特製弁当
「昼は、マギラス師匠の店はやってないんだな」
ギルドを出て、城門へ向かいながら真上に登った太陽を見上げる。正直、ちょっと腹が減ってきている時間だ。
せっかく師匠の店まで行ったのに、試食だけして帰ってきちゃったよ。何だか悔しい。
でも、昼は店自体がやってないみたいだったからまあ仕方なかろう。
「どうする? 屋台で何か買っていくか?」
俺の作り置きはもうほぼ壊滅状態だから、何か食べるなら屋台で買う方が早いかと思ったんだが、ハスフェルはニンマリ笑って首を振った。
「マギラスが全員分の弁当を作ってくれたよ、せっかくだから空気の良い郊外で食おう」
「何それ!食いたい食いたい!」
目を輝かせる俺に笑って、ハスフェルが見えてきた城門を指差す。
「じゃあ、まずは郊外へ出ないとな」
気持ち早足になった俺達はそのまま開いた城門を通って街道へ出た。
怖がられないように街道の端を一列になって歩き、街から少し離れたところで街道を外れて一気に駆け出す。
何故だか街道から拍手が聞こえて俺達は揃って吹き出したよ。早駆け祭りの英雄、有名だねえ。
「ここなら良いんじゃ無いか?」
しばらく走って到着したのは小高い丘の上で、俺達の頭上には巨大な木の枝が大きく広がって影を落としていた。
マックス達を始めとした肉食チームが久し振りに狩りに行きたいと言うので、俺達が食事をしている間に狩りに行ってもらう事にした。
嬉々として走っていく従魔達を見送り、俺は大きい方の机と椅子を取り出して並べた。
果物の入った箱を一箱取り出してベリーに渡しておく。草食チームとお空部隊も一緒に分けてもらっていた。
「じゃあ、俺達も食事にしようか」
そう言ってハスフェルが取り出したそれは、どう見ても重箱だった。そう、お正月のお節が入ってるみたいな四角い段になったあれだ。しかもデカい。ちょっと見た事が無いくらいに大きなサイズだよ。
あれに全部料理が詰まってるんだとしたら、十人前どころの騒ぎじゃない気がする。
風呂敷包みされたそれを結び目を解いて開ける。
「一段目〜!」
代表して俺が、嬉しそうにそう言って一番上の蓋を開ける。
一段目には、燻製肉や生ハムをはじめ各種揚げ物までこれでもかってくらいに肉類が、隅から隅までぎっしりと詰まっていた。
「おお、ほぼ茶色なのに彩りを感じるぞ。すげえ」
二段目は、サラダや巻き物など、いわゆる野菜を中心にしたおかずがこれまたぎっしりと並んでいる。ここはもう花畑と言っても過言ではないくらいに綺麗な彩りだよ。
三段目には、俺の大好きなおにぎりがぎっしりと詰まっていた。しかも、薄焼き卵で巻いてあったり、俺も作った事がある肉巻きおにぎりや、天ぷらを中に入れて握ったいわゆる天むすまであった。
そして四段目には、丸パンや皮の硬いフランスパンを使ったサンドイッチが、これまたぎっしりと詰まっていたのだ。中身も定番の玉子一つとっても、茹でて潰してマヨネーズで和えた定番のものや分厚いオムレツ、燻製卵もあり、めちゃめちゃ華やかだよ。
はっきり言って俺が作ってたサンドイッチとはレベルが違うってのが一目瞭然だったね。いやあこれは見事だ。これも花畑のように華やかだよ。
そして最後の段には、激うまリンゴとぶどうを始め、綺麗にカットされた果物やミニケーキが並んでいたのだ。弁当にデザートまで完備って……。
「そしてこれが、マギラスが作ったジュースだ。美味くない訳がなかろう?」
次々に取り出した大きなピッチャーの中には、激ウマリンゴジュースとブドウジュースが並べられていた。
思わず全員揃って力一杯拍手したよ。ありがとうマギラス師匠〜!
「食、べ、たい! 食、べ、たい!食べたいよったら食べたいよ〜!」
大きな四角い小鉢を抱えたシャムエル様が、重箱の横でものすごい勢いで飛び跳ねている。
「分かった。分かったからちょっと落ち着け」
小鉢を取り上げて並んだ重箱を見る。
「お任せで良いか?」
「リクエストはタマゴサンド! 後はお任せでお願いします!」
興奮のあまり、倍くらいになった尻尾をそう言いながらぶんぶんと振り回している。
笑った俺は手にしたシャムエル様の小鉢を見てちょっと考える。四角い小鉢、そして目の前には四角い重箱。
「これはやらないわけにはいかないよな。よし、ちょっと待ってくれよな。あ、タマゴサンド用のお皿とジュースを入れる蕎麦ちょこも出しておいてくれよな」
そう言った瞬間、二つのお皿が一瞬で並んだ。
「あはは、準備万端だな。ええと、これをこうやって、こっちはこうっと」
箸を使ってまずはシャムエル様の分の料理を取り分けていく。
リクエストのタマゴサンドは、丸パンのがあったのでそれを丸ごと一つ取り出す。
「ううん、ちょっと具のタマゴが少ないな」
多分、おかずと一緒に食べる事を前提に作られているのだろう。小さいミニパンサンドはどれも具が少なめだ。
「あ、それならこうしてやろう」
良い事を思いついて、せっせと箸で料理を集める。
最後に激ウマリンゴジュースとぶどうジースを混ぜたのを蕎麦ちょこにたっぷりと入れてやる。
そこまでやって気がついた。ハスフェル達が全く料理に手を出さずに待ってくれていたのだ。
驚いて見返すと、苦笑いしたハスフェルが空のお皿を渡してくれた。
「もうシャムエルの分は取ったか?」
「おう、待っててくれたのか、ありがとうな」
笑ってそう言い、小鉢をシャムエル様の前に置いてやる。
「ふわあ! 小さなお重だ!」
更に大きくなったもふもふの尻尾が俺の手を叩く。良いぞもっとやれ。
「シャムエル様用特製ミニ弁当だよ。はいどうぞ」
渡した小鉢の中は、重箱をそのまま小さくしたみたいにほぼ全部の料理をちょっとずつ取り分けて詰め合わせたのだ。まあちょっとしたお遊びのつもりだったんだけど、そこまで喜ばれるとは思わなかったよ。
「うわあい!いっただっきま〜す!」
嬉しそうにそう叫ぶと、タマゴサンドに追加で燻製肉とスライストマトを挟んでやった特盛丸パンサンドに、勢いよく顔面から突っ込んでいった。
そんなシャムエル様を見て、笑った俺達は、ほぼ同時に自分の料理を確保するために重箱に突撃して行ったのだった。
「外で食う弁当は美味いって言うけど、これはもう本当にレベルが違うな」
感心したようなオンハルトの爺さんの呟きに、俺はもう全力で頷いた。
「何だよこれ。めちゃめちゃ美味いぞ、おい」
「さすがだな。いやあ、本当にこれは美味い」
ハスフェルとギイの二人も、分厚いハムがぎっしり挟まった大きなサンドイッチを食べながら、さっきからもう何度目か数えるのも馬鹿らしくなるくらいに同じ言葉を繰り返している。
「もう、こんなの食ったら俺の料理なんて食えねえぞ」
「いや、ケンの料理も充分美味いよ、自信持ってくれ」
何となくの呟きだったが、真顔の三人に同時にそう言われて、何だか照れ臭くなってジュースを飲み干したよ。
絶対残ると思った量だったが、今目の前にはかけらも残さず空になった重箱が並んでいます。まあ俺も腹一杯食ったけど、それにしても食う量がおかしい。
大満足の食事を終えた俺達は、しばらく休憩して従魔達が狩りから戻ってきたところでいよいよハンプールへ向かうことにした。
ハスフェルが呼んだ大鷲達も一緒に、それぞれ巨大化した鳥達の背に乗せてもらい、ゆっくりと遊覧飛行を楽しんだのだった。
しばらくして川が見えてきたら、もうハンプールは目の前だった。
街道から少し離れた森に下ろしてもらった俺達は、それぞれの従魔の背に乗りゆっくりと走って街道に合流した。
「おかえりなさい!」
「おかえりなさい!」
「待ってました!」
「二連覇期待してるぞ!」
街道に入るなりあちこちから声をかけられて、早くもプレッシャーにビビる俺だった。
「また、騒ぎすぎで郊外へ避難とかになったらどうしよう」
マックスの背の上でびびっていると、ハスフェル達に笑われたよ。
だって、マジでこういう扱いは慣れてないんだって!