カメレオンビッグプラテパス??
「うう、やっぱりこのジュースは美味しいよね。作り方を教えてくれたマギラスに感謝だね」
普通サイズのグラスを両手で抱えるように持って、適当ミックスしただけ激ウマジュースをグビグビと飲んだシャムエル様は、嬉しそうにそう言って小さくゲップをした。
「あ、失礼」
口を押さえてそう言うと、コップを置いてお皿に乗せてあったタマゴサンドに齧り付いた。
ちなみにそれを渡した俺の手元に残ったのは、具の玉子が全く入っていない、くの字になった端っこのパンの部分だけだ。べ、別に泣いてなんかないよ。もう一つ食うもんね。
ここを出て街へ行ったら、タマゴサンドはいつもの倍量買っておこう。この調子で消費されたら、どう考えても旅の途中で品切れする未来しか見えない。
「ま、いざとなったら俺が作るけどな」
ちょっと笑ってもふもふの尻尾を突いて、くの字になったタマゴサンドの耳にリンゴとぶどうのジャムを少しだけ乗せながら食べたよ。
「ご馳走さん。さて、それじゃあ片付けて行くとするか。ここは撤収していくぞ」
立ち上がったハスフェルの言葉に返事をして、俺も立ち上がって手早く残りを片付けて机をたたんだ。
いつもの如く、スライム達にかかればテントの撤収もあっという間だ。
「忘れ物は無いな。それじゃあ行くとしようか。シャムエルから聞いたが、今日行くところもなかなか面白いらしいぞ」
嬉しそうなハスフェルの言葉に若干嫌な予感がしたんだけど、誰も気にせずそれぞれの従魔達に乗った。
エアーズロックもどき沿いにマックス達を走らせ、到着したのはこれまた大きな裂け目部分だったのだが、ここはなかなか綺麗な水場になっていた。
まず裂け目の上側部分から水が湧いているらしく、ちょっとした滝が出来ている。当然その下は滝壺のように深い水場になっていて、裂け目から崩れ落ちてきたと思われる大きな岩もあり、その岩の隙間の砂地からもあちこちから大量の水が湧き出している。
ひと抱えくらいはありそうな岩がゴロゴロするその場所の周りは、水があるためか緑が大きな塊になって茂るくらいに増えていて、まるでこの辺りだけ植生が違うみたいだ。
「おお、水が湧いて川になってるじゃないか」
感心してそう言い、マックスの背から降りた。
当然、滝壺からあふれた水は川となって岩場の外まで流れ出している。
しかし、残念ながらエアーズロックもどきの周りは乾いた岩砂漠みたいになってるために、せっかく流れ出した川の水は、途中の乾いた大地に吸い込まれて消えて無くなってしまっていた。だけど明らかに岩砂漠を水が侵食していってる感じがあるので、もしかしたらいずれこの辺りに、本当に川が出来るのかもしれない。
振り返って、せっせと乾いた大地に水を補給している水源を見る。
「ここだけ違うピースをはめ込んだみたいだな。それでその面白いジェムモンスターってのがここにいるのか?」
そう言いながら、近づいて水場を覗き込もうとした俺の襟首をギイがいきなり掴んで引き戻した。
「だからお前はもうちょっと危機感を持て。足を食いちぎられても知らんぞ」
「うわあ、止めてくれてありがとうございます〜! もうちょいで、また何かやらかすところだった。ありがとうギイ、さすが調停の神様!」
俺の叫びに三人がそろって吹き出し、しばらく全員で大爆笑になった。
「俺、もう前に出ないで三人の後ろにいる事にする。で、結局何が出るんだ?」
水場を指差しながら、まだ俺の襟首を引っ掴んだままのギイに尋ねる。
「ここに出るのは、カメレオンビッグプラテパス。樹海以外でビッグプラテパスが出ると聞いたのは初めてなんでな。どれくらいの奴が出るのかは俺達も知らん」
ギイの説明を聞いて首を傾げる。
「カメレオンビッグプラテパス? カメレオンはカラーの名前だから気にしなくていい、ビッグはそのまま大きいって意味だよな。でプラテパスってなんだ? ううん、これは知らない名前だな。駄目だ、何なのか想像がつかない」
ちょっと考えて見たが、思い当たるものはない。
茂みを並んで覗き込んでいたハスフェルとオンハルトの爺さんを見たが、顔を上げた二人は滝壺を覗き込み、流れ出す川の茂みの辺りを見て回ってから何やら真剣な様子で相談を始めた。
しばらく見ていると、相談がまとまったらしく俺達を振り返った。
「シャムエルの説明によると、もうすぐ次のが出るみたいだぞ。どうやら、ここの出現場所は滝壺のこっちと向こう側の二箇所だけみたいだ。だがかなり大きいのが複数出るようだな。向こうはベリーとフランマが行ってくれるから、こっちを俺達で集めよう。だが単独は危険かもしれない。念の為二人一組で行くとしよう。組み合わせはどうする?」
ハスフェルの説明にギイは俺を見た。
「良いんじゃないか。じゃあこのままの組み合わせで行こう」
そう言ってようやく手を離してくれたので、歪んでいた剣帯を戻してギイを振り返った。
「じゃあよろしくお願いします! で、カメレオンビッグプラテパスで、ってどんなジェムモンスターなんだ? ギイが知ってるので良いから教えてくれるか?」
俺の言葉を合図にしたみたいに、従魔達が二手に分かれて半分がハスフェル達のところへ走って行った。今回も草食チームは離れて見学だ。
「水場にいる、ビーバーって知ってるか?」
滝壺にゆっくり近づきながら、ギイが説明してくれる。
「ええと、水辺の動物だよな。確か前歯がデカくて、その歯で木を削って川にダムを作るあれ?」
「ああそうだ。ビッグプラテパスの見た目はそれに近い。平べったい身体で同じくビーバーのような平べったい尻尾。身体中が柔らかな毛に覆われてて、素材はその毛皮。これも高く売れるぞ。大きな平べったい嘴がついていて、手足には水掻きがある。見た目からして珍妙なやつだよ。ただし、その嘴の中にはずらっと鋭い牙があってな、案外獰猛な肉食だよ」
呆気に取られてその説明を聞いていたが、その説明で判った。プラテパスってカモノハシか。
アヒルみたいな平べったい嘴があるのに哺乳類で卵産むって言うあれだ。うん、確かにあれもオーストラリアにいたはず。
だけど俺の知ってるカモノハシには牙なんて無かったけどなあ……? あ、思い出した、確かネイチャー系の雑誌に載ってたのを読んだ覚えがある。
1500万年くらい前、その頃のカモノハシは嘴の中に歯があって肺魚とか魚とか食ってたって。しかもかなりデカかったとも書かれてたよな。うわあ、もしかしてそっちか。
ようやく納得したけど、全然何の慰めにもならなかったよ。
そっか、肉食かあ……。
半ば、ギイの後ろに隠れるようにしていた俺は、ごぞごそと動き始めた茂みを見て慌てて剣を抜いたのだった。
頼むから、俺の身長よりもデカいのとかはやめてくれよな!