返った。
「何が良いかな。あ、そうだ。師匠から貰った味噌漬け肉ってのを出してみてくれるか」
「ええと、味噌漬けの肉は何がいい?」
サクラが出してくれたのは、巨大な金属製の四角いバットにぎっしりと並べられた味噌漬け肉で、左から豚肉、牛肉、そして鶏肉のようだ。
「これが牛肉で、こっちが豚肉、それでこっちが鶏肉です」
予想通りの説明の後、また別のバットを取り出して並べた。
「それでこれがグラスランドブラウンブルで、こっちがブラウンボア。これがハイランドチキンでこっちがグラスランドチキンだよ。他の味付け肉も、全部これだけの種類があります!」
「師匠……幾らなんでもやり過ぎだろう」
呆れたように呟いて決心した。よし、今度西アポンへ行ったらまた肉を全種類置いてこよう。
「じゃあどれにするかな。うん、俺が食いたいからハイランドチキンの味噌漬けで丼にしよう。これなら肉を焼くだけでいいもんな」
自分が食べたいものを作る。うん料理する人間の特権だよな。
って事で夕食が決まったので、ハイランドチキンの味噌漬け肉の入ったバットを残して後はひとまず収納してもらう。
「後は、師匠から貰った作り置きの小鉢用の料理とかを出しておけばいいな。じゃあ肉を焼くか」
コンロを並べてフライパンを用意する。軽く油を引いて、取り出したハイランドチキンのもも肉の皮から焼いていく。
「何か手伝えそうな事はあるか?」
自分のテントを張り終えたハスフェル達が入って来たので、適当に取り出してあった小鉢用の料理を好きに取り分けてもらう。
「丼にするつもりなんだけどご飯でいいか? パンが良ければ出すけど」
まだ、ランドルさん達の好みをいまいち理解していないのでそう聞いたが、二人とも目を輝かせてご飯がいいって言ってくれた。米好き仲間だったか。よしよし。
ハスフェル達もご飯でいいという事だったのでご飯のおひつも出して置き、大きめのお椀を渡して好きにご飯をよそっておいてもらう。
「おお、良い感じに焼けてきたぞ。ううん、いい香りだ」
むね肉の塊を順番にトングで掴んでひっくり返しながら、味噌の焼ける香ばしい香りを楽しむ。
「おい、香りだけで、ご飯を前にして肉が無いって何の拷問だよ」
笑ったギイの叫びに、全員揃って吹き出し大爆笑になる。
「まだだ、もう少し待て。お預けだ」
偉そうにそう言い、また笑い合った。
分厚い肉にしっかり火が通ったのを確認したら、コンロの火を止めて焼けた肉を手早く一口サイズにざく切りにする。
並んでご飯の入ったお椀を持って待ち構えている五人に、順番に山盛りに切った肉を好きなだけ取ってもらったよ。
何しろハイランドチキンは普通の鶏肉と違って一枚の大きさが桁違いだから、もも肉一枚分の単位がそもそもおかしい。なので、一口サイズに切り分けておけば好きなだけ取れる。
結果。絶対余ると思って多めに焼いた鶏肉の味噌漬けはほぼ残らなかったよ。多分全員、普通の鳥肉三枚分以上は余裕で食ってると思うぞ。相変わらず食う量がおかしい。
だけどまあ、俺もシャムエル様の分を計算に入れてるから二枚分くらいは取ったけどな。
小鉢は、ワカメときゅうりの酢の物と、ナスの煮浸しの残りをもらった。それから作って冷やしておいた麦茶をマイカップに注いだ。
いつものように、簡易祭壇に俺の分を並べて手を合わせる。
「ハイランドチキンの味噌漬け丼とワカメときゅうりの酢の物です。ナスの煮浸しは前回の残りだけど良いよな」
手を合わせて小さな声でそう言うと、納めの手がいつものように俺の頭を撫でてから料理を順番に撫でて最後にOKマークを作ってから消えていった。
「残り物でも良いってか。ありがとうな」
小さく呟き、自分の席に料理を移動させる。
待っててくれた全員にお礼を言ってから、揃って手を合わせた。
「食、べ、たい! 食、べ、たい! 食べたいよったら食べたいよ〜!」
俺の皿の横では。どう見ても普通のお茶碗サイズのお椀を抱えたシャムエル様が軽快なステップを踏んでいる。
「はいはい、ちょっと待って」
笑ってもふもふ尻尾を突っついてからお茶碗をもらって、ちょっと考えて並盛りくらいにご飯を取り分け、味噌漬け肉も幾つも積み上げてやった。どう見ても普通に一人前サイズだ。
苦笑いして首を振ると、別のお皿に酢の物とナスの煮浸しを入れてやる。
「はいどうぞ。ハイランドチキンの味噌漬け丼だよ。小鉢はワカメときゅうりの酢の物とナスの煮浸しです」
「うわあい、美味しそう。もう作ってる時から早く食べたくて仕方がなかったんだよね。では、いっただっきま〜す!」
いつものようにそう言うと、やっぱり顔面から味噌漬け丼にダイブしていった。
まあ、好きに食ってくれ。
「これは美味い。しかし、これは行儀悪く混ぜて食べるのが良さそうだな」
「確かに、この濃い味の味噌だれはご飯と一緒に食いたいな」
ハスフェルとギイは、一口食べるとそう言って箸から大きめのスプーンに変更して混ぜながら食べ始めた。それを見てバッカスさんもスプーンで食べ始める。
確かに、お箸に慣れていない様子の彼らは、お箸よりもスプーンの方が食いやすそうだ。
オンハルトの爺さんは、平然と箸で食べている。その隣でランドルさんも当然のように箸を使って食べているのを見て、なんだか嬉しくなったよ。
聞くと、ランドルさんの実家はカデリー平原で米を作っている農家らしく、冒険者になって最初の頃は、秋の収穫の時期だけは手伝いに帰っていたらしい
「今では、彼の兄弟達にそれぞれ家族が出来て、もう帰らなくても良くなりましたよ」
そう言って、ちょっと寂しそうな顔になったのを誤魔化すように笑っていた。
まあ冒険者なんてやってたら、出会いは少なそうだ。
……あれ、って事は、俺もそうか?
深く考えたらいけない気がしたので、全部まとめて久しぶりに明後日の方角にぶん投げておいたよ。
べ、別に泣いてなんかいないぞ。うう……。
はあ、味噌漬け丼、美味しいなあ。