二人の目標
「ありがとうございます。いやあ、これは可愛い」
無事に目標だったピンクジャンパーのクレープをテイムしたランドルさんは、大事そうに抱き上げたクレープを撫でながら、さっきから何度も同じ言葉を言い続けている。
恐らく無意識なんだろうけど、あの台詞はもう十回目くらいだぞ。
しかし、むさ苦しいおっさんの笑み崩れた顔って、なかなかに面白いなあ。などという若干失礼な感想を飲み込んでランドルさんの肩を叩く。
「おめでとう。もうテイムの仕方も慣れたものだな」
そう言いながら手を伸ばして腕の中のクレープの頭を撫でてやると、クレープは得意げに鼻を上にしてヒクヒクさせてる。
「おお、やっぱりウサギの毛ってふわふわだなあ。これは確かに可愛い」
思わずそう言った俺の言葉に、ランドルさんはもうこれ以上ないくらいの満面の笑みで何度も何度も頷いていたよ。わかったからちょっと顔を引き締めような。
それからランドルさんは、マーサさんと自分のピンクジャンパーを見せあって仲良く話をしていた。
うん、やっぱりもふもふは正義だよな。
そんなランドルさんの後ろ姿を見ていてふと思った。
「あれ、スライムのキャンディ、モモイロインコ……じゃ無くてカメレオンガラーのマカロン、ダチョウじゃ無くてカメレオンオーストリッチのビスケット、そして今回のピンクジャンパーのクレープ。おお、あと一匹テイムすれば五匹になるな。ランドルさんも魔獣使いの紋章を持てるじゃないか!」
俺の声に、ランドルさんとマーサさんが揃って振り返る。
「ええ、そうなんですよ。なので今の俺の目標は、あと一匹テイムして魔獣使いになる事です」
その言葉に、俺達は満面の笑みになった。
「良いじゃないか。よかったら協力するぞ。次は何をテイムしたい?」
ハスフェルの言葉に、俺達全員が大きく頷く。
「それならもう一匹くらい戦闘力のある奴が良いんじゃないか?」
「そうだな、それなら何処にする?」
顔を突き合わせてハスフェル達が相談を始めた。こういった情報は彼らの方が詳しいもん。うん目標の選定は彼らにお任せしよう。
「いえ、ご迷惑はかけられませんよ」
慌てるランドルさんの背中をバッカスさんが叩く。
「こんな凄い方々とご一緒出来る機会なんてそうは無いぞ。せっかくなんだから頑張ってあと一匹でも二匹でも凄いのをテイムしろよ。強い従魔が多くいればソロでも大丈夫だろう? それなら俺も安心して引退出来るよ」
そうだよな、と頷きそうになって、最後の言葉に驚いてバッカスさんを見る。
「待って。バッカスさん、今、引退するって言いましたか?」
同じく驚くハスフェル達やクーヘン達を見て、バッカスさんは苦笑いして頷いた。
「ええそうなんです。そろそろ引退するつもりです。実はこの間の飛び地への狩りは、俺達二人の最後の仕事にするつもりでした。ランドルとはもう十年以上の付き合いで、元々俺は、父親が残した莫大な借金を返す為に、金の為に冒険者をしていたんです。そんな時にランドルと出会って、彼も似たような境遇だったので意気投合しましてね。互いの借金を完済するまでって約束でコンビを組んだんです。おかげで五年ほどで完済出来ました。彼もまあ、その頃に同じく親の残した借金を完済したんですよ。それで本当ならそのまま解散だったんですがね……」
「何だか別れ難くて、ずるずるとそのままコンビを組んでいたんです。ですが少し前にハンプールで大型の店舗付き住宅が売りに出てるって話を聞いたんです。相当な金額らしいので早々売れないだろうと踏んで、それを買う為の資金集めをする事にしました。でも俺はまだ冒険者を辞めるつもりはないので、二等分した素材やジェムの売上金で自分の装備をせっせと整えてました。あの飛び地で、とんでもない量の貴重なジェムや素材を確保したので、目標金額を余裕で超えて二人で大喜びしたんです」
バッカスさんの後を継いだランドルさんの説明を聞いて、俺はクーヘンと思わず顔を見合わせた。
「なあ、それって……ハンプールの何処の店舗か聞いていいか?」
「ええ、人伝に話を聞いただけなので、私達もまだ実際には見ていないんですがね。早駆け祭りが終わってから商業ギルドのギルドマスターに聞いてみるつもりです。なんでも装飾品通りの端に面する店で、補修が必要ですが厩舎もあるとか……」
俺の質問にあまりにも予想通りの答えが返ってきて、俺とクーヘン、それからマーサさんは揃って顔を覆った。
「ええ、どうしたんですか?」
驚くランドルさんに、マーサさんが困ったようにため息を吐いて顔を上げた。
「ランドルさんが今言った店は、残念ながらもう売れちまったよ」
もっと驚いて目を見張るランドルさんに、クーヘンが申し訳なさそうにそっと手を挙げた。
「すみません、その店舗付き住宅は私が買いました」
「ええ! そんなあ〜」
衝撃を受けるバッカスさんに、慌てたようにマーサさんも手を挙げる。
「ちょっとお待ち。逆に質問だよ。バッカスさんはどんな商売をするつもりだったんだい?」
「元は武器職人なんです。なので、自分で作った武器の販売や、持ち込みの武器の研ぎや修理など、冒険者相手の商売をするつもりだったんです」
「ちなみに、誰かと同居するのかい? 家族がいるとか?」
めっちゃ食い気味なマーサさんの質問に、苦笑いしたバッカスさんが首を振る。
「今となってはもう俺は天涯孤独ですよ。ですがせっかくなので、旅から帰って来た時のランドルのために、一部屋は開けておくつもりですけどね」
その言葉に、ランドルさんが嬉しそうに何度も頷いている。
何処かで聞いた話と同じだな。うん、仲間ってやっぱり良いよな。
「それならぴったりの売り店舗があるよ。職人通りのすぐ横の道沿いにある店舗兼住宅でね。倉庫付きの店舗に鍛冶用の炉がある広い作業部屋と地下室が付いた三階建てだ。どうだい?」
目を見開くバッカスさんに、マーサさんは自慢げに胸を張って笑った。
「私はハンプールで不動産屋をやってるんだ。特にクライン族やドワーフ達からは絶大な信頼を頂いているよ。どうだい? やる気があるなら世話してやるよ」
「おお、それは素晴らしい。ぜひお願いします!」
目を輝かせたバッカスさんとマーサさんが、しっかりと握手を交わす。
「あはは、これまた不良在庫が売れたようですね。素晴らしい」
嬉しそうにクーヘンが手を叩いて二人に駆け寄り、仲良く話を始めるのを俺達は笑って拍手をしながら眺めていたのだった。