蛍狩り
「それで、ここには何が出るんだ?」
俺の近くにいたハスフェルに小さな声でそう尋ねる。
一応聞いておかないとさ。
だって、万一俺の苦手な巨大な芋虫がいきなり目の前に出てきたりしたら……その場で気絶する未来しか見えないもんな。
不安げな俺を横目で見て小さく笑ったハスフェルは、茂みを指差して教えてくれた。
「ここに出るのはカメレオンファイヤーフライ。飛んでいる姿はほとんど見えないが、尻の部分だけは定期的に光るからそれを目当てにすると良い。光はやや細長い三角に見える。その三角の辺の短い部分が体側だから、そこを切ればいい」
指で二等辺三角形を描いて底の部分を指で示す。
成る程、ファイヤーフライって事は蛍か。それなら危険は無さそうだな。
それを聞いて安心したのも束の間、次の言葉に俺はもう帰りたくなった。
「言っておくが、デカいから気を付けろよ。万一噛みつかれたら流血の大惨事だぞ。万能薬は貴重なんだから、無駄遣いしないようにな」
「か、噛み付くのかよ?」
思いっきりびびる俺を見て、ハスフェルは鼻で笑った。
「そりゃあ向こうだって必死だろうさ。なんでも簡単に手に入ったら面白くないだろうが」
「いや、俺は簡単でいいよ」
必死でそう主張したが、やっぱり鼻で笑われて終わったよ。
ちょっと草の陰で……泣いていい?
「大丈夫よ。背中はスライム達が守ってくれるってさ」
笑ったニニの声がして振り返ると、俺の後ろにはニニを先頭に巨大化した猫族軍団が勢揃いしていて、その足元にはバスケットボールサイズになったスライム達が勢揃いしていた今はクロッシェも出てきて一緒にバスケットボールサイズになっている。
「おお、頼もしいな。それじゃあよろしく頼むよ」
手を伸ばしてクロッシェだけでなく全員を順番に撫でてやる。
それから、羨ましそうに見ていたニニ達猫族軍団にも、その大きな頭に抱きついて撫でくりまわしてやった。ううん、やっぱりもふもふは俺の癒しだよ。しかし、この大きさの猫族に触れるなんて異世界ならではだよな。
もう一度撫でてやろうと手を伸ばした時、ガサガサと音がして慌てて振り返って剣を抜いた。
「うわあ。スゲー!」
目に飛び込んできた光景は、それ以外言いようが無いくらいにすごい景色だった。
草の中からやや黄色っぽい光が次々に飛び出してくる。ふわふわと頼りなく飛び回るその光は見惚れるくらいに美しかった。しかも大きい。
目の前に飛んできた蛍は、多分1メートルは余裕である大きさだ。お尻にある三角に光る部分は、30センチくらいはありそうだ。だけど名前の通り、鑑識眼のある俺の目でも全体の姿を克明には捉えられない、全体に影っぽいのが見えて、なんとなくその辺にいるな、と思える程度だ。
「へえ、カメレオンの名に恥じない見事な光学迷彩だな。しかもこの光って、ずっと光ってるんじゃなくてゆっくり点滅してるんだ。面白い」
実は、生で蛍を見たのって初めてだったりする。
もちろん映像では何度も見た事はあるけど、やはりリアルは違うよな。しかもこの大きさ!
剣を抜いたまま呆然とその光景に見惚れていたが、俺の喜びと、俺以外の喜びは意味が違ったみたいだ。
「これは素晴らしい、ここまでの数が出るとは思ってなかったな。いくぞ!」
嬉々としたハスフェルの声に、ギイとオンハルトの爺さんも大喜びで蛍の群れに斬りかかった。
俺を飛び越えて、猫族軍団も一斉に飛びかかる。あちこちでバッサバッサと蛍を切り落とす音が聞こえる。
ニニ達だけでなく、マックスやシリウス達も嬉々として蛍を叩き落としているし、ラパンとコニーのウサギコンビも巨大化して蛍を蹴りまくってる。同じく巨大化したセルパンも長い尻尾で蛍を叩き落としたり、見事に噛み付いてやっつけたりして大暴れしている。
ファルコとプティラは巨大化して上空を旋回して、上に逃げようとする蛍を叩き落としていた。
「あはは、皆すげえな、おい」
苦笑いして一度深呼吸をしてから、俺も足元に気を付けつつ近くに飛んできた蛍を落ち着いて斬り落とし続けた。
とにかく光から目を離さない。背中は皆が守ってくれているのでとにかく前を向いて近くへ来たら即座に切り捨てるようにした。飛びかかられないようにしないとな。
ジェムと一緒に落ちた素材は、光っていた尻の部分だ。
「へえ、光ってた部分が素材なんだな」
どうやら一面クリアーしたらしく、一気に蛍がいなくなる。
それを見てから剣を鞘に納め、足元に落ちていたその素材を拾った。
だけど、まだ光っていたその部分がだんだんと光が消えていき、最後には光らなくなって消えてしまった。
「これが素材なんだな。だけど光は消えちゃったぞ?」
手にした光の消えたそれは、リアルに昆虫の尻の部分だ。ちょっと怖い。
「ああ、それは照明の材料になるんだよ。もちろんそのまま使うわけじゃない。殻を全部取り除いて、中の蓄光部分だけを特殊な方法で取り出して固めるんだよ。それを玉状に加工してジェムを使って光らせるのさ」
ええと、説明を聞いてもさっぱり分からない。だけどまあ、素材として売れるのなら大事に集めておこう。
疑問は全部まとめて、いつものように明後日の方向に放り投げておく。
落ちているカメレオンファイヤーフライのジェムは、だいたい30センチくらいだからそれほど大きいわけではないが、時折、やや黄色の蛍光色のジェムがある事に気がついた。
「あれ、確か全体に色がついたジェムってレアなんだよな?」
そう呟き、目についたそれを拾って、覗き込んでみる。
全体に薄い蛍光黄色のそのジェムを通して見ると、当然だが世界が蛍光黄色に見える。
「へえ、ここまで綺麗に全体に色がついてるって事は、これも貴重なジェムだったりするのか?」
素材とジェム拾いはスライム達がしてくれているので、河原に座って休憩していたハスフェルが俺の呟きに頷いて教えてくれた。
「ああそうだよ。それは特に貴重なジェムだよ。外では普通はこんなには出ない。どの種類であれ、色のついたジェムは一億匹に一個と言われているからな。だがここの出現率はあり得ないくらいに高い。せっかくだからここでもうしばらく集めるとするか」
嬉しそうなハスフェルの声に、ギイとオンハルトの爺さんも同意するように頷いている。
まだ、ジェムのレア度についてイマイチ理解していない俺は、皆がそう言うのなら貴重なんだろうから、噛まれたら怖いけどもうちょっと頑張るか。程度に軽く考えて頷いて、サクラに出してもらった美味しい水を飲むのだった。