飛び地での最終日
ぺしぺしぺし……。
ふみふみふみ……。
カリカリカリ……。
つんつんつん……。
チクチクチク……。
こしょこしょこしょ……。
「うん、起きるよ……」
いつもの如く、無意識で返事をしながら寝ぼけた頭の中で違和感を感じて考える。
「あれ? 今なんか、最後が違ってなかったっけ……?」
しかし、ふわふわのニニの腹毛に埋もれた俺はすぐにそんんなことはどうでも良くなった。
「ああ、このふわふわ……やっぱりこれが最高だよ……」
子猫のように腹毛に潜り込んだ俺は、やっぱり気持ち良く二度寝の海へ垂直降下して行ったのだった。
ぺしぺしぺしぺし……。
ふみふみふみふみ……。
カリカリカリカリ……。
つんつんつんつん……。
チクチクチクチク……。
こしょこしょこしょこしょ……。
「うん、起きてるよ……」
そしていつもの二度目のモーニングコール。
もう一度考えようとしたその時、耳の後ろと首筋に思いっきりきました。久々のやすりがけ!
ザリザリザリザリ!
ジョリジョリジョリジョリ!
「うわあ! 起きます起きます!」
悲鳴を上げて飛び起きたら、隣に寝ていたはずのマックスが起きていていなかったので、俺はそのまま横に転がって一回転して止まった。
「……おはよう。久々のスリル満点のモーニングコールだったな」
辛うじてスライムウォーターベッドから転がり落ちる寸前でうさぎコンビに止められた俺は、苦笑いしながら腹筋だけで起き上がった。
「そっか、さっきの最後のモーニングコールはお空部隊だったか」
軽い羽ばたく音と共に飛んで来たモモイロインコのローザと真っ白なキバタンのブランが、俺の手首の辺りに留まって甘えるように指を甘噛みする。セキセイインコのメイプルは、右肩に止まって俺の耳を甘噛みした。
「くすぐったいからやめてください。ほら、もう起きるから退いてくれって」
小さくなったウサギコンビが俺の膝にすり寄ってきてそのまま収まりそうだったので、俺は鳥達を乗せたままウサギコンビを順番におにぎりの刑に処した。
「おお、このもふもふの毛玉達よ」
擦り寄ってくる他の子達も順番に撫でてやり、まだ眠いのを誤魔化すように大きな伸びをしてから起き上がってサクラに綺麗にしてもらった。
「おはよう。もう起きてるか?」
テントの外からハスフェルの声が聞こえて、机を出していた俺は返事をしながら振り返った。
「おはようさん。おう、もう起きてるよ」
テントの垂れ幕を巻き上げた三人が入ってきて、他の垂れ幕も巻き上げてくれた。
爽やかな風が一気に通り抜けていく。
「あれ? ランドルさん達は?」
外を見ると、テントを張ってあった場所はもう空っぽになっている。
「二人なら、少し前に先に出発したよ。ハンプールで待ってるってさ」
「そうなんだ。うん、楽しみが増えたな」
サンドイッチを取り出して並べながら、顔を見合わせて満面の笑みで頷き合うのだった。
先にベリーに、まとめて果物の入った箱を渡しておいて草食チームにも分けて食べさせてもらう。
残り少なくなってきたタマゴサンドの横で自己主張するシャムエル様を突っついてから、いつものタマゴサンドとキャベツサンド、それからこれも残り少なくなってきたおからサラダを取ってお皿に並べた。
「今日は豆乳オーレにしよう」
マイカップに豆乳とコーヒーを入れて豆乳オーレにして、これもほぼ最後になったリンゴとぶどうのジュースを混ぜてグラスに注ぐ。
「西アポンからハンプールへ行ったら、どこかでまとめて料理の仕込みの時間を作らないと、ほぼ作り置きが壊滅状態になったな。あと残ってるのって、満貫全席の残りとホテルハンプールの料理くらいじゃんか。俺が作ったのだと、サラダと煮物系がちょっと残ってるくらいで、後は半端がちょいちょいあるくらいか。いやあ、よく食ったな」
席に戻って手を合わせてから、いつものようにお皿を持って踊っているシャムエル様に、先にタマゴサンドの耳を切り落として中身をそのまま渡してやり、おからサラダも取り分けてやる。
先にキャベツサンドをシャムエル様に齧らせてやりながら自分のお皿に残った量を見て苦笑いした俺は、すっかり小さくなったキャベツサンドの残りをお皿に戻して、もう一度立ち上がって生ハムの塊をサクラに取り出してもらって適当に切り分けた。
「ううん、意外に薄く切るのって難しいんだな」
そう言い訳をしながらかなり分厚めに切った生ハムをお皿に山盛りにして、柔らかな丸パンを一つ取ってきて、席に戻ってからたっぷりの生ハムを挟んで即席サンドにして食べたよ。
「何それ! 美味しそう〜!」
早くもタマゴサンドを食べ終えたシャムエル様が目を輝かせてそんな事を言うので、諦めた俺はこれもそのまま齧らせてやった。
だけどこれは本当に味見がしたかっただけらしく、分厚い生ハムの塊を一切れ渡してやると大喜びでそっちを食べ始めたので、何とか即席生ハムサンドは死守する事が出来たよ。
「タマゴサンドも在庫がかなり少なくなってるもんな。これは西アポンへ行ったら屋台で買い物だけでもするべきだな」
生ハムを掴んで行儀悪く口に放り込んでそう呟く。
「ええ、タマゴサンドは切らしちゃ駄目だよ!」
慌てたようなシャムエル様の言葉に、笑った俺は生ハムの最後の一切れを口に入れてから顔の前で手を振った。
「まだ在庫は有るからシャムエル様の分はあるよ。だけどかなり少なくなってるから、マギラス師匠からレシピ本を受け取ったら、ちょっとくらい屋台で買い物するべきかと思ってさ」
「ああ、良いんじゃないか。ハンプールの早駆け祭りの参加申し込みの受付終了までは、まだ日程に余裕があるから慌てなくても大丈夫だぞ」
俺にはその辺りの日にちの感覚は曖昧なんだけど、彼ら全員がそう言うのなら大丈夫なんだろう。って事で、西アポンでも一泊して、屋台で出来合い品の買い物をしてからハンプールへ行く事になったよ。
「まあ、いざとなったらセレブ買い再びだな」
そう呟いたところで前回の大騒ぎを思い出してしまい、立ち上がった俺は大きなため息を吐いたのだった。
少し休憩をしたら、テントを撤収して奥地にある激うまリンゴとぶどうの成っている場所へ向かう。
「おお、相変わらず凄い事になってるなあ」
到着したそこは、鈴なりのリンゴとぶどうであふれていた。
「じゃあ、ありったけ収穫するとしようか」
顔を見合わせて笑った俺達は、昼食を挟んでその日は一日中延々と増え続ける果物を収穫し続けたのだった。
もういいだろうと思うまで収穫したところで、マギラス師匠の満貫全席の残りで早めの夕食を食べ、顔を出して待ち構えていたウェルミスさんから肝心の苗木を受け取って、飛び地を出発した。
「何だかここへ来るまでトラブル続きだったから、飛び地では特に問題が無くて安心したよ」
俺の言葉に三人も苦笑いしていたので、気持ちは同じだったんだろう。
飛び地を出て森を抜けたところですっかり日が暮れてしまったので、俺達はそこで大鷲を呼んで、増えたお空部隊にも分かれて乗り込み、空路で西アポンへ向かったのだった。