今回の問題点
「いやあ、大騒ぎにはなるだろうなと思っていたけど、また避難するほどの騒ぎになるなんてな」
ギルドマスター直々に案内された宿泊所の部屋で、部屋に戻るランドルさんと別れてとりあえず自分の部屋に入った俺は、何故だか一緒に部屋に入って来たエルさんやクーヘン、ハスフェル達を振り返った。
「実は、またちょっと困った事になっていてね。それで君達には郊外へ避難してもらう事にしたんだよ」
申し訳なさそうなエルさんの言葉に、庭に続く窓の横にある扉を開いていた俺は驚いて振り返った。
「へ、どういう事だよ?」
大きなソファーに並んで座ったハスフェル達三人を見て、エルさんとクーヘンは部屋に設置された大きな机に並んだ椅子に座った。俺も空いた椅子に座る。
「前回の、あの馬鹿どもに弟分がいたのを覚えているかい?」
「弟分? ああ、前日の一周戦に出ていた二人か」
「あの馬鹿どもが逮捕された後、当然だが弟分にも捜査の手は伸びたらしいんだが、最終的には彼らは罰金だけで終わったらしい」
「ちなみにあの馬鹿どもは?」
「余罪が山ほどあったって言っただろう。はっきり言って殺人以外は全部やってるんじゃないかってくらいに次から次へと出るわ出るわでね。結果、少し前に罰金と禁固刑の上強制労働との判決が確定したよ。まあ、殺人以外の犯罪としてはかなり重い刑罰だな。ただし、当然彼らに罰金を払う余裕なんて無い。それでその分さらに強制労働期間が追加されて、今は犯罪者が収監されてるターバラの東の山岳地帯にある刑務所で、毎日強制労働で森を開拓中だよ」
おおう、この世界の犯罪者には罰として強制労働なんかが有るんだ。怖っ。
「まあ、あの馬鹿どもはそんな事情でここにはいない。彼らを応援していた商会も解体された。そうなると、残された弟分達の居場所は当然だが無くなる」
「まあそうなるだろうな」
若干、後味の悪い気分になるが、これはどう考えても彼らの自業自得だろう。
「ところが彼らはこう考えたらしい。あの魔獣使い達が来なければこんな事にはならなかったのに。俺達の平和な生活を脅かしやがって。とな」
「はあ? どこをどう取ったらそんな考え方になるんだよ?」
……叫んだ俺は間違ってないよな?
「いや正にその通りなんだが、残念ながら彼らはそう考えなかったようなんだよ」
これ以上無いくらいの大きなため息を吐いた俺は、思いっきり嫌そうにエルさんを見た。
成る程ね。ギルドの受付じゃ無くてわざわざ部屋に一緒に来たのは、この話をする為かよ。
「ちなみに、どうちょっと困った事になってるか聞いていい?」
「つまり、君達が秋の早駆け祭りに出るなら、自分達には復讐する権利があるとほざいてるらしい」
それを聞いて、俺達は揃って苦虫を噛み潰したみたいな顔になった。
「今のところ、酒場で騒いでそう言っている程度で、具体的に何かするわけじゃないのでこちらとしても手の出しようが無いんだ。だが、彼らが昨日三周戦の参加申し込みをしたものだからね。さすがにこちらとしても見て見ぬ振りは出来なくなったんだよ」
「勘弁してくれ〜。もう騒ぎはごめんだって」
顔を覆って机に突っ伏す俺を見て、申し訳無さそうにエルさんが謝ってくれた。
「じゃあ、今回はその弟分二人と一緒に走る事になる訳か」
腕を組んだハスフェル達三人の言葉に、エルさんがこれも嫌そうに頷く。
「彼らが乗っていた馬は、あの馬鹿二人が乗っていた馬と同じでよく走るんだよね。三周でも余裕だと思うよ。それでも本気の従魔達とは比べ物にならないのは、彼らだって分かっているはずだ。それなのに、あえて三周戦に参加して来たって事は……」
「何か策があるんだろうな」
「そう考えるのが普通だよね。一応こちらとしても色々と裏では動いて調べてもらってはいるんだけど、どうにもまだよく分からないんだ」
せっかく今回は楽しく走れると思って楽しみにしていたのに、どうやらまた一波乱ありそうで、俺はもう本気で泣きたくなってきたよ。
「ただ、ギルドとしても黙って見ているつもりはないよ。アルバンやシルトとも相談しているんだが、もしも本当に彼らが何か企んでいるのなら、我々の手で祭り当日までに彼らの尻尾を掴み、レースへの参加申し込み自体を取り消しするつもりだよ。せっかくの街を上げてのお祭りを馬鹿の逆恨み如きで台無しにされてたまるものか!ってね」
真顔のエルさんの宣言に、俺だけじゃなくハスフェル達までビビっている。
だけどまあそうだよな。
この早駆け祭りは、ハンプールの街自体の代名詞みたいなものな訳で、それを取り仕切っている各ギルドのギルドマスター達が、祭りの花形である三周戦において何か企んでいる奴がいるかもしれない、なんて情報を聞いた日には、全力で潰しにかかるのは当然だろう。
そうだよな。やっぱり勝負は正々堂々でないと面白く無いものな。
「世の中にはね、やっても良い事と、絶対にやってはいけない事があるんですよ。どうやら彼らはその境界線を理解していないようなのでね。今回は、我々がそれをみっちりと教えてやるつもりですよ」
おお、エルさん……その笑みが怖いです。
「つまり、その大掃除に俺達は……邪魔?」
控えめな俺の質問に、エルさんは堪える間もなく吹き出して大笑いしている。
「まあ邪魔とまでは言いませんがね。皆様を祭り直前までまとめて郊外へ逃すのは、確かにその意味もあります」
おお……俺は冗談半分で言ったんだが、認めたぞ。
無言でビビっている俺達だったが、そのときノックの音がして扉の向こうから声が聞こえた。
「アルバンです。こちらにいらっしゃるとお聞きして参りました」
「はい、今開けます!」
慌てて立ち上がったら、クーヘンが先に立ち上がって扉を開けてくれた。
アルバンさんに続いて、何人ものスタッフさんがいくつもの見本が入った箱やトレーを持って入って来たので、この話はそこまでになった。
うん、当事者から切なるお願いです。
頼むから、平和で楽しい安全なレースになるように頑張ってください!