ハンプールの朝
ぺしぺしぺし……。
ふみふみふみ……。
カリカリカリ……。
つんつんつん……。
チクチクチク……。
こしょこしょこしょ……。
「うん、起きる、よ……」
翌朝、俺はメンバーが大幅増員されているモーニングコールチーム総出で起こされたが、無意識で返事をしただけで、やっぱり起きる事が出来なかった。
「やっぱりまた寝たみたいだね。本当に寝汚いよね」
「本当よね」
「でも、私達にかかればすぐに起きるわよ」
耳元で聞こえるシャムエル様とソレイユとフォールの会話を聞きつつ、ぼんやりと意識が浮上した俺は必死になって起きてますアピールをしようとした。
だけど、残念ながら体は全く動かず、まぶたも張り付いてるみたいにガチガチで全く開く様子がない。
ううん。これは困ったぞ。
今朝の最終モーニングコールチームはソレイユとフォールのやすりがけコンビみたいだ。あれは本気で身が削げるレベルに痛いから、出来れば起きたい。
必死で目を開こうとするが、やっぱり目は開かず身体も俺の言う事を聞かない。
焦る俺だったが、また二度寝の海に墜落してしまったらしく途中からの記憶が無い。
ぺしぺしぺしぺし……。
ふみふみふみふみ……。
カリカリカリカリ……。
つんつんつんつん……。
チクチクチクチク……。
こしょこしょこしょこしょ……。
二度目のモーニングコールでまた意識が浮上した俺だったが、やっぱりどうしても目が開かない。
「うん……起きてます」
なんとかそれだけを言ったが、耳元で無情な会話が聞こえて俺はさらに焦った。
「あはは、寝てるくせに起きてるとか言ってるし」
「でもまあ、寝てて寝言を言ってるんですから、ある意味正しいのでは?」
「確かにそうね。それじゃあそろそろ時間みたいだし、仕方がないから起こしてあげましょうか」
仕方がないと言う割に嬉々としてそう言ったソレイユの声に、俺はせめて少しでも離れようとニニの腹毛の海に潜り込んだ。
「では遠慮なく」
ジョリジョリジョリ!
ザリザリザリ!
嬉しそうな声の直後、耳の後ろと頬に来ましたやすりがけ!
「待って待って待って! 起きてるって言ってるのに〜!」
悲鳴を上げた俺は、頭を押さえてニニの腹から転がり落ちた。
シャムエル様とベリーの吹き出す音が聞こえた直後、転がった勢いのままに俺はベッドから転がり落ちた。
「ご主人キャッチ〜!」
「ご主人確保〜からの〜」
「ベッドへお返し〜!」
平べったく伸びたアクアとサクラの上にうつ伏せの状態で落っこちた俺は、しっかり確保されてそのままベッドへ放り投げられた。
「うわあ。無茶するなって!」
そして、またうつ伏せの状態で巨大化したラパンとコニーの上に抱きつくように落っこちた。
「ああ、このもふもふが俺をダメにするんだよ……何これ、朝から何のご褒美?」
顔面をもふもふに突っ込んだまま思わずそう呟く。
「起きろってば!」
後頭部を勢いよく叩かれて、もふもふの海に沈む。
「ご主人、いい加減起きないとまたソレイユ達に舐められますよ」
ラパンの笑う声に何とか呻き声で答えて起き上がり、座って大きな欠伸と共に力一杯伸びをする。
隣では、ニニとラパンが揃って気持ち良いくらいに伸びをしてたよ。さすがに俺はあそこまでは伸びないって。
「顔洗って来るよ」
まだ眠い目を擦りつつそう言い、ベッドから起き上がって水場へ向かった。
「うああ、目が覚める」
冷たい水で顔を洗うと一気に目が覚めて、俺はもう一回両手に水をすくって顔を洗った。
「水浴び〜!」
羽音がして、お空部隊が揃って飛んでくる。
「おう、ほらどうぞ!」
またしても両手で水をすくってかけてやり、大喜びで羽ばたく鳥達としばらく水を跳ね飛ばして遊んだ。
スライム達も跳ね飛んだり転がったりして次々に俺の所へ来たので、受け止めて水槽に放り込んでやる。
「はあ、すっかりびしょ濡れになったよ」
苦笑いしながら顔を振って水を飛ばす。
「ご主人綺麗にするね〜!」
水槽から跳ね飛んできたサクラがビヨンと伸びて俺を包む。一瞬後にはもうすっかり乾いてサラサラだ。
「ありがとうな」
もう一回おにぎりにしてから部屋に戻った。
手早く装備を整えていると、ハスフェルから念話が届いた。
『おはようさん。もう起きてるか?』
『おう、おはよう。今準備中だよ。もう行くのか?』
『ああ、それじゃあ準備が出来たら出てきてくれ』
『了解』
笑う声と共にハスフェルの気配が消える。
最後に剣帯を装着すれば準備完了だ。
「じゃあもう行くんだってさ。忘れ物は……ないな。よし」
庭に出ていたベリーが部屋に戻ってきて、庭への扉を閉めてくれる。
「じゃあ行こうか。あ、腹は減ってない?」
「ええ、貴方がまだ寝ている間に、先にシャムエル様から出していただきましたから大丈夫ですよ」
「寝起きが悪くてすみませんねえ」
笑ったベリーにそう言われて、俺も笑ってそう答えて揃って大笑いになった。
うん、やっぱり誰でも出来る事と出来ない事ってあるよな。
「おはようございます」
廊下には、ハスフェル達三人とクーヘンと一緒に、ランドルさんとバッカスさんも待っていてくれた。
「おはようございます。お待たせして申し訳ない」
慌てて謝ると、ランドルさん達は笑って首を振った。
「お気になさらず。誰でも苦手なことってありますからね」
妙に優しそうにそう言われて、何だかよく分からないけどもう一回謝ったらハスフェル達が揃って吹き出してた。
……ハスフェル、お前ら何を言ったんだ?
そのまま噴水広場へ勢揃いで出掛け、屋台でマイカップにコーヒーを入れてもらい、タマゴサンドと分厚いパテを挟んだバーガーを買って、広場の隅で食べる事にした。
タマゴサンドの耳を千切って中側部分を全部そのままシャムエル様にあげて、俺は残ったパンの耳とバーガーを食べたよ。
だけど、その間もあちこちから声を掛けられて、その度に誤魔化すように笑って手を振ったりしていた。
うん、食ったら早めに街を出よう。主に俺の精神安定の為に。
「はあ、ごちそうさま。やっぱりタマゴサンドは美味しいよね」
俺のカップから直接コーヒーを飲んだシャムエル様は、満足そうに言って小さなゲップをした。
「はいよ。それじゃあ出発かな」
俺も残りのコーヒーを飲み干して、そのまま鞄にマイカップを放り込んだ。こうしておけば、鞄の中にいるサクラが綺麗にしてから収納しておいてくれる。
他のスライム達は、マックスとニニの背中にバラバラになって乗っている。
今はクーヘンやランドルさん達がいるから、金色合成は基本封印中だ。
「そう言えば、しばらく見ないうちにまた従魔達がずいぶんと増えていますね」
笑ったクーヘンの目は、俺の腕にしがみついているお空部隊に釘付けだ。
「そう言えばそうだな。じゃあ、外に出たら順番に紹介するよ」
「ええ、是非お願いします」
それぞれの従魔に乗った俺達は、街中の注目を集めつつゆっくりと大通りを進んで城門から街道へ出て行ったのだった。
さて、郊外へ出たら何から作ろうかね?