朝食と出発
「それじゃあ、準備出来たらテントに来てくれるか。作り置きを出すからさ」
返事をしてそれぞれのテントに引き上げる三人を見送り、一つため息を吐いて俺もテントに戻った。
サクラに綺麗にしてもらってから、出したままだった大きい方の机にサンドイッチとコーヒー、それから各種ジュースを取り出して並べておく。
「改めておはよう、だな」
身繕いを済ませた三人が笑いながらテントに来て、それぞれ好きなサンドイッチを取って自分の席に置く。やっぱり全員ジュースを取ってるし。
「シャムエル様は、いつものタマゴサンドだな」
タマゴサンドの横で自己主張しているシャムエル様のふかふかな尻尾を突っついて、タマゴサンドと最後の一個になったベーグルサンド、それからちょっと考えてサクラに唐揚げを出してもらった。だって最近シャムエル様の食べる量が増えてるから、これだけだと俺の分が少ないんだよな。
「でもコーヒーも飲みたいな。よし、両方取ろう」
ドリンクを前に考えて、マイカップにコーヒーを入れてからハスフェルを振り返った。
「ハスフェル、悪いけどジュース用にグラスを出してくれるか」
「何だ、両方飲むのか?」
笑いながらも、綺麗なガラスのグラスを取り出してくれる。筋状の綺麗なカット模様の入った持ちやすい一品だ。
いつもは水割りやオンザロックなど、お酒を飲むときに使わせて貰ってるんだけど、最近は激ウマジュースを飲むときにも使わせてもらってる。やっぱ、ジュースはガラスのコップの方が綺麗だもんな。
「江戸切子みたいだな。なかなか良いじゃん。こう言うのって売ってるのを見ないけど、これは何処で買ったんだ?」
自分用にも欲しくなってハスフェルを振り返ると、なぜか彼はにんまりと笑った。
「バイゼンの硝子工房で買ったんだ。他にもいろいろあったぞ」
思わず手にした空のグラスを見つめる。
「へえ、これもバイゼンなんだ。じゃあバイゼンヘ言ったら工房の場所を教えてくれよ。俺も欲しい」
バイゼンって何と無く工業都市みたいなイメージだったんだけど、今の話を聞くと要するに丸ごと職人の街って事だな。
感心しつつ、グラスに綺麗に作った氷を落としてから両方のジュースを注ぐ。りんご多めな。
「あ、じ、み! あ、じ、み! あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っじみ!ジャジャン!」
今朝は定番味見ダンスだ。最後に片足立ちのポーズを取って、キメのドヤ顔。
「はいはい、今日も格好良いぞ」
差し出された、もはや小皿では無いお皿を見て苦笑いした俺は、タマゴサンドを大きく切って入れてやる。
「こっちは? もう最後の一個だよ」
ベーグルサンドを見せるとウンウンと頷くので、チキンのたっぷり入ったところを切ってやる。
そして、シャムエル様が俺の皿にある唐揚げをガン見している……。
「これも食うか?」
当然のように頷くので、諦めてひとかけら渡す。
隣に蕎麦ちょこが二つ並んだ時点で俺は全てを諦めた。うん、足りなければお代わりすれば良いや、と。
はあ、混ぜジュースうめ〜。
「ご馳走さん、それじゃあ片付けて出発するか」
ハスフェルの言葉に、ギイとオンハルトの爺さんも立ち上がる。
「じゃあ、ヘラクレスオオカブトが出る所へ行くんだな」
「おお、あれは何処へ出しても喜ばれるしな。せっかくバイゼンヘ行くんだから、たくさん集めて持って行ってやれ」
「そうだな。じゃあ俺もちょっとは頑張るよ」
まあ、ヘラクレスオオカブトは対処法も知ってるし、偶数人数なんだから俺も戦力に入ってるんだろう。
そう考えながら、最後のお皿をサクラに渡した俺はふと考えた。
「なあ、他には何が出るんだ?」
「まあそれは行ってみての楽しみにしておけ」
これまたにんまりと笑ったハスフェルにそう言われて、俺は思わず肩に座るシャムエル様を見た。
「何が出るか聞いて良い?」
すると、シャムエル様まで、目を細めて楽しそうに笑った。
「まあとにかく行こうよ。早くしないとヘラクレスオオカブトが出る時間になっちゃうよ」
「それは困る。じゃあ、とっとと片付けて行くとするか」
何だか誤魔化された気もするが、ヘラクレスオオカブトは確保しておきたいので大急ぎでテントを片付けた。
まあ、働いてくれたのは主にスライム達だけどね。
テントを撤収して、それぞれの従魔に乗った俺達は、ハスフェルの案内で飛び地の奥へ向かった。
あの最初の草原にある巨木の横を通ったけど、ランドルさんとドワーフのバッカスさんのコンビは、あの大きなクワガタを相手に悠々と戦ってる。
「さすがはここまで来られるほどの腕の冒険者だな。まあ心配は無かろう」
彼らを気にして見ていると、隣に来たハスフェルに笑ってそう言われて、俺も小さく笑って頷いた。
「そうだな。じゃあ俺達も頑張らないとな」
あとはもう振り返らずに、一気に奥地を目指してマックスを走らせた。
「お、もう出ているな」
到着したのは、驚くほどに幹の太い木が点在する草地だった。
若干段差がある草地のあちこちにあるその木は、何とも奇妙な形をしていた。
丸々と太い幹と妙にツルツルした樹皮、その上部には、なんとも情けないくらいに細い枝と小さな葉が水平に広がってる。
今まで見た普通の紅葉樹や針葉樹とは全く違う、何とも奇妙な木だ。
「これは珍しい。あれはバオバブの木だよ」
「バオバブの木? 何処かで聞いた覚えがあるな、何だっけ……?」
嬉しそうなオンハルトの爺さんの説明に、しばらく考えて思い出した俺は手を叩いた。
「あ、あれか。星が締め付けられるから抜かなきゃ駄目だっていう」
「何だって?」
三人同時に、思いっきり不審そうな顔で振り返られて、俺は慌てて顔の前で手を振った。
「ごめん。ただの独り言だから気にしないでくれって!」
まあ、ここは異世界だもんな。そりゃあ分からなくて当然だよ。
「どの順番で行くんだ?」
絶対木には近づかないようにしながらそう尋ねると、なんとなく立っていた位置で俺とハスフェル、オンハルトの爺さんとギイのコンビで交代する事になった。
「じゃあ、私達は向こうの木に行きますね」
ベリーとフランマが嬉々として遠くの木に走って行き、従魔達も別れて散らばっていった。
「あいつらはどうやって戦ってるんだ?」
「同じだよ。囮役と横から襲う役。まあベリーとフランマは別格だろうけどな」
それには全面的に同意しかないけど、マックスと一緒にラパンとコニー、それにモモンガのアヴィまで行ったのを見て若干心配になった。
「ああ、心配はいらんよ。どうやら参加したいと騒いだ草食チームとスライム達が囮役を買って出た見たいだな」
ラパンとコニーのウサギコンビとモモンガのアヴィ、スライム達も巨大化すれば確かにヘラクレスオオカブトから敵視されるだろう。
「気持ちは分かるけど、大丈夫なんだろうな?」
割と本気で心配になってそう言ったが、三人から鼻で笑われたよ。
まあ、確かにあいつらの戦闘力、半端ないもんなあ。ここは任せて良いよな。
のんびりそんな事を考えていて、いつの間にか木から降りてきたヘラクレスオオカブトが、こっちに向かって来ている事に全く気がついていないのは、その場の中では俺だけだったんだよな。ほんと、良い加減学習しろよな、俺。