おからパンケーキ再び
「あの、大変申し訳ありませんでした!」
我に返った受付のお姉さんは、苦笑いして待っていた俺達に気付いて慌てたように頭を下げた。
「ああ、気にしないでください。従魔も撫でてもらって喜んでいましたから」
笑ってそう言い立ち上がった俺達はお姉さんに笑って手を振り、宿泊所の鍵をもらってギルドの建物の隣にある宿泊所へ向かった。
「じゃあ、夜のうちにこれを植えて来ようか」
宿泊所の前で、ハスフェルがシリウスの首輪にぶら下げた苗木を見ながらそう言い、ギイとオンハルトの爺さんも笑って頷いている。
ウェルミスさんから預かった苗木は、器用に蔓で編まれた小振りな籠に入れられている。
「じゃあ、これは植えて来るだけだから、すぐに終わるな。なあ、ちょっと小腹が空いてるんだが、お前らはどうだ?」
ハスフェルの言葉に、二人同時に頷いた。まあ確かに夕食は飛び地で早めに食べたから、言われてみれば確かに小腹が減っている。
「それならこれは俺たちが行って来るから、ケンは宿で何か作っておいてくれるか」
「ああ、別に構わないぞ。了解、じゃあ何か用意しておくよ」
「おう、よろしくな」
俺の背中を叩いて、三人はそのまま出て行ってしまった。
「まあ、植える場所も決めてるみたいな事を言ってたからな。じゃあ何を作るかなあ。夕食はガッツリ食ってるんだから、ここはおやつ系か? 簡単に出来るのならおからパンケーキだけど、あれは一度作ってるし、何か……」
部屋に入って明かりをつけた俺は、鞄を下ろしてソファーに座って考える。
「あ、激うまリンゴとぶどうのジャムがあるから、あれを入れておからのパンケーキにしよう」
メニューが決まれば、準備して焼くだけだ。
先に、防具を全部脱ぎ身軽になる。
サクラにまずは綺麗にしてもらってから、材料と道具を取り出していく。
「ええと、作るのは前回の倍量っと。余ったら焼いておいておけばいいものな」
激うまジャムの瓶を取り出して置いておき、まずはパンケーキの種を作る。
大きめの金属製のボウルに、小麦粉を計量カップにしているマグカップを使って二杯分入れ、あの老夫婦の店で買った美味しいおからAはマグカップに二杯、三温糖はカップ半分強をそれぞれ計って入れる。
泡立て器でまずは粉類とおからを混ぜ合わせる。
綺麗に混ざったら、豆乳をマグカップに二杯分、ダマにならないように少しずつ混ぜながら入れていく。
別のボウルに出来上がった種を適当に半分くらい取り、こちらには激うまジャムをスプーンですくってたっぷりと入れる。
そのままそのスプーンでしっかり混ぜれば、ジャム入りパンケーキの種の出来上がりだ。
タネを寝かせておく間に、コンロとフライパンの準備をする。
「火は中火っと」
コンロの火を少し弱めて中火にしてフライパンを温める。
「オリーブオイルを引いたら焼きますよっと」
独り言が多くなるのは、致し方あるまい。
気が付くと、いなくなっていたシャムエル様がいつの間にか戻って来ていて、フライパンから少し離れたところで大きなお皿を抱えて待ち構えている。
また皿がデカくなってるぞ、おい。
ちょっと考えた俺は、ニンマリ笑っておたまですくったタネを、フライパンに流し入れた。大きめの蓋をしたら、もう少し火を弱めてしばらくそのままで待つ。
シャムエル様は、もうこれ以上ないくらいにキラキラの目でフライパンを見つめている。
興奮のあまり尻尾がいつも以上にもふもふになっているので、どうしても視線がそっちにとられてしまうよ。苦笑いした俺は、手を伸ばしてもふもふの尻尾を突っついてやった。
慌てたように俺の手から尻尾を取り返したシャムエル様は、お皿を机の上に置いて尻尾のお手入れを始めた。
ごめんよ。ちょっと小麦粉が指先についてたみたいだな。
「ええと、そろそろかな?」
軽くフライパンを揺すって蓋を開ける。
一気に上がった湯気を逃してから、表面に大きな穴が空いたパンケーキをフライ返しでそっとひっくり返した。
「おお、焼き加減バッチリじゃん」
見事な薄茶色に焼けたパンケーキを見てそう言うと、お皿を持ち直したシャムエル様がステップを踏み始めた。
「あ、じ、み! あ、じ、み! あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っじみ! ジャジャン!」
久々の味見ダンスは、キレッキレのハイスピードステップだ。最後にものすごい勢いで何度も回転してピタリと止まる。
「おお、これは見事だ。上手い上手い」
笑って拍手してやると、分かりやすく嬉しそうな顔になった。
「やっぱり上手く踊るには、日々の訓練が欠かせないよね」
満面の笑みで、そんな事を言いながらお皿を差し出されて思わず笑ったね。
「そっか、神様でも練習するんだ。じゃあこれからも楽しみにしてるから、しっかり練習してください」
笑ってそう言い、もう一度パンケーキをひっくり返した。
「よし、もう焼けたな。じゃあ、シャムエル様はこれだな」
お皿を受け取った俺は、焼いてあったそれをそのままシャムエル様からもらったお皿に乗せた。
「ジャム入りだから、そのままでどうぞ」
豆乳オーレを手早く作ってやり、どこからか出てきた蕎麦ちょこにたっぷり入れてやる。
目を輝かせて俺のする事を見ていたシャムエル様は、自分の目の前に置かれたミニサイズパンケーキを見て飛び跳ねた。
「うわあ、一枚丸ごとだ! わざわざ小さいのを焼いてくれたの?」
「おう、良いだろう、特別サイズだよ」
サクラに出してもらったお皿に今焼いた大きい分を乗せて、それはそのまま収納してもらう。
「じゃあ、どんどん焼いていくよ」
もう少しだけオリーブオイルを足して、次の種を流し入れる。
「あ、良いから先に食ってみてくれよ。で、感想を聞きたい」
どうやら俺が食べるのを待ってくれているみたいなので、フライパンに蓋をしながらそう言ってやると、嬉しそうに頷いたシャムエル様はお皿を持ってパンケーキの端っこに齧り付いた。
「うん、ふわふわもっちりで、甘くて美味しい! これ良いよ、最高! 何も付けなくても美味しい!」
もぐもぐしながら、尻尾を振り回して嬉しい事を言ってくれる。
「そっか、シャムエル様のお墨付きをいただけたのなら合格だな」
次々にジャム入りを焼いていき、出来上がった分からサクラに預けていく。
それが終われば、今度は普通のおからパンケーキを焼いていき、これも焼けた分からお皿に並べてサクラに預けておく。
「そろそろあいつらも帰って来るかな?」
最後の種をフライパンに入れて蓋をすると、空になったボウルを待ち構えていたアクアに渡して綺麗にしてもらった俺は、大きく伸びをして肩を回した。