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革工房にて

 日が暮れる前に無事に街へ戻った俺たちは、そのまま革工房へ向かった。

「おう、お前さんか。今度は何だ?」

 店から出て来たおっさんに手を上げて、俺はマックスの背中からゆっくりと降りる。

「この子に首輪が欲しいんですけど、何か有りますか?」

 ニニの背中に乗っていたタロンが身軽に降りて来たので、抱き上げておっさんに見せてやる。

「なんだ? ただの猫か。従魔じゃなく?」

 ここで、この子がケット・シーだなんて言ったら絶対話がややこしくなるので、俺は適当に笑って頷いておく。

「それなら、外のワゴンに出ているやつで合うんじゃないか? もしも、気に入った色が無ければ作るぞ」

 予想通りの言葉に、俺は店先のワゴンを覗いてみた。


「あ、これなんか可愛いぞ」

 ニニの首輪よりも、全体に少し薄めのピンク色の綺麗な首輪を見つけた。

「可愛いですね。それがいいです」

 タロンもそう言うので、それをおっさんに試着の許可をもらってから、そっとタロンの首に巻きつけてみた。

「サイズも良いみたいですね。じゃあこのままこれを貰うよ」

 満足そうなタロンを撫でてやりながらそう言うと、おっさんも嬉しそうに笑った。

「そいつなら銀貨一枚だよ」

 鞄から巾着を取り出して銀貨を渡しながら、ふと思いついた。

「なあ、ちょっと聞いても良いか?」

「何だ? 今度は何の探し物だ?」

 銀貨をエプロンのポケットに入れたおっさんが、顔を上げる。

「まだ先なんだけど、ドワーフの工房都市へ行こうと思ってるんだよ。そこで、ヘラクレスオオカブトの角で剣を作ってもらおうと思ってさ。それで聞きたいのが……」

 それを聞いたおっさんは、目を見開いていきなり凄い力で俺の腕を掴んだ。

「お前さん、まさか持ってるのか? ヘラクレスオオカブトの角を?」

 凄い力で掴んだ割に、小さな声でそう聞かれて、俺は黙って頷く。

「ちょっと来い!」

 そのまま、有無を言わさず店の中に引きずり込まれた。そのままに店の奥へ連れて行かれる。

「待ってろ! 店を閉めてくる!」

 呆気にとられる俺を部屋に置いたまま、おっさんは慌ただしく走って店へ戻って行った。まあ、そろそろ店を閉める時間だろうけど、一体何なんだよ?

「なあ、そんなに珍しい物なのか?ヘラクレスオオカブトの角って?」

 肩に座って、こちらも驚いた顔をしているシャムエル様にそう聞いてみる。

「まあ、珍しいけど、あそこまで驚くほどじゃないと思うんだけどなあ?」

 シャムエル様も、不思議そうにしている。

 困った俺達は、とにかく勝手に椅子に座って待ってる事にした。


 しばらくすると、店を閉めたおっさんが早足で部屋へ戻って来た。

「出してくれ。ヘラクレスオオカブトの角を! ここに、出して、見せてくれ!」

 頷いた俺は、床に置いた鞄にこっそり潜り込んでくれたアクアに、大小二本のヘラクレスオオカブトの角を取り出してもらい、机に置いてみせた。

「お前さん、収納の能力者か!」

 俺がどう見ても手にした鞄よりも大きな角を取り出すのを見て、目をさらに見開いた。

 頷いた俺は黙って口に指を立ててみせた。無言で頷いたおっさんは、机に置かれたヘラクレスオオカブトの角を、無言でじっと見つめていた。


「おお、この輝き……素晴らしい……」

 あれだけの勢いで出せと言った割に、何故だか手を触れようともしない。

「これが、これがあの時あれば……」

 机に手をついて、悔しそうにそう呟いたおっさんは、大きなため息を吐いて顔を上げた。

「貴重な品をありがとう。良い物を見せてもらったよ。片付けてくれ」

 そう言って笑うおっさんは、妙に寂しそうに見えた。

「これに何か思い入れがあるのか?」

 大きい方を掴んで改めて見てみる。あれだけいきおいよく地面に突き刺さった割には、傷の一つもなく見事な黒光りを見せている。本当に硬いんだな。

「俺は、工房都市の出身なんだよ。大通りに自分の店を持って、まあそれなりに名前も売れていたんだ。だけど、ある貴族からの依頼を断った事を逆恨みされてな。そいつの手下に騙されて、莫大な借金を負わされちまった。結局、その借金を返すために店を手放して一文無しになって、嫌になって工房都市を出たんだ。まあ、知り合いに紹介されてこの街へ辿り着いたんだけど、その頃にはもう、ジェムモンスターの数が異様なまでに減っていてな、冒険者達は皆、仕事が減って困り果てていた。当然そうなると、装備に掛ける金もギリギリになる。毎回毎回、嫌になる程値切られて、正直、もう店をやめようかと思っていたんだよ」

 苦笑いしたおっさんは、俺が手にしているヘラクレスオオカブトの角を見つめた。

「あの時に、これが手元に一本でも有れば、俺は店を手放さずに済んだんだ。だけど、工房都市でさえ、こいつはもう手に入らなくなっていた。ジェムモンスターの激減は、工房都市でも問題になっていたんだよ」

「ええと、おっさんも剣を作れるのか?」

 頼めるのなら、おっさんにここで頼んでも良いな。ぐらいに思って聞いてみたんだが、驚いたおっさんは何度も首を振った。

「俺はただの革職人だよ。工房都市では、剣の鞘や剣帯、それに革製の防具を主に作っていたよ、だけど、一緒に仕事をしていた俺の親友は、腕の良い武器職人だった。あいつには本当に迷惑を掛けた。もしも工房都市へ行くんなら、訪ねると良い。あいつなら、これで良い剣を作ってくれるだろうさ」

 誰か武器職人を知らないか聞いてみたかったのに、まさかのおっさんの親友がその武器職人だったとはね。

「それなら、工房都市へ行ったらその人を訪ねてみるよ。あ、その人の名前は? ってか、おっさんの名前も聞いてないよ」

 苦笑いする俺を見て、おっさんも堪えきれずに吹き出した。

「確かに名乗った覚えは無いな。失礼した。俺の名はフォルト。友の名はフュンフだよ」

 右手を差し出されて、俺はしっかりと握り返した。

「ケンだよ、改めてよろしく。とは言ってもあと二日でもう旅立つ予定なんだけどな」

 俺の言葉に、フォルトは大きく頷いた。

「ケンならどこへ行っても上手くやれるだろうさ。良い旅を。お前さんの人生に、幸多からん事を祈ってるよ」

「ありがとう。絆の共にあらん事を」

 某SF映画の、あの有名な台詞を真似て言ってみた。


 こういうの、言ってみたかったんだよな!


 目を瞬いたフォルトは、嬉しそうに言い直した。

「絆の共にあらん事を」

 笑い合って背中を叩き合った。


 店の前まで出て来てくれたフォルトに手を振って、俺は街灯が灯るすっかり暗くなった道を、ギルドへ戻って行った。


 到着したギルドで、頼んでいたジェムの買い取り代金を受け取る。

 全部で金貨が三百十五枚!はい、またしても大金頂きました!

「ああ、それから、倉庫に果物が届いてるから、好きなだけ持って行ってくれ、遠慮はいらんぞ。全部持って行ってくれ」

 ギルドマスターにそう言って倉庫の鍵を渡された。

 倉庫に戻った俺は、遠慮無くサクラにガンガン飲み込んでもらったよ。

 ベリーは、それを見て横でずっと笑っていた。

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