カンガルー狩りと夕食
「そ、そろそろ一面クリアーかな……?」
もう何度目か分からない鼻血の治療を終えて、吹っ飛んでくる巨大カンガルーに槍を叩き込んでいると、だんだん出現数が目に見えて減って来た。
「どうやらそうみたいだな。ふむ、かなり集まったのではないか?」
オンハルトの爺さん言葉に、最後の一匹がジェムに変わって地面に転がる。
しばしの沈黙の後、俺は槍を支えにその場に座り込んだ。
だけど、ボロボロになってゼーゼー言って息を切らせているのは俺だけで、俺以外は皆平然としてる。
「何で、あの突、撃を、躱せ、るん、だよ〜」
座り込んで、悔しくてそう叫ぶと、同時に振り返った三人から揃ってドヤ顔された。うう、悔しい。
それにしても、予想以上のハードな狩りになったよ。
肉食でも無いカンガルー相手にここまでボロボロにされるとは。正直言ってカンガルー舐めてました。
やはり一番大変だったのが、あのどこまで飛ぶのかと思うくらいの凄いジャンプ力。
中には俺達の遥か頭上を飛び越して、軽々と逃亡する奴もいたよ。最初は追おうとしたんだけど、全然追いつけなくて逃げる奴を追うのはもう早々に諦めました。
しかも俺達に向かってくる奴は、どれもかなり大きくて超マッチョ。まあ、的が大きい分突くのは楽でいいんだけど、とにかく吹っ飛んで来た奴に不意打ちで蹴られないように周囲に気を配るのが大変だったよ。
最初のうちは出現したのはここだけだったんだけど、二面目以降は別の裂け目からも出現が始まったらしく、ベリーとフランマは早々に別の裂け目へ行ってしまった。
それに、二面目以降は俺の横にはマックスとニニがぴったりとついてくれて、左右と背後をしっかりと守ってくれたおかげで俺も負傷も最低限で済んだよ。
猫族軍団は全員巨大化してまた別の裂け目に集まって、嬉々としてカンガルーを引き倒してジェムと素材の毛皮を量産しているし、セルパンやファルコやプティラも、それぞれ巨大化して大はしゃぎで戦っていた。
うちの子達、皆、血の気が多すぎ……。
まあ、あいつらにとってはカンガルーなんて、少々デカいだけのちょろい獲物に違いないんだろうよ。
草食チームには、3メートル超えのマッチョカンガルーのお相手はさすがに荷が重かったようで、少し離れたところでつまらなさそうに草を食べたりしていた。
「ご主人頑張って〜!」
「お手伝い出来なくてごめんなさ〜い」
「ごめんなさ〜い」
チラッとラパン達を見ると、視線に気付いた草食チームが跳ね飛びながらそんな事を言ってる。
「おう、こっちは戦力過剰だから、気にしないで良いからな」
笑ってそう言ってやり、また新たな正面から吹っ飛んでくるカンガルーをミスリルの槍でやっつけたのだった。
結局、四面クリアーしたところで本日は終了した。
「ええと、一旦撤収かな?」
最初ほどではないが、ヘトヘトになって槍に縋っていると、マックスとニニが甘えるようにすり寄ってくれたので、苦笑いした俺は槍を収納して二匹にもたれかかった。
「疲れたよ〜」
暮れる事のない、飛び地特有ののっぺっりした白っぽい空を眺めながら、そう叫んでずるずると擦り落ちる。
「落ちますよ。ご主人」
笑ったマックスが、俺の襟首を軽く噛んで引き上げてくれた。
これ、知らずに見たらめっちゃ襲われてる図だよな。思いっきり急所噛まれてるし。
「でもマックスだから怖くないぞ〜」
笑いながらそう言って、手を伸ばして大きなマックスの顔を抱きしめてやる。
「ああ、久々のマックスのむくむくの毛。やっぱりこれも良いよなあ」
考えたら最近、ちょっとスキンシップが足りてないような気がする。
ニニが俺の腕の中に頭をねじ込んできたので、交代で抱きしめてやる。
ああ、癒される……。
「こら! 寝るんじゃありません!」
いきなりちっこい手で頭を叩かれて、ニニを抱きしめたまま抗議の唸り声を上げる。
「ほら、遊んでないで夕食にしよう」
笑ったハスフェルに背中を叩かれて、顔を上げた俺は裂け目を見た。
「あれ、もう終わりか?」
「どうやらここは、同じ種類が丸一日出続けて、次の日は出ないみたいだ。なので、ここでテントを張るぞ」
成る程、明日は出ないのならここで休んでも安全って訳か。
「周りの警戒は私たちがするから、はぐれのジェムモンスターが突撃してくる心配はしなくて良いわよ」
猫族軍団が警備を買って出てくれたので、順番に抱きしめてからお願いして配置についてもらった。
「じゃあ、テントを張って飯にするか」
ジェムと毛皮の回収が終了したスライム達が、我先にとすっ飛んで来てくれたよ。
手早くテントの道具を出してもらい、スライム達総出でテント張りはあっという間に終わった。
いつもなら飛び地では自由にさせていたレース模様のスライムのクロシェは、今回はランドルさん達が同じ飛び地内にいるから、万一にも見られたら大変だって事で今は一切出て来ていない。
「ごめんよ、ここは自由になれる貴重な場所だったのにな」
そう言ってアクアを撫でてやると、ビヨンと伸び上がって震えた後、俺の手に細い触手が伸びて来て、スルッと絡まってすぐに収まった。
「うん、元気なら良いよ」
もう一度アクアを撫でてから、サクラが出してくれた折りたたみ式の机を並べた。
「ううん、疲れてるから料理はしたくないな。よし、この前作った生姜焼きにしよう」
グラスランドブラウンブルの生姜焼きだ。あれなら丼にもなるもんな
「おおい、グラスランドブラウンブルの生姜焼きにするけど、丼で良いか? パンがいいなら用意するけど」
テントから顔を出して、外でそれぞれのテントの設置をしている三人に声を掛ける。
「丼が良い人!」
「はい!」
元気良く全員の手が挙がったので、笑って返事をしてから中に戻る。
「じゃあ、四人分用意するか」
自分が食べたかったので、揚げ出し豆腐と卯の花も並べておく。
大きなお椀に三人には山盛り、俺の分は普通サイズちょっと多めでご飯をよそり、焼いておいた生姜焼きをご飯の上に隙間無くぎっしりと山盛りになるまで並べてやる。真ん中に彩り用に紅生姜をちょいと乗せれば完成だ。
「おお、美味そうじゃないか」
笑顔の三人が入って来て、席についた。
順番に渡してやり、最後の自分の分をいつものように簡易祭壇にしている小さい方の机に並べた。
「生姜焼き丼と揚げ出し豆腐と卯の花だよ。少しだけど、どうぞ」
手を合わせて目を閉じる。
いつもの収めの手が俺を撫でて、料理を撫でてから消えていった。
「それじゃあ俺も食べよう。腹減ったよ」
自分の席に持ってくると、当然のように小鉢を手にしたシャムエル様と目が合った。
「あ、じ、み! あ、じ、み! あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っじみ! イェイ!」
いつもとちょっと違うあじみダンスの後、目を輝かせて小鉢を差し出されました。
「はいはい、これに入れれば良いんだな」
笑って自分の分からご飯と生姜焼きを一枚丸々入れてやる。
「こっちは?」
揚げ出し豆腐を見せると、これまた当然のように小さめの別の小鉢と小皿が出てくる。
最近の、シャムエル様の食器の充実ぶりが怖いよ。
諦めて揚げ出し豆腐と卯の花を、それぞれたっぷりと入れてやる。
「俺は麦茶な。ビールがいいならあっちに言ってくれ」
ハスフェル達はビールを取り出して飲み始めてる。うう、俺は飛び地内では禁酒してるんだよ。
小さなグラスを取り出したシャムエル様は、ちょっと考えてからハスフェルのところへ行ってビールを貰ってた。
うう、羨ましくなんか……。
はあ、生姜焼き美味ぇ〜。