オーストラリア編開始?
「ほええ〜。デカいんだな」
近づくと、その一枚岩の大きさは圧倒的だった。
見上げたまま口を開けた俺は、そう言ったきり馬鹿みたいにその場に立ち尽くしていた。
だって、目の前に聳え立つエアーズロックもどきはそれしか言えないくらいに大きかったんだよ。
しかも、周辺には幾らかは草も生えているが、岩自体には草が全く生えていない。
「これ、まさかと思うけど登るのか」
思いっきりドン引きしながら振り返ってそう尋ねると、三人が同時に吹き出した。
「そこまで嫌な顔をされるとは思わなかったな。安心しろ。俺達が行くのはあっちだよ」
岩の横にある大きな裂け目を指差されて安心した。
確かに、あれならいかにも何か出てきそうな裂け目だよ。
嬉々として裂け目に向かう三人の後を追ってついて行く。
この時、素直について行った自分を後で思いっきり後悔する事になるのだけれど、その時の俺はそんなこと知る由もないのだった。
「どうだ?」
ハスフェル達が小さく見える巨大な岩の裂け目を覗き込みながら、三人が何やら真剣に話をしている。
「ふむ、次が出るまでしばらくかかるみたいだ。今のうちに何か食っておくか」
確かに、もう昼の時間を過ぎている。周りを見回してから三人を振り返った。
「じゃあ、すぐに食べられる作り置きを出すけど、何処で食べるんだ?」
「時間があるからここで食べよう。大丈夫だよ、周囲は安全だ」
オンハルトの爺さんの自信ありげな言葉に頷き、俺はサクラから受け取って手早く机と椅子を取り出した。
「ええと、じゃあマギラス師匠からもらった満貫全席の残りの持ち帰りメニューで行くか」
何が出るのか知らないけど、この後戦うのならしっかり食っておくのは悪くないよな。
って事で、俺がやったのはサクラにガンガン取り出してもらって机に並べるだけ。うん、外で手軽に食べるなら断然作り置きだよな。俺が楽で良いよ。
「おお、豪華じゃないか。そうか、マギラスの店のメニューだな」
また、裂け目の様子を見に行っていた三人が戻ってきて、机に並べた料理の数々を見て嬉しそうに目を輝かせている。
「ほら、座った座った。早いとこ食べようぜ」
大喜びで席につき、各自しっかり手を合わせてからお皿に好きに料理を取り分ける。
「食、べ、たい! 食、べ、たい! 食べたいよったら食べたいよ!」
どんどん大きくなるお皿を振り回しつつ、元気に跳ね回るシャムエル様。
「はいはい、どれが良いんだ?」
「どれでも良い! マギラスの料理はどれも美味しいもん!」
目を輝かせて叫ぶシャムエル様に笑って、お皿を受け取った俺は出来るだけ色々ちょっとずつ取り分けてやった。
「おお、何だか賑やかになったぞ」
ちょっと盛り過ぎたかと思ったが、嬉しそうに両手を広げて跳ね回るシャムエル様を見て、そのまま目の前に置いてやった。
ハスフェル達は赤ワインを取り出して飲んでいるが、俺はここではアルコールは自粛。って事で、自分用に冷えた麦茶を取り出しておく。
「飲み物は? 俺は麦茶だけど、赤ワインがいるならあっちからもらってくれよな」
麦茶の入ったマイカップを見せながら言うと、ちょっと考えたシャムエル様は蕎麦ちょこを持ってハスフェルのところへ向かった。
小さく吹き出したハスフェルが、蕎麦ちょこに並々と赤ワインを入れてやるのを見て、全員揃って大笑いになった。
「お腹いっぱいだ。うん、大満足。やっぱりマギラス師匠の料理は美味しいよな」
豪華な食事を終え、綺麗に片付いた机の上を見ながら残りの麦茶を飲み干した俺は、大満足のため息を吐いた。
なんて言うんだろう。師匠の作る料理は味の深みが違う。
これを食べた後だと、俺の作る料理は、所詮は素人料理だと言うのが分かる。まあ、俺の場合は実際にきちんと調理について勉強したわけじゃない。あくまで実践で覚えただけ。しかもバイトレベル。
多分、適当に済ましている下ごしらえや火加減なんかがあるんだろう。
「ケンの料理だって美味いぞ。まあ、素人と専門家を比べるのがそもそも間違ってるって。家庭料理としては充分過ぎるくらいに美味いって」
笑ったハスフェルに慰められて、小さく笑った俺はそれもそうだと納得した。そりゃあ素人の俺が、マギラス師匠と同じレベルの料理を作れる筈もない。もしそうなら、それこそ師匠に失礼だよ。
「あはは、確かにそうだな。じゃあ俺も気にせず好きに作らせてもらうよ」
「おう、期待してるぞ」
拳をぶつけ合って、残りのカップを片付けた。
「じゃあ、そろそろ時間だから行くとするか」
最後の机を片付ければ、撤収完了だ。
「さて、何が出るんだろうな?」
期待を込めてそう呟き、ハスフェル達の後に続いた。
「それで何が出るんだ? 武器は剣で良いか?」
周りを見て足場を確認しつつ尋ねると、剣で大丈夫だと言われた。
ゆっくりと腰の剣を抜いて身構えた時、岩の裂け目から何かが出てくるのが見えて俺達が一斉に身構える。
「うわあ、そう来たか」
思わず出てきたそれを見て呟いたよ。
だって、出てきたのはどう見ても、全長3メートル越えの巨大なカンガルーだったのだ。
「そうだよな。エアーズロックなんだもん、そりゃあ絶対これが出るよな」
エアーズロックもどきの岩の色と同じ赤茶色をした巨大なカンガルーは、ものすごいジャンプ力で裂け目から一気に俺達の前まで飛び出して来た。
「うああ、めちゃめちゃマッチョじゃん。何これ」
ほぼ真正面からカンガルーを見た俺は、あまりの筋肉のすごさに愕然とした。
「ハスフェル達とタイマン張れそう」
思わずそう呟くと、三人が同時に吹き出すのが聞こえた。
「お前は相変わらずだな。そうだな、お前なら剣よりも槍の方が良さそうだな。槍を使え」
苦笑いするハスフェルのアドバイスに従い、大急ぎで剣を収めてミスリルの槍を取り出す。
「真正面から対峙しないように注意しろ。あの足でまともに蹴られたらかなり痛いぞ。まあ、お前なら大丈夫だろうが、万能薬は貴重なんだから無駄遣いしないようにな」
「ええ、じゃあどうするんだよ!」
「横から突くんだよ!」
そう叫んだハスフェルの剣が、見事にカンガルーの横っ腹に吸い込まれる。
これまた巨大なジェムが転がる。一緒に転がったのは、何とカンガルーの革。良いのか!
綺麗に鞣された毛皮をアクアがぺろっと飲み込んだよ。
「あの革は、靴の資材として珍重されている。これもバイゼンヘ持って行ってやると喜ばれるぞ」
嬉々としてそう言われて、ここは異世界だもんなと無理矢理納得した。だけど、コアラとか出てきたら俺は攻撃出来ないかも……。
子連れの雌はいなくて、どうやら出てきているのは雄ばかりのようで安心した俺は、アドバイスに従い横に逃げては槍で突くのを繰り返した。
しかし、カンガルーのジャンプ力がとにかく半端ねえ。
もう何度蹴飛ばされて地面に顔面から転がったか。
しかも足だけ警戒してたら、尻尾! まさかの尻尾攻撃。とにかくあの尻尾もめちゃくちゃ痛いんだぞ。
まあそんなわけで何度か顔面ダイブのせいで鼻血を吹き出す羽目に陥り、ハスフェルに癒しの術をかけてもらった。
そう言えば、彼は癒しの術が使えるって言ってたな。だけど使ってるところって初めて見たよ。
「うん。ありがとうな」
すぐに止まった鼻血を拭いながら礼を言うと、からかうように笑われたよ。
「今、万能薬は貴重だからな。癒しの術と言っても効くのは鼻血程度さ。大きな怪我にはそれほど効果は無いよ。俺が使える術は、所詮は人間の範疇だからな」
肩を竦めてそんな事を言われてしまい、それでも癒してもらった事には変わりはないので何度もお礼を言ったのだった。