カメレオンソルティとは?
見覚えのあるエアーズロックもどきを見ながら乾いた草地を駆け抜けた俺達は、目標の木に向かって走りながら揃って歓声をあげた。
少し手前にあった雑木林を抜けたところで、マックスの頭の上に座っていたシャムエル様がいきなり、あそこの大きな木まで競争! とか言ったもんだから、俺達の従魔がその瞬間に一斉に物凄い速さで走り出したんだよ。
ちょっと鞍上で寝かけていた俺は、あわやマックスの背から振り落とされるところだった。危ない危ない。
「よっしゃ〜! 一位取ったぞ〜!」
そんな俺だったがマックスは頑張ってくれた。ついにオンハルトの爺さんの乗るエラフィの連勝を阻んだぞ。
僅差だったが、シャムエル様の判定なので間違ってないのだろう。
「よし、よくやったぞ」
興奮して跳ね回るマックスの首を叩いてやりながら、こっちを振り返ったシャムエル様と小さなハイタッチをした。
「おお、これは悔しい。次は負けんぞ」
「ああ悔しい、マックスにしてやられたな」
「確かに悔しい。次は勝つぞ」
駆け寄ってきた三人と拳をぶつけ合い、そのまま並んでその奥にある目的地の大きな水場に近付いて行った。
「で、ここがそのカメレオンソルティーってのが出る場所なのか?」
マックスの背に乗ったままで、大きな水場を覗き込む。
どうやらエアーズロックもどきの方から流れてきている水が川になってここまで流れてきているみたいだ。
ここは何かが原因で大きく陥没していて川の一部が丸い池みたいになってる。
反対方向を見ると、そのまま流れて行ってるので池に見えるけれどここは川の一部みたいだ。
真ん中あたりに岩場があって、川岸は砂場と草地が半々くらい。
ううん足場はあまり良く無さそうなので、気をつけておかないと転びそうだ。
「何が出るんだろうな。エアーズロックもどきの近くって事は、またオーストラリア系?」
ちょっと考えて川面を眺める。
「川にいるって事は水棲か。カモノハシはもう出たから魚系か?」
そこまで考えていて突然ある事に気がついた。
さっきまで見えていた、池の様になった丸い窪地部分の真ん中辺りにあった岩が消えている。
「あれ? でもまさか岩が消えるなんて……あ、もしかして……」
怖くてすぐに言葉に出せず、俺だけ固まっているとハスフェルとオンハルトの爺さんの声がして慌てて振り返る。
「おお、出てきたみたいだな。誰から行く?」
「じゃあ、一番最初は俺が貰おう」
オンハルトの爺さんが巨大なミスリルの戦斧を取り出して嬉しそうに進み出た。
「おう、ではお手並み拝見とさせてもらおう」
「じゃあ次は俺が行かせてもらうよ」
ギイとハスフェルも楽しそうにそう言っているが、俺はもう不安しかない。
マックスに乗ったまま、少し下がってもらう。この手の嫌な予感は絶対当たるもんな。
上空ではお空部隊が旋回してるし、猫族軍団は全員最大まで巨大化してやる気満々だ。マックスはさっきから俺をチラチラと振り返っては見ている。これは、まだ降りないんですかアピールだ。
うんわかってるんだけどさあ、一応どんな相手なのか確認するまでは安全地帯にいさせてくれよ。
ゆっくりと川に近づいて行くオンハルトの爺さんの後ろ姿。構えた巨大な戦斧が光を受けてギラリと光る。
静まりかえったこの場に聞こえるのは、俺の息遣いと僅かな川の流れる音だけ。
黙ったまま腰を落として構えるオンハルトの爺さん。
いきなり川面が爆発した。
「ひええ〜〜〜〜!」
情けない悲鳴をあげて、俺はマックスの背中にしがみついた。
ギイとハスフェルの吹き出す音が聞こえたが、そんなものにかまっている余裕はその時の俺には全くなかった。
「何あれ、何あれ! 何なんだよ〜〜〜! 絶対10メートルどころじゃねえだろう! デカすぎだって!」
川からいきなり出てきたのは、どう見ても10メートルを余裕で越す巨大なワニだったのだ。
「そうだよな、ここなら確かにワニが出てもおかしくないよな」
ワニのジェムモンスターといえば、この世界に来てすぐの頃に、ブラウンクロコダイルってのと戦った記憶があるんだが、あれはかなり動きが鈍かったから、噛まれない様に足元に気をつけてさえいればそれほど危険は無かった。だけどこれは違う。同じワニでも何というか、あれとはランクが違う気がする。
出てきたその巨大なワニは、真っ直ぐにオンハルトの爺さん目掛けて襲い掛かってきた。しかし、次の瞬間構えていた戦斧が見事に巨大なワニの体に叩きつけられる。鑑識眼でも追い切れないくらいの見事な早業だったよ。
その瞬間、巨大なワニはあっけなくこれまた大きなジェムになって転がった。
しかも一緒に出た素材は、当然のように綺麗に鞣されたワニ革。いやあ、見事な鱗の連なりだ。
嬉々としてその素材とジェムを拾うオンハルトの爺さん。
「うわあ、あれはちょっと無理だよ。俺があれをやったら、頭から食いつかれる未来しか見えねえって」
小さくそう呟いて、もう少し後ろに下がる。
「行かないんですか? ご主人」
「いやあ、さすがにあの巨大さは俺の手に余るって」
慌ててそう言ったが、マックスにジト目で見られた。
「ご主人、大丈夫ですよ。何のために我々がいると思ってるんですか?」
うう、従魔に諭される俺って……。
大きく諦めのため息を吐き、マックスの背中から降りる。
まあ確かに、あれは無理、これは無理って言ってたらどんどん腕は鈍ってきそうだ。
ここは従魔達を信頼して俺も頑張るべきだよな。
密かな決意を胸に待っていたが、目の前で展開される光景にちょっと本気で泣きたくなってきた。
次に出てきた、さっきよりも少し小振りな10メートルくらいの巨大なワニに、ハスフェルがこれもミスリルの槍を手に襲いかかりあっという間に決着がついたところだった。
これまた素早すぎて全く参考にならなかったよ。
そして次に進み出たギイも、やっぱりミスリルの槍を手に一気に襲いかかり、これまたあっという間に決着がついてしまった。
これだけ見てるとカメレオンソルティーの相手が簡単な仕事に見えるけど、これ、絶対こいつらがおかしいだけだからな! あんな早い反応を俺に求めないでくれよな!
しかし、当然の様に三人が下がって俺に前を譲る。
ミスリルの槍を取り出したは良いものの、あんな素早い巨大ワニを相手にどうしたらいいのか分からなくて、わりと本気で泣きそうになっていたのだった。
お願い、誰か助けてください!