昆虫採集前哨戦と夕食
「ご主人、走りますから頑張って捕まえてくださいね!」
大興奮したマックスがそう言ってまた走り出した。だけど今度はややゆっくりの早足くらいだ。
辺りを見回して目標を定めたらしく、一気に加速する。
俺はマックスの背の上で網を持ったまま、なんだか分からないけど左手で手綱を掴んで前を見ていた。
「あ、もしかしてあれか? うわあ、あんな小さいの捕まえられるかな?」
近寄ると目標である蝶の大きさが分かって、思わず叫ぶ。
ヒラヒラとやや不規則な動きで飛ぶ蝶は、この世界のジェムモンスターからすれば極小サイズだろう。まあ、俺の常識から言えばこれでも桁違いの大きさなんだけどな。
大きく羽を広げた状態でだいたい50センチくらい。胴体の長さが15センチ程で、細い針金みたいなごく細い触角も10センチくらいしかない。
俺の体より大きな蝶ばかり見てきたので、50センチの蝶を見て逆に小さいと思ってしまった自分が可笑しかったよ。
早足のマックスが蝶に迫る。
右手に持った虫取り網を大きく振って、捕まえようとしたが残念ながら一度目は空振り。
「マックス、もう少し近づいてくれるか」
下半身をアクアゴールドがホールドしてくれているので、左手も手綱から離して両手でしっかりと虫取り網を持つ。
棒の部分の長さは3メートルくらいだから、マックスの上にいるとかなり近付かないと蝶に手が届かない。
ゆっくりと足音と気配を消して近づいてくれたので、思いっきり腕を伸ばして網を振った。
「よし、入ったぞ!」
どんな蝶か見てみたくて、網を引き寄せて覗き込む。
「あれ、もうジェムになってる。うわあ、すっげえ綺麗!」
網の中にあったのは、10センチほどの大きさしかない、だけどめちゃめちゃキラキラしたジェムと、裏面は真っ黒で、表面は黒の縁取りにメタルブルーの輝きを放つ大小四枚の蝶の羽だった。
「この蝶って確かメタルブルーユリシスって言ってたな。なるほど、これは確かにメタルブルーだな」
手にした大きな羽の表面は、見事なまでのメタリックな青い輝きを放っていた。そして不思議な事に、まるで薄い金属板の様な硬さと冷たさを持っていた。
「メタルブルーユリシスは、衝撃を受けるとその瞬間にジェム化するんだ。だけどジェム化する前に全体を確保しないと、その貴重な羽はそのまま滑空して遠くへ飛んで行っちゃうんだよね。ニニちゃん達みたいに、丸ごと確保出来れば良いけど、剣や槍では丸ごと確保するのは無理でしょう?」
右肩にワープして来たシャムエル様の解説に納得して頷いた。
確かに、この軽い翅が滑空したら、遥か先まで飛んで行くだろう。いちいち追いかけていたら、体がいくつあっても足りないって。
「成る程ね。それでこの巨大な虫取り網だったってわけか。だけど数が少ないな」
草原にちらほら見える程度だったから、もうあっという間に一面クリアーされていなくなってしまった。
「うん、ちょっとタイミングが悪かったみたいで、今日の出現はほぼ終了しちゃったみたいだね。本格的な採集は明日の朝だね」
残念そうなシャムエル様の言葉に、ハスフェル達を振り返る。
「なあ、もう今日はもう終わりらしいけど、どうするんだ?」
「その様だな。だけどせっかくの貴重なジェムモンスターだからこれは絶対に集めたい。バイゼンヘ持って行ってやればドワーフ達が狂喜乱舞するぞ」
「それなら、今夜はここで夜営だな。ふむ、あそこが良かろう」
オンハルトの爺さんが指差したのは、森から少し離れた段差になった岩のある部分だ。
頷いたハスフェル達もそこへ向かったので、俺もその後を追った。
「じゃあ今夜もテントは無しで、見張りは皆に頼むんだな」
「そうだな。これだけ見晴らしの良い場所なら、下手にテントで視界を遮る方が危険だ、今夜は野宿だな」
笑ったハスフェルの言葉に、俺も苦笑いして頷く。
「よろしく頼むよ」
「任せてね!」
「見張りは私達にお任せよ!」
頼もしい従魔達が揃ってそう言ってくれたので、笑って頷いた俺は、マックスの背から飛び降りて順番に従魔達を撫で回してやった。
「さてと、それじゃあ今夜はもう作り置きで済ませるか。何にするかな?」
机と椅子を並べた後、サクラに在庫を確認しながら夕食のメニューを考える。
「今から料理をするのは嫌だからな。ええと、簡単に食べられそうな作り置きなら何があるかな?」
確認すると、マギラスさんの店でもらった満貫全席はまだまだあるし、ホテルハンプールで作ってもらった豪華料理もまだ余裕がある。だけどそれ以外の作り置きはかなり少なくなっていて、どれも一食分にはちょっと足りないらしい。
「あ、それなら残り物いろいろバイキングにしよう。で、俺はお好み焼きが食べたい。サクラ、数が少なくなってる揚げ物中心にして、おからサラダとマカロニサラダ、それから味噌汁、ご飯とパン色々。あとは野菜も色々出してくれ。それで俺にはお好み焼きを出してくれるか。マヨネーズとソース、鰹節もよろしく!」
「種類は?色々あるよ」
マヨとソースの横に鰹節の入った瓶を置きながら、机に乗ったサクラが俺を見上げる。
「あ、そっか。ええとじゃあモダン焼きと豚玉をお願いします」
「はい、これだね」
取り出された二枚のお皿には、やや分厚めの焼きそば入りモダン焼きと、定番の豚玉が並んでいる。
「やっぱりこれだよなあ」
嬉々として俺がソースとマヨネーズをかけるのを見て、揚げ物を取ろうとしていたハスフェル達が驚いたようにこっちを見た。
「おいおい、パンケーキに何をかけてるんだ」
「はあ、パンケーキ?」
こっちも驚いて、トンカツソースとマヨネーズがかかったお好み焼きを見る。
「まあ、確かに平たい見た目だからパンケーキと言われればそうかもしれないけど、かなり違うと思うぞ。これは俺の故郷の料理で、お好み焼きって言うんだ。溶いた小麦粉と山芋が入ってる生地にキャベツとかネギとか、他にも色んな具がたっぷり入ってる。俺のは焼きそばも入ってるぞ」
「へえ、それは初めて見るな。まだあるか?」
「もちろん、サクラ、じゃあお好み焼きも一通り出してくれ」
「了解、はいどうぞ」
「これが定番の豚肉入り、こっちは豚肉の代わりに刻んだ牛肉が入ってる。それでこっちは豚肉とチーズ、でこれが豚肉と焼きそば入りだよ」
トッピングの説明をしながら、俺の分に鰹節と青のりを振りかけた時の三人の反応が全く同じで面白かった。
つまり、目を見開いてお好み焼きをガン見した後、全員揃って後退りしたのだ。
「おい、それは何だ!」
「動いてるぞ!」
「食い物に一体何をかけたんだ!」
あんまりの反応に、俺とシャムエル様は同時に吹き出した。
「違うって、これは薄く削った鰹節がお好み焼きの湯気に揺らめいてるだけだから、別に害なんて無いって」
今にも腰の剣を抜きそうになってるハスフェル達に、俺は笑いを堪えて解説してやる。
「本当に?」
眉間にシワを寄せる三人を見て、もう一度笑った俺は椅子に座って手を合わせると、自分のモダン焼きをお箸を使って食べてみせた。
「食、べ、たい! 食、べ、たい! 食べたいよったら食べたいよ!」
小皿を手にシャムエル様がダンスを踊っている。
「はいはい、これで良いか?」
大きく両方とも一欠片切ってやり、お皿に並べてやる。
「わあい、いっただっきま〜す!」
大喜びで、お好み焼きに顔面ダイブするシャムエル様。それを見て無言で顔を見合わせた三人は、小さく首を振って頷いて解散した。
どうやら、オンハルトの爺さんはお好み焼きはスルーする事にしたらしく、揚げ物コーナーに戻って行く。
ハスフェルはモダン焼きを、ギイは牛ミンチが入ったのを取ったので、残りは冷めないうちにサクラに収納してもらう。
ソースの説明もしてやり、改めて鰹節をかけてやるとそれを見て何故か今度は大喜びしている。子供かって。
「ふむ、これはなかなか美味いな。濃いソースの味がまた良い」
「確かに美味い。ちょっと変わってるが、小腹が空いた時に良さそうだな」
「ああ確かにそうだな。これだけではちょっと物足りないが、小腹が空いた時には良さそうだ」
あっという間に一枚食べ終えた二人は、笑顔でそう言っておかわりの揚げ物とパンを取りに立ち上がった。
そうだよな。お前らの腹なら、これは確かに軽食扱いだろうさ。
ちょっと遠い目になった俺は、二枚目の定番の豚玉を箸でちぎって口に入れたのだった。