レシピ頂きました!
朝市での買い物を終えた俺達は、のんびり歩いて師匠の店へ向かっていた。
「じゃあ、レシピ本をもらったらそのままハンプールだな」
「どんな料理があるのか、楽しみにしてるぞ」
ハスフェル達に揃ってそう言われて、苦笑いした俺は肩を竦めた。
「まあ、俺の料理は所詮は素人料理だからな。マギラス師匠みたいな料理は期待するなよ」
「全く料理をしない俺達にしてみれば、ケンが作ってくれる料理でも充分過ぎる位に美味いよ」
「全くだ。あの赤ワインの煮込みは美味かった。是非またお願いするよ」
ギイの嬉しそうな言葉に、俺も納得して頷く。
「確かに美味かったよな。あれもマギラス師匠のレシピなんだ。じゃあ、時間のある時に作り置きしておくよ。あれは基本材料を切って煮込むだけだから、時間さえかければ美味しくなるから楽で良いんだよな」
「あれが簡単だって? そこが分からん!」
三人が口を揃えて真顔でそう言っている。
「まあ、料理をしない人には、確かに分からないかもな」
苦笑いしてそう言うと、三人が揃ってうんうんと頷いている。
普通の冒険者達が外で食べるのって、乾燥したシリアルを固めたみたいな携帯食か、干し肉や乾燥野菜を煮た物くらいらしい。
彼らも今まではそれが普通だったらしいから、せいぜいちょっと肉を焼くくらいしか料理した事がないんだって言ってたから、煮込み料理が案外簡単だってのは理解不能だったらしい。
「じゃあ、ご期待に添えるように、新レシピを貰ったら頑張って作るよ」
「おおう、期待してるぞ」
嬉しそうにそう言われて何だか照れ臭くなった俺は、誤魔化すように咳払いをして前を向いた。
「店に到着〜!」
まだ開店時間ではないので、いつも門のところにいる受付役の衛兵さんはいない。
「ええと、どこから入れば良いんだ?」
考えてみたら、店が閉まってるのに店員でもない俺達が勝手に入るのは問題だよな。
正面入口の前で困っている俺を見て、笑ったハスフェルとギイが手招きして厩舎の方へ歩いて行ったので慌てて後を追う。
「ほら、こっちから入れるよ」
厩舎側の建物の壁面には、いかにも従業員用って感じの裏口があってハスフェル達がそこを指差している。
「ええと、じゃあお前らはまたここで待っててくれるか」
マックス達にそう言って、勝手に厩舎の扉を開いて中に入る。
「あれ、いらっしゃいませ!」
声を掛けられて驚いて振り返ると、以前もお世話になった厩舎担当のスタッフさん達が、ホウキやちり取りを手に驚いたように俺達を見つめていた。
「ああ、勝手に入って申し訳ありません!」
慌てて謝ると、揃って笑顔になる。
「店長から聞いてますよ。そろそろお越しになるだろうって」
「じゃあ、この子達はお預かりしますね……あれ? 従魔達、増えてますね?」
「はい、あの後色々増えてます!」
「じゃあ鳥達は此処へどうぞ」
笑顔のスタッフさんが、大きな止まり木を持ってきてくれたので、お空部隊は全員そこに留まらせてもらう。
「うわあ、ムギュムギュに留まっててメッチャ可愛い」
俺の叫びにスタッフさん達も全員揃って全力で同意してくれたよ。
「ですよね!これは可愛い!」
「本当にこれは可愛い!」
「ああ、これは堪らん!」
どうやら鳥好きの人が多いみたいで、何やら大騒ぎになってるし。
「じゃあ、俺達は行くから、此処で大人しく待っててくれよな」
マックスとニニを撫でてそう言い聞かせ、他の従魔達も順番に撫でてやる。
行きかけて、慌てて振り返った。
「ああ、この子を忘れる所だった。この子も願いします」
鞄のポケットに収まってるハリネズミのエリーもスタッフさんに預け、俺達は建物の中に入っていった。
「やあ、もう来たのか」
ハスフェルが先頭で向かったのは、初めて此処に来た時に、ローストビーフのレシピを教えてもらった事務所みたいな部屋だった。
俺達が顔を覗かせると、丁度中にいた師匠が立ち上がってこっちを振り返った。
「お久しぶりです。あの……」
「ああ、出来てるよ。ちょっと待ってくれ」
そう言って本棚の前へ行き、中から分厚いファイルを取り出して持ってきた。
どこの事務所にも必ずある、四角いマークが入った分厚いファイルみたいなアレ。
「とりあえず、基本の出汁やスープの取り方と、ソースのレシピ。素人でも分かるであろう料理を中心にできるだけ簡単なレシピを集めたよ。ちなみに、俺のレシピだけじゃなくて、うちのスタッフのレシピも幾つか入ってる。もちろん本人の了承済みだから遠慮はいらないよ」
分厚いファイルをそのまま渡されて、受け取ったは良いものの驚きのあまり固まってしまった。
いや、そりゃあ俺でも作れそうな簡単レシピを教えてくれって言ったのは俺だけど、この量はおかしくないか?
レシピって、料理人の財産だぞ。
だけど、事務所にいた料理人と思われる何人ものスタッフさんも、皆笑顔で俺達を見ている。
「簡単なのを集めたつもりですが、もし分からなければ何時でも相談に乗りますよ」
スタッフさんの一人にも笑顔でそう言われてしまい、俺は改めてファイルを抱きしめて何度もお礼を言った。
『なあ、またあのリンゴとぶどう、渡しても良いか?』
一応念話でハスフェル達に確認する。
『ああ、それなら待った。俺達が持ってる分から渡しておくから、ケンが持ってる分は俺達のジュース用に置いておいてくれ』
『了解、じゃあ沢山渡してくれよな』
念話でそう伝えると、頷いたハスフェルがマギラスさんと顔を寄せて話をした後、ギイも一緒に事務所を出て行ってしまった。
長期間新鮮なままで保存出来る巨大な収納袋があるって言ってたから、そこに入れに行ったんだろう。
置いていかれた俺とオンハルトの爺さんが事務所の隅で大人しく待っていると、スタッフさんの一人がお皿を持って俺に近寄ってきた。
「分けていただいたあのりんごでこんなのを作ってみたんですが、これが好評なんですよ。よかったら食べて見てください」
差し出されたお皿に乗っていたのは、りんごを薄く切って乾燥させたものにチョコレートを少しだけかけてあるドライフルーツのお菓子みたいだ。
「あ、良いんですか? いただきます」
オンハルトの爺さんと二人で頂き、手で摘んでそのまま食べてみる。
「うまっ。何だよこれ」
あの激ウマリンゴの味をギュッと濃縮したみたいだ。これは最高に美味しい。
「うん、これは美味い。あのりんごはもうこれ以上美味くならんと思っておったが、これは驚きだ」
オンハルトの爺さんも一口食べて感動したようにそう呟いている。
お皿ごと渡してくれたので、オンハルトの爺さんと仲良く半分こして綺麗に完食した。
食べ終わってから、もしかしてハスフェル達の分もあったのかと密かに二人で慌てたけど、二人で顔を見合わせてにっこり笑って頷き合い、笑顔でスタッフさんにお皿を返した。
よし、これにて証拠隠滅だ。