昼寝と次の出現地
「ケンが言ったそれ、食べたいです!」
俺の呟きを聞いたシャムエル様が手を上げて飛び跳ねてる。そして、手には空になったお皿。
「待て待て、今食ったところだろうが……はいはい、ドライカレーもまだちょっとぐらいあったはずだから、作ってやるから待て! ってか何だよ。お前らまで並ぶな! 昼飯食ったんじゃねえのかよ!」
叫んだ俺の声に、全員揃って大爆笑になった。
何しろ俺とシャムエル様の会話を聞いた三人が、空になったお皿を手にシャムエル様の後ろに嬉々として並んでいたのだ。
全員の期待に満ちた視線を受けた俺は、諦めのため息を吐き、ドライカレーを買い置きのホットドッグにトッピングして即席カレーホットドッグを全員分作ってやった。
もちろん自分用のも作ったら、予想通りに半分シャムエル様に食われたよ。
そんなに食ったら、マジで太るぞ。
まあ、もふ度がパワーアップするだけだから、別に良いんだけどな。
大満足の昼食の後、さすがに食べすぎた自覚があるので、皆でしばらく休憩した。
穏やかな風が吹き抜ける草原で、のんびり食後の昼寝。
もちろん俺は、いつものようにニニの腹毛にもたれかかって寝たんだけど、テントと違って、草地で転がって寝ると風が通り抜けて気持ち良かったよ。
従魔達がいてくれるから、万一はぐれのジェムモンスターが来ても安心だしな。
しばらくして、ニニが動いた拍子に目を覚ました。
「ご主人、私はこのままで全然構わないんだけど、もう一回戦うのならそろそろ起きた方が良いんじゃなくて?」
笑ったニニの優しい言葉に、大きな欠伸で返事をして何とか起き上がる。
「ふああ。ああ、食後の昼寝は最高だな」
少し離れた場所では、シリウスにくっついて寝ていたハスフェルも同じように起きたみたいだ。
「さて、それじゃあ第二戦と行くか」
同じく起きたギイの言葉に、笑って頷く。
立ち上がって大きく伸びをしていた時に聞こえた笑う声に振り返ると、一人だけ昼寝をせずに椅子を出して座っていたオンハルトの爺さんの手元にあるそれは、どう見ても酒を飲んでたグラスだよな。足元に置いてあるのは酒瓶だし。
「もう一戦するのに、飲んでて大丈夫なのかよ」
俺に笑ってグラスを上げて見せたオンハルトの爺さんは、グラスに残っていたそれを一気に飲み干した。
「この程度の酒など、飲んだうちに入らんよ。さて、皆起きたようだし、では行くとするか」
平然とそう言い、立ち上がって椅子と飲んでいた酒とグラスを片付けてエラフィに軽々と飛び乗る。
確かに、足取りもしっかりしてるし平気なんだろう。
それほどお酒に強くない俺から見れば、底無しの三人は羨ましい限りだよ。
「そう言えば、地下迷宮の中でも平気で飲んでいたな」
地下迷宮でのあれやこれやを思い出して苦笑いした俺は、待っていてくれたマックスの背に飛び乗った。
「それじゃあ次はエミューだって言ってたな。ううん、どこかで聞いたような気がするけどどんなのか思い出せないなあ、ま、行けばわかるか」
思い出せないものを考えても仕方がない、ハスフェルの乗るシリウスの隣について早速出発した。
遠くに見えるエアーズロックもどきを右手に見ながら、俺達一行は草原を駆け抜けていく。
「そのエミューってのが出る場所は遠いのか?」
「シャムエルの話によると、もう少し先のようだ。ここは本当に広いよ」
感心するようなハスフェルの言葉に、ちょっと考える。
「ここって確か、閉鎖空間なんだって言ってたよな?」
「ああ、そうだよ。それがどうした?」
「いや、それなら元いた世界の物理的制約を受けない訳だから、ある意味創り放題なんじゃね?」
思わず最後の言葉は、当然のようにマックスの頭に座っているシャムエル様の後ろ姿に向かって話しかける。
「あれ。気づかれちゃったね。そうだよ。ここは言ってみれば元の世界とは別の空間だからね。確かに、どこまででも作ろうと思ったら出来るよ。特にここは作り直したばかりだから、手直しの要素がまだまだありそうで楽しいんだよね」
「いいのかよ、そんな事して。それってつまり、多重世界の別の世界をくっつけてるって事じゃねえのか?」
俺の言葉にシャムエル様が目を輝かせて振り返る。
「おお、やっぱりケンはさすがに異世界人だね。この世界だけじゃなくて、空間構築の理論を理解してる!」
「いやいや、いきなり意味不明ワードを出すんじゃねえよ。多重世界の概念は、俺の世界にもあったから解るだけだよ。だけどその空間構築の理論って何だよ。いきなり神様視線を俺に求めるなって」
俺の言葉に、シャムエル様は明らかにがっかりして見えた。
「なあんだ違うのか。残念」
本当に残念そうにそう言うと、俺の右肩にワープしてきた。
「あのね、この今いる場所は確かに無限空間だけど、元の世界にくっついた空間なの。だからあくまでもこの世界の概念は元の世界の状態を引き継いでいるんだ。鳥は空を飛ぶし、水もある、ジェムモンスターもいるでしょう? ケンのいた世界にはジェムモンスターや魔法なんて無かったんでしょう?」
「ああ、そういう意味か。成る程。ここは言ってみれば元の世界から膨らんではみ出した泡の中みたいなものだな」
「いい例えだねそれ。ここは泡と違って弾けたりしないけどね」
最後の言葉に、俺はマックスの背中からもう少しで落ちるところだった。
「いやいや、弾けられたらさすがに困るので、そこはしっかり守っててください!」
「ご心配なく。ここはもう安全だからね」
「是非それでお願いします〜!」
手を合わせて拝むような仕草をすると、なにが面白いのか、シャムエル様はご機嫌で笑ってたよ。
「楽しんでるところを悪いが、そろそろ到着なんだがな」
面白がるようなハスフェルの声に、止まったマックスの背の上で俺は慌てて周りを見回す。
今いる場所はまたさっきとは違う草原で、エアーズロックもどきが少し遠くに見えている。
全体に木がポツリポツリと植っていて、俺達から少し離れた場所には巨大な木々の茂る林が一か所だけある。それ以外は、かなり遠くまでひたすら草原が続いていて高低差はあまりないみたいだ。
「へえ、これってオーストラリアとアフリカのサバンナを足したみたいな感じだぞ」
明らかに、エアーズロックもどきのすぐ側の辺りとは環境が違ってきたみたいに感じる。
「ここは区切りの境界線近くだからね。このまま進めば明らかに環境は変わっていくよ」
「ええと、つまりこの空間は、場所によって色々な環境があるって事?」
「そうそう、特に今回は面白いジェムモンスター達がいっぱい出ているから、是非ともたくさん集めてください!」
得意気なシャムエル様の言葉に、俺の不安がどんどん大きくなっていくのを感じて、ちょっと泣きそうになった。
ううん、せめてそのエミューとやらが危険なジェムモンスターではありませんように!